「あれ、悲鳴嶼さん」
「む、。任務帰りか?」
「はい。そちらは柱合会議の帰りのようですが・・・
珍しい取り合わせですね」
視線を下げたはぬるい視線を投げた。
そこには両腕で抱えられている蟲柱と水柱。
行冥にかかれば、まるで荷物のように軽々と持たれてしまうのか。
他の隊士には見せられない醜態だ。
「うむ。胡蝶と冨岡を蝶屋敷に置いて行く所だ」
「お二人が潰れるなんて、宇髄さんが無理に飲ませたんですか」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。少しからかってやっただけだ」
「それで不死川さんも潰したんですか?」
「こいつとは俺んちで飲み直しだ」
「・・・ほどほどになさってください」
「おー」
完全に潰れているような風柱を陽気な調子で引っ張って行った後ろ姿に引き止める選択は諦めた。
巻き込まれても面倒だし。
去っていく二柱を見送ったは、隣に立つ岩柱を見上げた。
「悲鳴嶼さん、お手伝いしますよ。
このままでは蝶屋敷の子達が騒ぎそうですから」
「うむ、助かる」
「いえいえ」
片方を担ぐと申し出たが、行冥が断ったため手ぶらのままは蝶屋敷へと並んで歩いた。
そして蝶屋敷に到着し、事情を話して騒ぎにする事なく二人を引き渡した。
もちろん、翌日の二日酔い対策の薬の調合もアオイが恙無くやってくれるだろう。
「静かに済んで良かったですね」
「うむ。
お前は任務帰りだったな、屋敷で休んでいくといい」
「でも悲鳴嶼さんもお酒召し上がったんならお休みになりたいんじゃ・・・」
「大して飲んではいない、手伝ってもらった礼もしよう」
「じゃあ、お言葉に甘えます」
ーー讃歌ーー
「悲鳴嶼さーん」
岩柱邸の縁側。
少しだけ酌み交わしたが、行冥は縁側の柱に寄り掛かったまま船を漕いでいた。
このままでは風邪をひいてしまうと、は相手の膝を叩いた。
「・・・む」
「悲鳴嶼さん、お休みになった方が良いんじゃないですか?」
「うむ・・・」
言葉少なにそう言った行冥は再び俯いてしまう。
これは動かすのは無理だな。
飲みかけの猪口を大きな手から取り上げたは珍しい光景をしげしげと見やった。
(「悲鳴嶼さんがこんなに酔うの初めて見たかも」)
柱合会議で何かあったのだろうか。
とはいえ自分は聞く立場にはないが。
自身の羽織りを悲鳴嶼の膝にかけたは手にしていた猪口を傾けた。
そう言う自分も酔っているのかもしれない。
少しだけふわふわする。
見上げた夜空は三日月。
そして、その横を光の尾が横切ってあっという間に消えた。
(「流れ星・・・」)
それに遠い記憶が掠めた。
身内が殺された後、一時期、預けられたその親類の家は病院だった。
そして療養中だったに物好きな一人が教えてくれたことがある。
『流星が輝いている間に3度願いを唱えれば叶う』
幼心にそんな事あり得ないと思っていたが・・・
(「・・・そういえば、あの時もこんな夜だったっけ・・・」)
その物好きは長く西洋で暮らしていたらしく、向こうの言葉や文化をよく教えてくれた。
今、自分が覚えている殆どはその人から教えてもらったものだ。
自分がどういう事情で引き取られたかを知ってからは、距離を置くでもなくさらによく絡んできた。
そしてその人はよく西洋の歌を口ずさんでいた。
「・・・when this flesh and heart shall fail, 」
よく笑う人だった。
医学の知識を持っている事を知ると、嬉しそうにどんどん教えてくれた。
大した反応もないあの時の自分は可愛げがなかっただろう。
それでもその人は根気強く、自分の代わりに表情をコロコロ変えてくれていつも穏やかで。
「・・・And mortal life shall cease」
誰しも幸せになるために生きていると、人生を楽しむために生きていると言ってくれた。
その願いが込められた歌なんだと。
そう言って、繰り返し繰り返し歌ってくれた。
もう覚えてるのは僅かなこの箇所だけだ。
「I shall possess, within the vail,・・・」
もしかしたら、このまま穏やかに暮らせるのかもしれない。
本当にこの人の言う通りなら・・・
そう思った矢先、また親類が鬼の手にかかった。
『逃げろ』と言ったあの人の顔。
誰かに庇われたのは初めてで。
初めて絶対に助けると刀を振るったが・・・自身の刃は届かなかった。
目の前でその人は鬼に殺されてしまった。
「・・・」
思えば、初めての連続の夜だった。
喪失の悲しみで涙を流したのも。
怒りの激情に駆られて刀を振るったのも。
己の歩むべき道を自覚したのも。
複数の鬼を相手にしながら、助けに来てくれたのは当時、入隊したばかりの今の岩柱だった。
「・・・A life of joy and peace・・・」
「美しい響きだな」
「!!!」
危うく猪口を落としそうになった。
酔い潰れたと思っていたその人は、こちらに穏やかな笑みを浮かべていた。
「ひ、悲鳴嶼さん、起きてらしてたんですか・・・」
「いや、今し方だ」
言ってくれ。
そう内心呟いたは言葉を探す。
しかし動揺でうまい返しが思いつかない。
鼓動もやたらと煩い。
うわ、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「あの・・・今お聞きになったことは忘れーー」
「西洋の歌か?」
こちらの心情を無視して行冥は踏み込んで聞いてくる。
どうしようかと迷っただったが、相手の顔はどう見ても答え待ち。
観念したは小さく嘆息して答えた。
「・・・はい」
「どのような意味なのだ?」
「・・・体と心が滅び命が尽きる時、来世で喜びと平和を得る・・・という意味らしいです」
「らしい?」
「私の面倒を見てくれた物好きな人が・・・その、よく歌っていて事細かに仔細を教えてくれたのですが、ほとんど忘れてしまって私もよく覚えてないんですよ」
けど、嘘ではないだろう。
誠実が人の形を取ったような人だったから。
再び嘆息したは、猪口に残っていた酒を一気に飲むと、夜空を見上げた。
「その方が亡くなった日が、ちょうど今日のような三日月が浮かんで流れ星があった日だったんで思わず口をつきまして」
お恥ずかしいとは笑い、行冥を見た。
向けられる心が解れるような安心できる面差しのこの感じは・・・
「ああ、そっか」
「?」
「悲鳴嶼さん、その人に似てるんです」
は伸ばした手を行冥の頬に当てた。
酒の所為で酔いが回った為か互いに体温はいつもより高かった。
「優しくて誠実で、私なんかの手を取ってくれて・・・
幸せがどういうものかを教えてくれーー」
そこまで言ったは我に返った。
今自分はとんでもない事を言ってしまったのではないか?
「少し酔ったな」
「・・・はい、そのようです」
動揺を察した行冥の言葉に、は伸ばしていた手をぎこちない動作で外す。
気不味い空気から逃れるようには腰を上げた。
「え、えっと・・・酔い覚ましにお茶でも入れましょう。
悲鳴嶼さんもーー」
瞬間、腕を引かれた。
そして合わされた唇から流し込まれた酒が喉を焼く。
瞬く間に離れた熱に、目の前にいた行冥は笑った。
それは記憶にあるあの人とは重ならない、色香立つ男の顔。
「うむ、酒も切れてしまったようだ。
目覚ましの礼に茶は私が淹れよう」
「・・・はい」
自身の膝にかけらたの羽織りを再び本人の肩に掛け、行冥は厨へと向かう。
固まったままのは先ほどの比にならない動揺に身動きが取れなかった。
(「・・・え、ええ、えええーーー・・・///」)
似てない証明
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2020.06.04