「・・・あまね様、宜しいのですか?」

険しい山道の帰り道。
先を歩く背に問えば、少し息を乱したその人は首を縦に振った。

「構いません。やっと見つけた始祖の剣士の子孫です。
我々に助力いただければ鬼殺隊にとっては心強い事」
「お気持ちは理解できます。
しかし、あの様子では・・・」

穏やかな春の陽光とは正反対、いや手酷い応対で追い返されてしまった帰りだ。
齢が11のまだまだ子供だろうその少年の剣幕は、外まで響いていた。
同席を許されては居なかったが、あまりの暴言に飛び込みたい衝動に駆られた。
とはいえ、厚意に甘えて道中の供を許された立場を理解できないほど考えなしでも無いのでそこは堪えたが。

「耀哉の見立てです。
何としても助力いただけるまで私は通うだけです」
「・・・では、その際は連絡をお願いします。
いくら日中とはいえ、あまね様お一人で向かわれてはこちらも安心して鬼狩りなどできませんから」

強固な意思の言葉に、は妥協案を申し出れば困ったような整ったキレイな顔がこちらに向いた。

「私にそのような気遣いは無用です。
そのような時間はーー」
「無論、任務優先のつもりです。
ですが向かう際に連絡いただければ、間が良く同行できる場合はそうさせて下さい」
「・・・
「鬼殺隊の宿願を果たすのと同じ様に、私はあまね様やお館様が大事なんです。
いわば、これは私のワガママですよ」






















































































































ーー祈り火ーー





















































































































とある山中に通うことになってもうすぐ半年に手が届きそうなその日は酷く暑い日だった。

(「暑っ・・・」)

ねっとりとからみつく暑気から逃れる様に首を振るが、大した効果はなかった。
いや、剣士である自分がこうなのだから先を歩く人物にとってはまさに苦行だろう。

「あまね様。今日は暑さも酷いですし、この辺りで一息入れませんか?」
「・・・いえ、まだ大丈夫です」

そうは返しながらも、息を乱すあまねには困った様に頬を掻く。

「ですが、先ほどから上体がふらついておいでです。
無理をしては熱射病を起こしかねません」
「・・・ですが」
「では、この先にある岩場までは進みましょう。
あそこなら風通りもーー!」

言い掛けたの足が止まった。
纏う空気が変わったことに気付いたあまねも振り返る。

「どうしました?」
「妙な臭いが・・・様子を見て参ります。あまね様は鴉の連絡をお待ち下さい」

いうが早いか、呼吸を使ったはその場から勢いよく姿を消した。
指笛で自身の鎹鴉を呼び、険しい山道を風のように駆けた。

(「これは・・・腐臭だ」)

だんだんと強まるそれはこの半年近い間、通っていたあの山小屋から漂っていた。
近くの気配を探る。
不穏な気配はない。
が、小屋の近くにあった地面に刺さっている木片やタチバサミや大きな岩。
以前来たときはそんな物無かった。
まるで、それらでナニかの身動きをさせまいとしたような・・・

(「まさか!?」)

は中途半端な隙間があった引き戸に手をかけ力任せに引いた。

「っ!」

鼻につく異様な腐臭。
目の前には、布団に横たわる二つの小柄な身体。
二人とも血塗れの上、繋がれた手に否応なく心が痛んだ。

(「まさか鬼の襲撃を受けてたなんて・・・」)

ギリっと奥歯を噛みしめ、は素早く小さな身体の首筋に指を当てた。

(「黒地の子はもう亡くなって一週間は経ってる。
こっちは・・・」)

痛ましげに目を伏せ、は上がり框に突っ伏す少年の首筋に同様に指を当てる。

「!」

微かな動き。
信じられないが、間違いなく生きている。

「縹、すぐあまね様へ連絡を!
少年一名、重症。すぐに手当てしなければかなり危ない!」

羽ばたく音を聞きながら、は少年の負傷具合を確認する。

(「傷口に蛆が・・・しかも一週間何も口にしてないとなれば治療するにも頼みの綱の体力が絶望的だ」)

これは動かすにしても細心の注意を払わなければならない。
あまねの足でここに着くのはあと僅かな時間がかかる。
その間に出来ることをしなければと、は手持ちの道具と室内で使えそうな道具を探し始めた。


















































































































「ふぅ・・・」

黄昏で空が茜色に染まる。
普段の鬼狩り並みの疲労具合だ。
いや、これは体力ではなく精神的な疲れか。
恐らく、鬼の襲撃を受けまず黒地の少年が倒れ、白地の少年が反撃を受けながらも鬼を倒したのだろう。
無謀な戦い方を見る限り、怒りに我を忘れ鬼の体を手当たり次第の道具で潰し続け、最後は陽の光にさらされ鬼は灰となった。
そんなところだろう。

「・・・」

それにしても、あまりにも無常だ。
両親を早くに亡くし、追い立てるように今度は鬼の襲撃。
どうして心穏やかに暮らすことすら、奪われてしまうのだろう。
こんな年端も行かぬ少年が背負うには余りにも酷な現実には内心の激情を握り潰すように再び深く息を吐いた。
新たな墓標に質素な花を手向けたは山小屋へと足を戻す。
そして日が沈みかけた頃、聞き慣れた羽音に伝令が届いた。

「そろそろ隠が到着するそうです」
「・・・そうですか」

全身を包帯で巻かれた少年の傍らに座るあまねに伝えれば、小さな応えが返される。
助力を乞うつもりが、結果、ただ失うだけか奪うような形になってしまった。
心情は自分などには計り知れない。

「あまね様」
「・・・」
「尽くせるだけは尽くしました。
あとはこの子の力を信じましょう」
「・・・もう一人は?」
「近くにご両親の墓を見つけましたので、その隣へ」
「・・・そうですか」

小さな呟きはまるで闇に呑まれるようだ。
は上がり框に腰を下ろすと小さく丸まる背中を自分の方に引き倒した。

「!?」
「どうかお顔を上げて下さい。
考え事は陽光の下で致しましょう。夜更けでは暗い考えに囚われてしまいます」
・・・」
「本部なら薬も設備も整っております。
先ほど胡蝶殿へ必要な準備を整えておくように指示もしました。
私も尽力致しますので」

普段、隊士の前では御大義として凛とした振る舞いをするあまねの表情がくしゃりと歪む。
それを見下ろしたはふわりと笑った。

「お任せください。
伊達に鬼殺隊で10年、鬼だけを狩っていたわけではありませんから」
「・・・ありがとう」

震えるあまねには自身の羽織りを掛ける。
どうか少年が助かるようにと、二人分の祈りは隠が到着するまで夜空に響くのだった。

































































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2020.8.7