「ふぅ・・・」
宵闇の山裾に、小さなため息が響く。
救援の要請で駆けつけた深い山中での戦い。
鬼は倒したが、負傷が多く出てしまった。
もうすぐ日の出となるから、そろそろ隠部隊も到着するだろう。
念のため鴉に負傷者多数の連絡は持たせたから、運良く蟲柱が同行してくれれば僥倖だ。
(「さて、私も山を降りて負傷者の手当をしないとな」)
念のため、鬼が残っていないことを確認し終えたは遠い山間の光に背を向け山肌を降り始めた。
ーー自覚ーー
山の入口まで降りてくれば、動ける隊士が負傷者に手を貸していた。
途中で拾った負傷者を下ろしたは、周囲を見渡す。
ざっと見て10名近い負傷者が見て取れた。
(「隠はまだか・・・この人数は流石に手持ちじゃ無理がーー」)
「お待たせしました」
「っ!」
突然、背後から響いた声に勢いよく振り返れば、誰もが見惚れる笑顔で蟲柱・胡蝶しのぶがにっこりと微笑をたたえていた。
「救援、お疲れ様でした。負傷者の救護はこちらで引き受けますよ」
「・・・それはありがたいですが、気配を消して人の後ろに立つのは止めて下さい」
「あら、それは失礼しました」
言葉とは裏腹な笑みに、の目が据わるがしのぶはそれに構わず到着した隠の面々に指示を出していく。
そんなしのぶの後ろ姿を見ながら、鴉に持たせた連絡を受けたにしては予想よりも早い到着に小柄な背中に問うた。
「もしかして、結構前に到着されていましたか?」
「いいえ。こちらもさんが降りて来られた少し前に到着しました。たまたま近くで任務でしたからね」
「なるほど。ならーー」
「山中の他の負傷者の捜索なら、すでに開始していますよ。ちょうど手が空いていましたからね」
先に言われた頼もしい台詞には小さく吹き出した。
「それは助かります。じゃ、私も救護手伝うので、道具一式貸してください」
救護道具一式を借り受けたは、隠やしのぶと共に負傷した隊士へ手当を進めていく。
軽傷者は隠に任せ、重傷者を担当したはテキパキと処置を進める。
そして最後の重傷者が運び出されるのを見送り、近くの小川で手を洗ったは一息ついた。
「はぁ・・・なんとか済んだかな」
太陽は山頂から少しだけ上の位置にある。
時間的にまだ、早朝。
そういえば、自分の鴉がまだ戻ってきていない。
追加の任務があるか確認しないと、と川辺から腰を上げるとちょうどこちらに向かってくるしのぶと目が合った。
「ご協力、ありがとうございましたさん」
「なんの、私にできることをしただけですから」
「そうですか・・・」
「じゃ、私は鴉から任務の連絡をーー」
ーーパシッーー
すれ違いざま、はしのぶに腕を掴まれる。
何事かと振り返れば、真剣なしのぶのまなざしとぶつかった。
「・・・」
何かあるのかと待ってみたがしかし、応答はない。
経験上、これは何か詰め寄られそうな感じかと、ははぐらかす方向で逃げようとへらっと笑い返す。
「えー・・・相変わらず美人ですね、しのぶさん」
「さん?」
「・・・あれ。私何かやらかした覚えはないのですが・・・」
「そうですね、私の見ている前ではしていないと思いますよ」
「えーと・・・だったらこの手を放して欲しいなぁってーー」
「ご存知ですか?自白すれば犯した罪は情状酌量されるんですよ?」
「・・・隊律違反をした記憶がなーー」
「肋、折られてますよね?」
ピンポイントの指摘に思わず身動きが止まる。
(「あー、これ本気で怒ってるヤツ・・・」)
いつもより凄みがある笑顔に、は早々に言い逃れを諦めた。
「流石は蟲柱様、目敏いですね」
「今度はさんが手当される番ですよ」
「はいはい、今回は逃げませんよ」
早朝の朝露光る中、は羽織、隊服をぽんぽんと脱いでいく。
そしてシャツのボタンまで手がかかった時、しのぶの苦い声がかかる。
「さん・・・」
「はい?」
「私の前だから構いませんが、もう少し慎み深さをお持ちになった方が良いと思いますよ」
「肋折れてる手当をするのに、服を脱がなくてどうするんですか」
「・・・一応、他の男性隊士もいらっしゃるんですから」
「岩陰だし離れてるんですから、大丈夫大じょーー」
「何が大丈夫なんだ?」
聞き慣れた巌の声。
ピシッと固まったが振り返れば、自分を隠す岩より大きな体躯が立っていた。
「悲鳴嶼さん、見回りお疲れ様でした」
「うむ、負傷者はすべて回収した。我々も引き上げて問題ないだろう」
「分かりました。さんの手当が済んだら私も失礼します」
「そうだな。
、しっかり養生するのだぞ」
「は、はい」
「ではな」
呼吸を使ったからか、大柄な体躯に似合わず僅かな音を残しその姿は消えた。
そして、固まっていたは目の前の小柄な両肩を勢い良く掴んだ。
ーーガシッーー
「おやおや、さん胸元が豪快にはだけてますけど?」
「どういう事ですか?」
「何がですか?」
「だから!・・・どうして悲鳴嶼さんがここに」
「お伝えしたじゃないですか、たまたま近くで任務があって、ちょうど手が空いていたから負傷者の捜索を開始したと」
「主語・・・」
「あら、勘違いされたのはさんですよ?」
「ぐっ」
反論したいが、向こうが正論で何も言えない。
悔しげななんとも言えない表情を浮かべていれば、しのぶはいつもの飾った微笑ではなく楽しげに笑った。
「ふふ、でも先程の私の言葉は撤回しましょう」
「はい?」
「さんはちゃんと自覚されているようですからね」
何を、とは言わずもがな。
己が取った行動がまさしくその意味を表している。
「・・・そういことは触れないでいただけると助かります」
顔に集まる熱が更に増した気がしたは、勢いよくしのぶに背を向けた。
そしてはだけぬよう掴んでいた胸元のシャツから手を放し再びボタンを外していく。
素肌を撫でる早朝の風はひんやりと、高ぶった気持ちも沈めていくようで気持ちよかった。
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2021.04.18