酷暑も弱まった初秋の夕暮れ。

「うるせェ!俺に弟なんて居ねェんだよォ!」

天高くなりつつある空に響く怒声を宥めようとした人垣も功を奏さず、当人の怒りはますます高まるばかり。

「あ、あにーー」
「とっととーー」
「風柱様!お待ーー」

仲裁の声は届かず。
玄関先に置かれていた打水用の桶を手にした実弥は目の前で立ち竦む相手に向け投げつけた。

「ーー失せやがれェ!」
ーーバシャッーー

しかし、桶の水はその相手だけでなくその後ろから新たに現れた人物もずぶ濡れにしてしまった。

「「あ」」
「・・・」

実弥、玄弥の抜けた声が響く。
その場にいた隠の面々はあまりの事に言葉すら失っている。
完全に巻き添えを食らったは、顔面に張り付いた前髪をかき揚げる。
そして髪から水を滴らせながら手にした用事を屋敷の主に見せつけながらにっこりと笑った。

「えー、蟲柱様の使いで検診をすっぽかしてる風柱様にお薬をお届けに上がったんですけど、すっかり台無しにされた上、無駄足を踏ませてくださったので詫びの印にせめて手拭くらいは貸していただけないでしょうか?」



































































































































ーーさらなる先ーー



































































































































「くしゅっ!」
「だ、大丈夫ですか?」

縁側で盛大にくしゃみをしたに、隣に座った玄弥が心配すれば鼻声ながら明るい声が返される。

「あー、大丈夫ですよ。それより玄弥くんは怪我ありませんか?」
「俺の方は大丈夫です」
「なら良かった」

そう答えながらも、玄弥の髪の端から水滴が落ちているのを見たは、自身の首にかけられてた手拭を相手の頭に被せた。

「わ!」
「ほら、玄弥くんこそ。ちゃんと拭かないと風邪ひきますよ」

わしゃわしゃと力任せに拭いてやる。
以前よりも腕を高くしないと届かない。
どうやら少し会わない間にまた大きくなったようだ、羨ましい・・・

「玄弥くん、また大きくなりましたね」
「そ、そうですか?」
「ええ。高さが上がりましたよ」
「・・・すんませんでした」
「うん?」
「その、俺のせいで巻き込んじゃって・・・」
「これくらい気にしないでください。
それより、風邪ひいたらちゃんと蝶屋敷に来てくださいよ?」
「・・・はい」

季節柄、そこまで心配する必要はないが念押しする。
そうでなくても鬼殺隊に所属する隊士の多くは、体調への配慮が乏しい。
・・・ま、他人をとやかく言えた義理ではないのだが。
そうこう考えているうちに、玄弥はするりと隣から逃げ出してしまった。

「じゃあ。俺もう帰ります」
「もう少しゆっくりしていってもいいんじゃないですか?
まだお茶も出されてないし」
「いえ・・・これ以上居ても、兄貴を怒らせるだけだと思うんで」
「・・・そうですか」

歩き去る後ろ姿は寂しげで。
かける言葉が見つからない、その上分からないはやるせない顔で見送るしかできない。
それができる人が居るには居るが・・・

「あーあ、薬を届けに来ただけなのにとんだトバッチリでしたね。
どーやって詫びていただきましょうかねー、そこに隠れてる不死川さんはどう思われますか?」
「・・・」

の言葉にむすっとした顔で現れた実弥は、その手に持った盆を置いた。
湯呑みの数が2つのところを見ると、どうやら玄弥がわざわざ帰るのを待っていたらしい。

「悪かったって言っただろうがァ」
「心の篭ってない謝罪を受けて、私が薬を渡せなかった事をしのぶさんにどう報告しろと言うんですか?」
「・・・」
「ま、私がどーこー言えた義理もありませんよね。
今まで身内を持った事ない私が、身内をお持ちの不死川さんに偉そうな事を言うなんて」
「俺に身内は居ねェ」
「そーですかー」
「・・・お前ならどうする?」

出し抜けの言葉に面食らった。
いや、初めてかもしれない。
彼から自分の身内について助言に近しい何かを求められた事は一度も無かった。
湯呑みを傾けたはしばし考え込んだが、返せる言葉はやはり限られていた。

「言ったじゃないですか。持った事ない私が言える事はないと。
私は頼り甲斐があるあなたの兄弟子とは違う未熟者なので」
「なんでそこで匡近が出てくんだァ・・・」

低く唸る実弥にはもどかしい苛立ちを滲ませながら、素直な気持ちを口にした。

「分かんないですよ」
「?」
「私の言葉は不死川さんの答えになるとは思えない。
人様に高説を説けることも資格もないですもん」
「・・・」

仲の良い家族だと聞いた。
玄弥から聞いた話は、本来の家族というのはそういうものなのかと。
自分の境遇とはかけ離れ過ぎて助言できることなどなかった。
ただ、玄弥が望むなら背を押してあげたい思いだけがあった。

「ただ家族だろうとそうでなくても、取り残される辛さは・・・少し分かる気がします」
「・・・そうかァ」
「ま、玄弥くんの話を聞く耳持たないのは大人気ないと思いますけど
「・・・」

棘あるの言葉に実弥はぐっと言葉を続けられない。
その様子を見ていたはでも、とか細い声で続けた。

「取り残される辛さを分かっているなら・・・
唯一の肉親なら尚のこと、歩み寄っても良いんじゃないかと思います。
きっとお互いの想いが繋がった先があると、私は思いますけどね」






































































>おまけ
「そぉかァ・・・」
「そだ。不死川さん、知ってます?」
「あ?」
「素直になれないのって、その相手を愛している故の裏返しだそうですよ」
「・・・良い度胸だ、。ぶった斬ってやらァ」
「ならその前にしのぶさんに薬を無駄にした報告しに行ってください」
「ぐっ・・・」



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2020.8.9