「鉄地河さん、ご無沙汰しております」

深々と頭を下げたは顔を上げる。
そこには自身よりも更に小さい火男の面を付けた老人がコロコロと笑った。

「久しいの、そろそろ蛍の嫁に来んか」
「仰る相手は私のような剣士ではない安全物件にしてください。
それでご依頼の品、どうにかなりましたか?」
「むー。先に仕事の話とは、相変わらず真面目だの。
ほれ、こんな出来ぢゃ」

布に包まれたそれを受け取ったは、断りを入れ中を改める。
小さな木箱に入れられていたのは、釣り針のように湾曲した針。
前々からが負傷した隊士の治療に使いたいと注文を入れていた縫合針だ。
西洋の物も出回っているが、どうにも使い勝手が悪く担当の刀鍛冶である鉄地河に相談してみれば二つ返事で請けてくれた。

「湾曲もちょうど良いですね、ありがとうございました」
「うむ。主の刀も調整しよう、終わるまでゆっくりしていきなさい」
「はい、ありがとうございます」






















































































































ーー不意打ちーー






















































































































(「この里も久しぶりだな。
あの温泉、もう少し気軽に入れる場所にあれば最高なんだけどなぁ」)

里長の厚意に甘えたは名物の温泉を堪能し、山中を散策していた。
季節は晩春。
そこかしこに山吹が咲き誇っているのが見えた。

「うわぁ・・・最近忙しかったけど心洗われるなぁ・・・?」

と、耳に届いた不穏な音には振り返った。
そこには迫りくる土砂の群れ。
足元を揺らす地響きに取るべき選択は逃げしかない。

(「はぁ!?なんでなんでなんで!久しぶりの温泉楽しんだ報いがコレ!?」)

脚力に自信はあったとはいえ、地滑りのスピードは嫌でも近づいてくるのが分かった。
否が応でも焦燥が募る。

「うわっ!やばいやばいやばーー」
ーーズルッーー

嘘でしょ?
この状況で崖から落ちるって有り得ないんですけど!?
踏ん張りが利かなかったとはいえ最悪すぎる。
持ち前の身体能力で空中で身を立て直す事ができた。
が、下には人影。
まずい、このままではぶつかる!

「ちょっ!ごめんなさい!どいーー」
ーードンッ!ーー

警告虚しく、は刀鍛冶の里人の上に落ちた。
全力でぶつかったわけではないから、向こうに怪我はないはず。

「っ〜、あたたた・・・すみません、怪我はーー」
?」

聞き覚えのある声に顔を上げる。
凛々しい顔立ちの男がこちらを怪訝顔で見ていた。
そして、顔の横にある火男の面に予測した名前を呟く。

「え、と・・・もしかして鋼塚、さん?」
「・・・」
「あは、どうもご無沙・・・じゃない!逃げてください!
ーーゴゴゴゴゴゴゴッ!ーー

呑気に挨拶をしようとしていたは我に返り、鋼塚の腕を取り走り出す。
直後、土砂が先ほど二人が出会った場所を呑み込んだ。

「地滑りに巻き込まれて逃げてた最中なんですよー!
刀は鉄地河さんのところで丸腰じゃ何もできないくてー!」
「久しぶりに会った早々傍迷惑な女だな!」
「地滑りは私の所為じゃないですってば!」

理不尽な言葉に怒鳴り返したは、鋼塚を引きながら後ろを振り返る。
どう見ても地滑りの勢いは収まってない。
逃げ切るにしてもこの里の地理には疎い。
その上このままでは里人に被害が出るかもしれない。

「あーもー!このままじゃ里に影響出ちゃいますよ!
鋼塚さん!刀持ってないんですか!?」
「お前に渡す刀は無い!」
「そう言って背中に背負ってるの刀ですよね?貸しーー」
「断るっ!」

即断されたは駆けていた足に急停止をかけた。
目の前には崖。
退路は無く、背後からは地滑りが迫る。

「・・・ここまでか」
「はぁ?こんな所であんな理由で命投げ出すつもりですか?」
「ならどうにかしろ」

相変わらず問題ある性格だ。
カチンときたは小さく息を吐いた。

「しますよ」
「じゃあ、さっさーー」
「蛍さん」
ーーピクっーー
「地滑りで死ぬか今私に刀を貸すか。どっちか選んでもらえます?」
「・・・」

有無を言わせない笑顔で圧をかけられ、鋼塚は渋々と刀をに渡す。
すぐに抜刀したは集中し、呼吸で技を繰り出した。

「雨の呼吸、漆ノ型・・・洒涙雨、拾連!
ーードゴォォォーーーンッ!!ーー

凄まじい衝撃音が里中に響いた。
大小の岩に流木を斬撃で砕き、技による衝撃波が土砂を元来た場所へと押し返した。
時間を要さず、地滑りは見る影もなく消え目の前には土色の道が山頂に向けて伸びていた。

「ふぇー、な、何とかなりましたか。
折角温泉でさっぱりしたのにまたこんなんですよ・・・」
「おい、さっさと刀を返せ」

泥だらけでへたりこむに鋼塚がぴしゃりと言えば、は頬を膨らませた。

「もー、先に刀の心配ですか。
そんなだから鉄地河さんに嫁の貰い手を心配されるんですよ」
「余計な世話だ、さっさと刀返せ」
「鋼塚さんって本当に歳上とは思ませんね」
「貸し賃はみたらし団子1ヶ月分だ」
(「・・・本当に大人気ない」)

口には出さず、は刀を振るって汚れを飛ばすと鋼塚に借りていた刀を返した。

「ま、私には扱えない業物です。
とはいえ今回はその重量があったので地滑りも吹っ飛ばせたんですけどね」
「・・・」

苦笑しながらそう言ったは伸び上がった。
崖下の里には影響が無さそうだ。
ほっとしたは素顔の鋼塚に向けふわりと笑う。

「ありがとうございました、鋼塚さん」
「・・・おう」
「?では、私は鉄地河さんへの報告ともう一度温泉行ってきまーす」

今さらながら面をつけた鋼塚に首を傾げたは、土砂を避けながら里への道を下り始めた。

























































素顔の鋼塚さんがイケメン過ぎた




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2020.6.14