負傷の手当を終えれば、一室から耳障りな恫喝が響いていた。

「お館様が殺された責任をどうするつもりだ!」
「今すぐ身内の不始末をつけよ!」
「そうだ!武士の責務を果たせ!」
「自刃しーー」
ーーガシャーーーンッ!!ーー

傷が開く事すら構わず、詰め寄る輩の鼻先を文机が掠め、壁に当たって砕けた。
しばしの静寂の間を置き、我に返ったらしい輩共がこちらを向いた。

「な、何をーー」
「ふっざけんじゃねぇ!」

久々にはらわたが煮え繰り返るほどの怒りに怒声で畳みかける。
渦中の人物からも惚けた顔が返ったが、今はそれを構う余裕は無かった。
事情は聞いていた。
縁壱と共に任務から戻れば、お館様が殺されたこと、鬼殺隊隊士が鬼になったこと、その鬼が縁壱の兄だと言うこと。
だがその事情があったとしても、目の前の状況を許せはしなかった。
大股で一室へと入れば、縁壱に一番詰め寄っていた男の胸倉を掴んだ。

「いい歳こいた大の男共が、寄ってたかって一人に責任押し付けてんじゃねぇ!」
「ふざけるな菅原!貴様は事の重大さにーー」
ーーゴヅッ!ーー

聞くつもりもない文句を頭突きを見舞わせ黙らせる。
衝撃にふらついた男はよろよろと後ろへと下がった。

「っ!き、さま・・・」
「気付いてねぇ盲はお前らだって言ってんだよ」

ズキズキと傷が開いたことが分かる痛みより、呑気に責任追及しかできない目の前に一言言ってやらねば気が済まない。

「お館様に何人の男が付いていて守れなかった?
鬼殺隊の身内の不始末を止められなかったのは誰だ?
隊士だと粋がってた武士がどのツラ下げて責務だ?」

縁壱を囲んでいた男達一人一人に指を突きつけ言ってやれば、誰もが口を噤んだ。

「縁壱から教えて貰った剣技で、何故お前らはお館様を守らなかった!
言い訳できるなら言ってみろ!」
「ふざけるなっ!」
「おい、止めろ!」
「その場に居なかった貴様こそ、我々を咎める資格すらないぞ!」
「は!やっと出た苦し紛れの言い訳の次は私に責任転嫁かとはな、器が知れる」
「貴様っ!」
ーードンッ!ーー

頭突きを食らった男に胸倉を捕まえ返され、手近の壁へと突き飛ばされる。
その拍子に、治療で着付けが甘かったせいで胸元がはだける。
一見して分かる、サラシの上から分かる輪郭に男の手は離れた。

「な!?菅原、お前は・・・」
「どうしたよ?今度は女の癖に男に歯向かうな、か?
一度でも私に勝てなかった分際でよく吠える」
「このっ!」
「そこまで」

激昂を縫って落ち着いた声が落ちた。
そこに現れたのは、齢六つとなる幼子ーーいや、現鬼殺隊を率いることになったお館様だった。

「もう十分だよ、みんなそれまでにしてくれないか」

独特の声音に、その場の皆が居住まいを正し頭を下げた。

「父上が亡い今、残された子供達が争う姿は見たくない。
みんな心中悲しいだろうけど、一刻も早く鬼殺隊を立て直さなければいけない。
どうか力を貸して欲しい」
「「「「「はっ」」」」」
























































































































ーー裏切りと決裂とーー


























































































































外廊をズンズンと肩で風を切る勢いで歩く。
遠くから近づいてくる足音すら突き放す勢いで、菅原は速度を上げていた。

「・・・」
「おい菅原!少し待たないか!」

呼びかけに応じるつもりはなく、さらに速度を上げた。
が、

「待てというに」
ーーパシッーー
「私は用はない」
「こちらにはある」

肩に置かれた手を払っても、再び掴まれ菅原は不機嫌さを隠すことなくため息をついた。

「はぁ・・・煉獄、お前も私に文句か?」
「そうではない、少し落ち着け」
「落ち着いてる。
私は忙しい、文句を聞く暇は無い」
「菅原!」

珍しく怒ったらしい煉獄の様子に、仕方ないとばかりに鼻で息をついた菅原は腕を組んで応じた。

「・・・手短にしてくれ」
「鬼殺隊の再建をせねばならん。
お前の手も借りたい」
「手なら文句を並べた連中共で十分あるだろう、この上私の手を借りればまとまるものもまとまらん」
「戦力だけの話ではない。
これからお館様も鬼殺隊の本拠地も移さねばならん。
お前の力もーー」

さらに続きそうな煉獄の言葉を菅原は手を挙げて先を制した。

「私の、菅原の当主宛へ既に鴉を飛ばしてある。
恐らくもうすぐ到着する。
うちとお館様とは縁があってな、身を隠す手段も本拠地も今後の事もそっちと話を詰めてくれ」
「待て、お前はこれからどうするつもりだ?」

煉獄の言葉に一度視線を交わした菅原は、そのまま目の前の庭園へと視線を移した。

「私の目的は、初めて会った時にも言ったはずだ」

腕を組んでいた両の拳が軋むような音がするほど握り締めた菅原の横顔は、初めて見る昏い憎悪に満ちた瞳だった。

「鬼を狩り尽くす。その為に鬼殺隊に入ったと。
この鬼殺隊では私の目的は果たせない、だからこの場には居られない」
「鬼殺隊を抜けるつもりか?」
「そう受け取って貰って構わん」

背を向けた菅原はヒラヒラと煉獄に手を振る。
鬼殺隊でそれなりに長い付き合いとなった同士からの突然の言葉。
いつも明るく、快活というか軽薄というかこちらを翻弄してきた。
それが女性だったということにも驚いたが、実力主義の鬼殺隊で共に前線で戦ってきた仲であれば粗末な事だと思った。
だというのに袂を分かつ、との告白にかけるべき言葉が見つからない煉獄は立ち尽くした。

「菅原・・・」
「ま、あのふらふらした縁壱を遊ばせておくのも惜しいしな。
あいつ捕まえついでに鬼を狩ってーー」
「お前の所為ではない」

思わず溢れた言葉に、菅原の動き出した足が止まる。
必死にいつもの軽薄さを装っているように見えた。
口先や見た目はいつものような軽口なのに、どこかひどく思い詰めたように見えたのだ。

「お前の所為ではないんだぞ、菅原」

念を押すように繰り返せば、深々とため息をついたそいつは空を見上げぽつりとこぼした。

「・・・気遣い、痛み入るね」

また初めて聞いた弱々しい声。
まるで痛みを堪えているような、震える声を懸命に押し殺しているようなそれ。
見慣れない姿を訝しんだ煉獄は菅原を振り返らせようと肩に手を伸ばす。

「菅原、待ーー」
「煉獄よ、隊士として続けるならまたいずこかの月の下で会おうな」

肩に伸ばした手は空を切った。
同時に、いつもの軽い調子に戻った声で肩越しに手を振られる。
追及を拒むその後ろ背に、煉獄は行き場を失った手を自身に戻すしかなかった。

「・・・どうか息災で」
「おう、死ぬまでは息災だ」
































































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2021.08.09