ーー湯けむり越しのハプニングーー

























































































































晩冬。
いつものように鬼の討伐が終わった。
そのまま次の任務と考えていたが、雪深い上にさらに雪が降ってきたことでその夜は近くの藤の家へとお世話になることになった。
そして、温泉があるということでありがたく湯を借りることになった。

「ふぅ、気持ちいい・・・」

しんしんと静かに降る雪の下で、水面に届く前に湯気で雪は消える。
ついと見上げれば、濡れたような黒い一面から舞い降りるのは細かい白。
こんな無防備な状態では鬼の格好の的だろう。
我ながら肝が据わっているのか、呑気なのか。
冷える夜風から逃れるように、肩まで湯船に浸かる。
そして設置された固い岩に頭を預け、膝を寄せる。
静かだ。
雪の所為か周囲の雑音は吸収される。
辺りに響くのはかけ流しの湯が消えていく音だけ。

(「いつか、こんな風にーー」)
「うむ!素晴らしい眺めだな!」
「!?」

突如響いた大音量。
聞き間違うはずもないそれに驚きバランスを崩し水中に沈む。
不意の事で思わず湯を飲んでしまった。
は慌てて水面に顔を出し咳き込んだ。

「げほっ」
「む?誰か居るのか?」
「!」

当然、その音を聞き逃されるはずもない指摘。
どうしよう。
とはいえ、先に入っていたのはこっちだ。
どんどんこちらに近づいてくる水音。
隠れ続けられることもできないし、腹を括るか。

「す、すみません、煉獄さん。です」

岩陰からおずおずと顔を出した
そこには普段は快活な笑顔を浮かべているはずの炎柱・煉獄杏寿郎が口を一文字に引き結び固まっていた。

「・・・」
「本当に申し訳ありません。
その、まさかどなたか入っていらっしゃるとは思ってもみなくて・・・」
「・・・」
「あれ?煉獄さん?」
「よもや! か!」
「いや、だからそうですけど・・・」

湯煙越しの杏寿郎は普段と変わって困ったような動揺を見せていた。
珍しいそれに目を瞬くだったが、先に我に帰ったのは向こうだった。

「む、その、すまないことをした。すぐにーー」
「いえ、先に入っていたのは私ですから私が出ます。
煉獄さんはゆっくりとーー」
「待て!」
「はい?」

腰を上げかけたは条件反射でそのまま止まる。
しかしいくら待ってもその先は続くことはない。
どうかしたんだろうか、と視線をずらせばこちらに背を向けて湯に浸かっている杏寿郎の明るい後ろ髪があった。

「君も疲れているだろう。入ったばかりならもう少しゆっくりすればいい」
「でも、それでは煉獄さんが・・・」
「俺は構わん。少し話もしたかったのでな」
「・・・では、ちょっとだけお邪魔します」

言葉の使い方間違えているかなと思いながら、上げていた腰を再び湯船に戻した。
大きな岩を背にし二人の間に流れるのは湯が流れ落ちていく音のみ。
間が持たずは話を切り出した。

「その、煉獄さんは任務だったんですか?」
「うむ。ここに来る途中の村で鬼を狩っていた」
「お怪我の方は・・・」
「強敵ではなかったからな。そういう君も任務だろう」
「ええ。山向こうの村からの要請で山に潜んでいた鬼の討伐でした」
「怪我は無いのか?」
「はい、私の方はかろうじて大きなケガはしてません」
「うむ、何よりだ」
「は、はい。ありがとうございます」
「うむ・・・」
「・・・」
「・・・」
(「き、気まずい・・・」)

誰か助けてくれ。
そう思いながら話題を切り替える糸口を探す。
だが特に思い浮かばない。
そこまで社交的ではない自覚があるが、まさかこんなところでそのツケに見舞われるとは思わなかった。


「はい?」
「頭突きの少年の妹に会ったのは君が最初だそうだな」

話が大きく逸れたなと思いながら、間が持ったことに少しほっとしたはその時を思い出しながら口を開く。

「はい。既にお館様からお聞き及びになっている通りです」
「何故斬らなかったか、理由を聞いてもいいだろうか」

質問の意図が分からない。
だがそれなりの付き合いであり、彼の性格が正論を好むのを知っていたは彼が求めているだろう答えを言葉にする。

「隊律違反云々の話でしたらーー」
「いや、すまないそうではない」
「え?」
「俺個人として聞いてみたいと思っていたのだ」

珍しいこともあるものだ。
鬼を斬るが是。
それが鬼殺隊としての本分。
それを常に体現しているのが彼だ。
そんな彼からそのような言葉を耳にする日が来ようとは。
柱の皆がその手にする刀には『悪鬼滅殺』の文字が刻まれている。
だからこそ鬼を斬らずに見逃した自分のことは許せないものだろうと思っていたのだが・・・
困惑しているこちらの心情を汲んだのか、杏寿郎は続けて口を開いた。

「君が鬼に対して同情を抱いていたとは思えない。素振りすら見たことがないのでな。
それがどうして鬼を目の前にして斬らずにおれたんだ?」

対峙していれば、まっすぐに見据えられ、問われただろう。
だが互いに背を合わせているからか、いつもなら迷いないその声がどこか覇気が薄い気がした。
そうですね、と前置きをしたは空を見上げながらゆっくりと話し出した。

「目的を達するためにはどんな力でも利用してやろうという思いだったから・・・かもしれません」

ずっとこびり付いている言葉はまるで自分が言っているとは思えないほどすらすらと出た。
ちりっと焼けるような痛みが胸の奥を突く。
そんなこちらの違和感を感じ取ったのか、杏寿郎がこちに振り向こうとしている気配を感じたは何事も無かったように話し出す。

?」
「まぁ、そもそも私の身内はすべて鬼に殺されたので、同情は確かにないですし。
一般の方も、鬼殺隊の隊員だって鬼に傷付けられる位なら私が頸を刎ねてやります」
「はっはっはっ!勇ましいな」
「とはいえ、まだまだ鍛錬不足ですが」

苦笑しながら呟く。
嘘ではない。だが、語ったそれが全てでもなかった。

「だが、君は頸を刎ねた後、随分思い悩んだ顔をしているだろう」
「!」
「とはいえ、任務で刀が鈍る姿は見たことがないので特に気にはしていなかったがな」
「・・・」
「他に悩みがあるのなら俺で良ければ話を聞こう」
「ふふ・・・煉獄さんには、敵いませんね・・・」

やはり見透かされていたか。
常に後進の指導や育成に熱心な彼だからこそ、自分の心の内を見破るなど容易いのだろう。

「同情はありませんが、哀れな存在だとは思います」

抱いていた気持ちの一端を素直に述べる。
己の意思であれ、そうでないとはいえ、人である運命を曲げられた。
人を喰わなければ生きられない存在。
そもそもそれらを生み出す存在さえいなければ、誰もそんな悲運に見舞われることはなかったのだ。
だから頸を刎ねる。
鬼にはそれしか解放する術がないから。
人間を鬼から守るにはそれが唯一の術だから。
だからこそ、自分が抱くのは贖罪。
相手が鬼であれ、人間であれ。
深い深い贖罪の思いから自分は刀を振るう、己の贖いのために。

「哀れか・・・そう考えたことはなかったな」
「あはは。変わり者なんでしょうね、私は」
「いや、君のような人を知っているぞ」
「え?」
「頭突きの少年だ」
「炭治郎くんですか?」

彼は変わり者だっただろうかと思いながら記憶を手繰る。
あまり心当たりがないなぁと思いながら、背中越しの杏寿郎は楽し気に話し出した。

「先日の柱合会議は知っているだろう」
「不死川さんが頭突きを食らったという話なら甘露寺さんに伺いましたが・・・」
「その時少年が言っていた。『善良な鬼と悪い鬼の区別もつかないのなら柱なんてやめろ』とな」
「・・・それはまた度胸がありますね」
「うむ。なかなかに心意気があるな!」

いや、それは単に怖いもの知らずだろう、とは言わず数回顔を合わせたことがある年若い隊員の印象が少しずつ変わっていく。
自分でさえ、今の柱陣にそこまで啖呵を切る勇気はない。

(「・・・いや、違うか。そこまでしてでも妹を守りたかったからか」)

唯一の拠り所。
もし、自分が同じ状況になったら彼のような行動が取れるだろうか。

「羨ましいですね」
「む?」
「あ、いえ・・・炭治郎くんは守りたいものがあるからそこまで強いのでしょうね。
煉獄さんと似通うものを感じます」

思わずこぼれてしまった一言を拾われ、慌てては言い訳のように捲し立てる。
自分とは違う強さ。
贖罪から振るわれる剣と誰かを守るための剣。
どう考えても、後者の方がとても気高く自分には手の届かないもののように思えた

「なんとなく波長も合う気がします。そうだ、彼なら継ーー」
ーーポンッーー
「!」
「君も十分に強い!」

いつの間にやってきたのか、岩越に居たはずの杏寿郎がすぐ隣での頭に手を置いた。

「ここ10年近く鬼殺隊で最前線に立ち、多くの隊員を守り、市民を守り、鬼を斬ってきたのは君だ。
胡蝶と協力して後衛部隊への育成と新たな治療法も編み出し負傷隊員を救ってきている。
それに戦死した隊員の遺族への報告、元柱への挨拶を欠かさず、隠の隊員まで名を把握している」

「・・・」
「ここまでしているのだ誇っても構わんと俺は思うぞ!
それに比べて俺はまだまだだな!不甲斐無し!」


大声で笑う杏寿郎。
呆気にとられたは、何のために岩越に湯船に浸かっていたいたんだとか、互いの状況分かってます?とか、いろいろ思ったがとりあえず近所迷惑はダメだよな、とは小さく息を吐いた。

「・・・煉獄さん」
「どうした!」
「あの、夜中ですのでもう少し静かになさった方が・・・」
「む。確かにそうだな!」
「では私は先に失礼しますね」

何事もない顔で返事を待たず手ぬぐいを巻いたは呼吸を使い、一瞬でその場から姿を消した。
瞬間、杏寿郎はつい今しがたの状況を理解した。

「・・・・・・!!!」
「〜〜〜〜〜っ!!!」

湯殿と自分の部屋に戻る廊下で、羞恥に真っ赤に染まった二人分の言葉にならない悲鳴が上がった。

































































>おまけ
「切腹するので介錯してくれ・・・///」
「いえ、こちらこそお見苦しい姿を・・・///」
「しかし配慮に欠けてしまった行いだ。穴があったら入りたい」
「あれは突発的な事故ということで伏せて頂ければ私はーー」
「よぅ、煉獄。らしくねぇ顔してどうした?」
「うむ。実は先日、温泉でと一緒にーー」
「は?」
「煉獄さんッ!!」


後日しばらく避けられる炎柱


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2020.4.18