ーー不変ーー
鎹鴉から報告が届いた。
ある任務で隊士が連絡を絶った。
予想では鬼に殺されただろうということになり、事後処理のため隠の部隊が派遣された。
「あれ、後藤さん?」
しかしそこに居たのは、廃墟の一角で抜身の刀を持っていた1人の隊士。
再会するのは数ヶ月ぶりだ。
結紐を髪に編み込んだ洒落た髪型、いつも纏っていた瑞香の刺繍の羽織りはないが、顔馴染みのは気安い笑顔をこちらに向けた。
「到着、随分お早いんですね」
「あー・・・報告じゃ、生き残りは居ないって聞いたからな。
俺が先行して様子見に来た」
「そうでしたか。私、救援聞いて駆け付けたんです」
間に合ってよかったです、と言った。
だがその見た目は『間に合ってよかった』ような装いとは程遠い。
頬には切り傷。
隊服はそこかしこ破れ負傷しているのは目に見えていた。
後藤はマスクで隠された口元をへの字に曲げた。
「・・・」
「とはいえ、まだ全ての鬼を狩ったか確認がまだなので後藤さんは可能なら一旦、後退してーー」
「馬鹿野郎!んな傷だらけのお前残して後退できるか!」
「・・・」
「あ・・・」
怒鳴った直後、我に返る。
今自分はとんでもない事を言ってしまったのでは!?
いくら鬼殺隊に所属しているとは言っても、向こうは剣士、こっちは隠。
長い付き合いで勘違いしそうになるが、立場が違う。
命を賭して鬼と戦っている剣士と違ってこちらが偉そうに説教ができる立場ではないのだ。
内心汗をかいていたが、は少し呆気に取られるとふわりと笑った。
「そうですね、確かに私一人では手に負えません」
「・・・ん?」
「後ろの新人さん、何とかして貰えませんか?」
「後ろ・・・わーっ!」
が指を指せば、そこには瑞香の羽織りをかけられた重傷な隊士がグッタリとしていた。
「こういうのは先に言えよ!」
「いえ、応急処置はしたんですけど、いかんせんまだ鬼の気配が消えていない気がしてちゃんと手当てできなくて・・・」
「ならここは俺が何とかする!」
「さすが後藤さん、助かります〜。では私は周囲の見回ってきますので〜」
「戻ったらお前も手当てするからな!」
はいはーい、と間延びした声の怪我人に怒りがこみ上がる。
目の前の重傷者の手当てをしながら、後藤は離れていく当人に向けて荒々しく息巻く。
「ったく、あいつは・・・また無駄に怪我しやがって!
どうせまた庇った所為なんだろうがよ!
毎度毎度、学習しねぇというか・・・?」
と、その時。
視界の端に何かが動いた気がした。
そして気付く。
今ここには隠は自分だけだということ。
戦える剣士は居ないということ。
「・・・」
思わず息を呑む。
どうする?本隊はまだ到着しない。
怪我人は動かせない。
だが、自分に戦える力は・・・
ーードッ!ーー
「!」
瞬間、何かが躍り出た。
辛うじてソレの軌跡を追えば正体は予想していた最悪なもの。
(「鬼!?」)
身体が竦む。
叫びたくても声が出ない。
残忍な笑みを浮かべながら鋭い爪をこちらに向ける鬼。
襲い来る痛みに、自分の辿る最期に思わず目を瞑った。
「っ!」
ーーザンッ!ーー
しかし痛みはない。
恐る恐る目を開ければ、左肩に鬼の爪が刺さったまま刀を振り抜いていた後ろ姿。
鉄臭に混じる瑞香。
軽い足音がいやに大きく響く。
そして灰へと変わる鬼を前に、は小さく息を吐いた。
「後藤さん、お怪我はありませんか?」
「・・・あ、ああ」
「良かった・・・それと申し訳ありません。
負傷者の近くに鬼が居るのに気付くのが遅くなりました」
「い、いや。こっちこそたすーー」
申し訳なさそうなにそこまで言った後藤は止まった。
続きがあるような言葉には首を傾げる。
「・・・たす?」
「じゃねぇ!お前は!また庇って余計な怪我をこさえやがって!!」
「んえ!?や、だってあのままじゃ後藤さんがーー」
「問答無用!さっさと隊服脱げやコラ!」
半ば八つ当たりのように隊服を剥ぎ、手持ちの包帯での傷口を止血する。
されるがまま身動きを止めているに、後藤は小さく問う。
「・・・鬼は?」
「はい、もう気配はないです」
「そうか・・・」
の背後から手当てを進める後藤。
互いに顔は見えず分かるのは手元だけ。
その手元が震えたように見えたは、後藤と会った時のようにあっけらかんとした声で続けた。
「まぁ、仮に襲われても皆さんは私の間合いの内側です。
今なら不意打ちさえ斬り捨てられますよ」
「・・・そうか」
その後、しばらくして隠部隊の本隊が到着した。
残りの作業を任すと後藤はを背負い本部への帰路に就く。
余談だが、本部へ戻るのを拒否ったを再び後藤が怒鳴りつけたやり取りを経た後で、である。
「」
「はい?」
「ありがとな」
出し抜けのそれには戸惑ったような空気となる。
後藤はさらに続けた。
「なんつーか、改めて思ったわ。
お前ら剣士は命を擦り減らしながら鬼を狩ってる。
いつも薄氷の上を歩いてるっつーのに、お前は初めて会った時と全然変わらねぇ。
それがこの鬼殺隊でどんだけ貴重なのか。
俺はお前に甘えてた。剣士を補佐する隠、失格だ」
鬼に襲われそうになった時、身が竦んで何も出来なかった。
手当てしている最中でさえ、震えが止まらなかった。
思い出したのは初めて会った時。
誰よりも傷だらけの癖にこっちの怪我の心配をする始末。
そう言えば初めて怒鳴った時もあの時だったか。
こいつはいつも自分を盾に誰かを救い、鬼を狩る。
当然と日々、毎日、当たり前のように戦いに身を置いている。
そんな相手に自分が怒鳴る資格は・・・
「ぶ!ふふふ・・・」
「・・・おい、笑うとこじゃねぇだろ」
「だ、だって・・・何を言い出すかと思えば・・・ぶはっ!」
体を震わせ本気で笑い出してしまったに、先ほどまでの憂いが苛立ちに取って変わった。
落とすぞこら、と本気で思い始めた時。
ひとしきり笑い終えたは、会った時と変わらない穏やかな口調で続けた。
「後藤さんが到着してなかったら重傷隊士は死んでいましたよ。
貴重な鬼殺隊の戦力を守っておいて失格な訳ないじゃないですか」
違う。
本当は逃げ出したかった。
鬼が襲って来た時、可能なら逃げ出したかったんだ。
自分は何もしていない。
なのにこいつはいつも穏やかで、剣士の立場を笠に着ることなく、隠である自分に敬意を払ってくれる。
「それに隊士の入れ替わり激しい中、付き合いの長い者同士が気安い仲になるのは悪い事じゃない。
隠だろうが、剣士だろうが、同じ鬼殺隊じゃないですか。
それに甘えじゃなくて、信頼って言って欲しいですよ」
「・・・そうか」
「はい」
甘えでなく信頼。
殺伐とした鬼殺隊でその言葉は酷く心が温まるようだった。
「後藤さん」
「・・・ん?」
「いつもありがとうございます」
「ああ」
出し抜けの感謝の言葉。
いつも当たり前に言われていた言葉が今日は酷く胸に染みた。
>おまけ
「後藤さん、らしくない事言うなんてお疲れなんですよ〜。
蝶屋敷行く前に何処かの甘味処にでも寄りません?」
「血塗れのお前連れて入れる甘味処なんざねぇよ」
「えー、じゃあ私を置いて代わりに買ってきてくださいよ」
「昔それで隠を撒いて任務行ったろ。岩柱に怒られたの忘れたのか?」
「怒られたのは胡蝶さんですよ」
「黙って背負われてろ」
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2020.5.26