「失礼致します」
そう断りを入れ襖を引く。
そこに端座していた呼び出し主には深々と頭を下げた。
「よく参られました」
「ご無沙汰しております、御内儀様」
の言葉におかしそうな笑いが返された。
「そう畏まらず。いつも通りで構いませんよ」
「ありがとうございます、あまね様」
「こちらこそすみません、胡蝶様が任務で不在との事で呼び立ててしまいまして」
「いえ。私如きでお役に立てるならいつでもお呼び下さい。
では薬を処方する前に症状をご教授いただけますか?」
ーー慮ーー
産屋敷邸の一室。
お館様の使いである鴉からの連絡で、蝶屋敷で療養中だったは飛んで来たのだ。
「・・・以上です」
「承知致しました。念の為、診察も可能ですか?」
「耀哉は恐らく休んでるでしょうが・・・」
「お休みの邪魔は致しません」
「いえ。あなたなら信用していますから」
即答の答えと淡い笑みで返されは一瞬、面食らった。
全幅の信頼にじんわりと胸が温かくなったは深々と頭を下げた。
「・・・勿体ないお言葉でございます」
部屋を移動し、欄間から零れる柔らかな光。
遠くから葉擦れや水の流れる音が響く心地よい静寂に包まれる部屋。
ほどよく換気もされているその部屋の中心に敷かれた布団に横になる男には当てていた手の平を離す。
そしてさきほど話していたあまねから渡された最近の体調の記録に目を通した。
(「・・・熱が平時より若干ある。
最近の体調と食事も鑑みて、内臓の働きの補助を高く、熱冷ましで心肺に負担がないように少し調合をーー」)
「世話をかけるね」
「!」
まさか起きているとは思わずは驚き視線を下げた。
そこには自身が仕えているお館様、産屋敷耀哉が景色を映さぬ目でこちらを見上げていた。
「申し訳ありませんお館様。お休みを妨げてしまいまして」
「いや、ちょうど目が覚めた所だよ」
「どうぞもう少しお休みください。
後で薬をお持ちしますので、多少はお身体が楽になると思いますので」
語調穏やかにが言えば、耀哉もそれに負けず穏やかな言の葉の音で続いた。
「」
「はい」
「君はまだ療養中だったね、具合はどうだい?」
「お館様に比べれば擦り傷です」
「そう言って先月無理を押してしのぶに怒られただろう」
「・・・面目ありません」
筒抜けてるし。
まさか蟲柱はいちいち報告しているのか?任務から帰ったら問い質してやろう。
「君も私と同じ長い宿命に縛られてきたね」
「・・・私如きがお館様と同じ括りとは畏れ多い事です」
「そんな事はないよ」
耀哉は布団から引き揚げた自身の手をに伸ばす。
応えるようにその手を掴んだ。
自分よりよほど女らしい白い手。
だが、はこの手が自分と同じように隊士になろうと奮闘していた事を知っている。
そしてそれは叶わなかったということも・・・
古からの宿命は、1000年という長い時間を経ても個人の望みさえ容易く摘み取ってしまう。
「君は酷く自分を責め過ぎる。少しは自分を許しても良いんだよ」
「・・・はい、ありがとうございます」
「10年近い付き合いになるけど、なかなか君の心を癒してあげられないね」
「申し訳ありません、お館様のお心を割いてしまうとは不甲斐ないです」
「それは少し違うかな」
「はい?」
「自分の子供なら、心を割くのは当然だよ」
「・・・」
その言葉にどう返せば良いのだろう。
未だに戸惑ってしまうが、10年以上鬼殺隊に所属できたおかげで今は返せる言葉は何となく分かる。
「ありがとうございます」
「うん、少しずつで良いから自分を労ってくれると嬉しいよ」
「はい、ではこれにて御前を失礼致します。どうぞお休みください」
「ああ、ありがとう」
本部を後にし、は頭の中で調合をどうするか考えながら帰路に着く。
蝶屋敷に着き、まだ考えながら歩いていたはこちらに視線を向ける相手が居たことに気付くのが一瞬遅れた。
ばっちりとアオイと目が合った瞬間、我に帰る。
弁明を口にしようとしたが、時すでに遅し。
「
さん!何処に行ってたんですか!」
「あー、いや、その、本部に用があって・・・」
「まだ安静にしてくださいと言いましたよね!?
重傷だとしのぶ様に再三言われたのを忘れたんですか!」
「それは・・・まぁそうなんですけど・・・」
烈火の如く怒るアオイにはぐらかすのは無理なようだ。
それにこのままじゃ戻ってくる屋敷の主に絶対報告される。
頬を掻いたは仕方なく本当の事をアオイに耳打ちする事にした。
「という訳なので、調剤室お借りしますね」
「・・・分かりました」
事情が事情な事を理解してくれたアオイは怒りを収める。
これなら報告回避かな、と思ったは内心安心して屋敷の中へと向かう。
と、
「あの!」
「ん?」
「・・・すみませんでした。事情も知らずに・・・」
「いえ。抜け出したのは本当ですから。
こちらこそいつも心配して下さってありがとうございます」
ほどなくして、薬は完成した。
思ったより材料を使い込んでしまったから届け帰りついでに調達してこようか。
(「さて、届けに行くか」)
アオイには一応断りを入れ、蝶屋敷を出た。
さて、急いで届けたいところだ。
普通に走るか呼吸で屋根伝いに向かおうか。
考えながら歩き出したが、手当てされた箇所が鈍い痛みを持つ。
思わず手を当てれば、隊服越しでも熱を持っているのが分かった。
(「行きに走ったの不味かったか・・・帰ったら熱が上がる前に休まーー」)
「よぉ」
突然、気配なく目の前に壁、もとい音柱が立ち塞がった。
今の体調では有り難くない遭遇相手に、はいつもの笑顔ではなくげんなりとした表情を浮かべた。
「・・・どうも」
「なんだぁ?今日は逃げねぇな」
「一応、まだ療養中の身ですので」
「その割に隊服だな?」
「あまね様から火急の用事に向かう所ですから」
「ほーん」
「では、失礼しーーわっ!」
横を通り過ぎようとした瞬間、天元に抱き抱えられる。
瞬間、鈍い痛みが突き抜けは顔をしかめた。
「っ!宇髄さん!」
「地味な顔色しやがって。運んでやるから派手に感謝しろ」
「これから任務の方にまた出戻りの手間をーー」
「あー煩ぇ。黙って運ばれてやがれ」
抱えられたそこから見えた顔は、有無を言わせない圧が見える。
普段、自分はこんな風に相手を屈服させてるのだろうか。
無理を押している自覚がある後ろめたさから、突っぱねるのも憚られた。
「・・・ありがとうございます」
「お前が素直だと気持ち悪ぃな」
「両眼抉りますよ?」
>おまけ
「む!宇髄と
か。どうしたんだ」
「よぉ煉獄。任務帰りか?」
「うむ、大した事ない鬼だった」
「煉獄さん、お疲れ様でした」
「それで何故、は宇髄に抱きかかえられているのだ?」
「こいつが歩けねぇって縋って泣ーー」
ーーゴスッ!ーー
「宇髄さんに拉致られました」
「よもや!隊律違反だな」
「
、てめっ!」
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2020.6.13