ついに鬼舞辻を倒した。
しかし鬼殺隊の被害は深刻だった。
は鬼舞辻の猛攻を受け、倒れた恋柱の手当てを進めていた。
「蜜璃さん、動かないでください」
「・・・、ちゃん・・・たたか、は?あの人は・・・」
「安心してください、全て終わりました。
伊黒さんもこちらに向かってます。
それより、呼吸で毒の回りと出血を止めてください。このままじゃ失血死ですよ」
深い傷口を止血し、折れた骨に添え木を当てる。
固く包帯を巻きながら、は次々に隠に指示を出していく。
と、
「甘露寺!」
「伊黒、さん」
「おい、。甘露寺は・・・」
「ここでは応急処置だけしかできません。すぐに蝶屋敷へ。
それと伊黒さんは他人のこと心配できる怪我じゃないですから手当てを受けて安静にしてください」
「偉そうなことを、貴様にーー」
「伊黒さん、無理してないで・・・」
「勿論だ、甘露寺」
「いい加減聞き飽きたこの掌返しのやり取りは安心しますけど、人の言うこと聞いて」
ーー仮定の願いーー
「経過は良好ですね」
蝶屋敷の診察室。
あの戦いから3ヶ月が過ぎ、生き残った隊士は順調に回復していた。
診察を行なっている自身も重傷だったが、怪我人の数が多過ぎた為、アオイと分担し治療を続けていた。
巻かれた包帯を外し、まだ必要な傷に包帯を替えたは最後に頬のガーゼを張り替えた。
「蜜璃さんのここの怪我も、時間が経てば目立たなくなりますよ」
「うん、ありがとう」
「なのでそれまでは軟膏をちゃんと塗ってくださいね」
「あの、ちゃん・・・」
手元の薬を片付けながら、蜜璃に呼ばれたは視線を蜜璃に戻した。
からの視線を受けた蜜璃はモゴモゴと口ごもる。
理由は分かっていた。
「なんですか?」
「えっと・・・その・・・」
「聞く覚悟は、おありですか?」
蜜璃が聞かんとしている質問を理解しているは、すっと視線を細める。
明るい話ではない、それを匂わせるに蜜璃はたじろいだ。
しばらくして、意を決した蜜璃は力強く頷いた。
「うん、お願い」
「・・・分かりました」
分かっていたとはいえ、は小さく息を吐いた。
そして居住まいを正すとゆっくりと話し始めた。
「はぁ・・・」
「ひでぇ奴だな」
「!」
蜜璃が出て行って自分しかいないはずの部屋に響いた声に心臓が止まるかと思った。
何度も何度も気配を消して現れるなと言ってるのに。
相変わらず気配がないまま神出鬼没のその人に、はげんなりとした顔を向けた。
「宇髄さん・・・」
「お前には情けってもんがねぇのかよ」
「一応人並みに持ってると思いますよ」
「それであの言い様かよ」
「無駄な希望を抱かせておいて叶えられなかった方が残酷だと思いますけど?」
しれっと言いながら、天元から視線を外したは椅子に体重を預けた。
耳の良いこの人の事だ。
どうせ全てを聞いていただろう。
先ほど蜜璃に話した、あの人の想い人の現状と将来の可能性を。
『はっきり言って、伊黒さんの両目が見えるようになる可能性は低いです』
『・・・そう』
『というのも、まだ完全に治癒された状態ではないので正確な診断が下せないため、というのが今の段階で申し上げられる精一杯です』
『え・・・』
『出来る限りの処置はしました。あとは蜜璃さんの看病としっかりと養生なさってください』
自分の話を聞いて気落ちするかと思ったが、予想に反し蜜璃は礼を言って帰って行った。
結局、何もできない事に変わりがないというのに礼を受け取る気には到底なれなかった。
言葉にしなくても沈んでる空気を背負うに、天元はいつもの調子で問うた。
「実際のところ、どうなんだ?」
診察室の壁にもたれかかった天元をは横目で見た。
興味本位ではないようなそれに言うべきか否か、迷った末、一つ嘆息したは口を開いた。
「右眼は難しいですが、もしかしたら左眼の視力はまだ戻る可能性が残っています。
とはいえ望みを抱かせる数字ではありませんでした。
だから、蜜璃さんにもお伝えしてません」
手元の小芭内の診療録を見下ろしたは口惜しげに呟いた。
「ぬか喜びさせるのは嫌なんです」
これは責任逃れだろうか。
だから、蜜璃にもあんな風に言ってしまった。
机に積み上げられた専門書を読み漁っているが、縋れる希望は見い出せていない。
「珍しい事もあるもんだ。お前が弱気とはな」
「・・・人間は情報の8割を視覚から取り入れてるのに、他の器官と違って眼の再生は不可能なんです。
それほどまでに繊細な器官なんですよ」
天元の揶揄に静かな怒りを向けたは、軋む身体を椅子から起こす。
そして机上の専門書を抱え、天元が立つ横の書棚へと戻した。
どれも分厚く、何と書かれているかも分からない洋書も混じる。
唯一背表紙が読める専門書、眼球に関する本には他の本に比べ多くの付箋が覗いていた。
「私がもっと秀でていたら、もっと医療技術が進んでいたら・・・もっと希望を抱かせることも言えますよ」
大量の専門書の前で、力なく呟いたは俯いた。
当人から滲む後悔の音は、決して小芭内の事だけではないだろう。
その証拠に、小芭内の診療録の下にあるのは自身のものだ。
負傷を押して、連日遅くまで専門書を読み込んでいるのを天元は知っていた。
見兼ねて何度強制的にベッドに連行したか。
「仮定の話は不毛だろ」
「だって・・・私にできる事なんて・・・」
「おいおい、鬼舞辻倒したくせに欲張りな奴だな」
「欲張りって・・・」
「貪欲なのはド派手で結構だが、他人じゃなく少しはてめぇの人生を欲張れよ」
笑いながら天元はの頭をぽんぽんぽんと撫で続ける。
いつもなら手を跳ね除け、苦言を呈し怒るだろう。
沈んでるをそうやって浮上させてきた天元は反応を待った。
そして、
「・・・少しでも幸せに生きて欲しいんです」
予想外。
ぽつりと零したの呟きに天元は固まった。
それが誰を示したものか言わずもがな。
まだ傷だらけの小柄な体躯を天元は腕の中に閉じ込めた。
「わっ!な、何ですか?」
「・・・帰ったら派手に抱く」
「は?」
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2020.9.2/2021.10.7修正