褥の上で若い男女が絡み合っている。

「ふっ・・・」

いや、少し語弊があるか。
組み敷かれた女の方は、まるで逃げようとするが覆い被さる男の方がそれを許さない。
と、やっと唇が離されると、女の方が小声で怒りを見せた。

「ちょ!宇髄さん!」
「名前で呼べよ、バレるぞ?」
「くっ!」

再び文句は深くなる口付けの奥に呑まれた。






















































































































ーー偽りの夜伽ーー






















































































































都内某所。
真新しい家屋並びから現れた着物姿に、立ち話をしていた婦人達一団から声がかかった。

「あら、新しく越して来られた方かしら?」

その声に女が振り返った。
萌黄色の着物、肩の片側に流された暗紫の髪をは揺らした。

「ええ、宇髄と申します。どうぞよろしく」
「もしかして新婚さん?」
「はい。引越してきたばかりでご挨拶に伺えずすみません」

深々と頭を下げていたは涼やかな声音でふわりと人当たりの良い顔で微笑む。
警戒心を緩ませるそれに、婦人達は気安く声をかけてくる。

「旦那さんはどんなお仕事を?」
「はい。貿易関係の仕事を」
「まぁ、ハイカラね。今度ご挨拶にーー」


かけられた声に皆が振り返る。
ダークグレーのスーツに身を包んだ、洋装姿の宇髄天元が色気ある笑みでに歩み寄った。

「こんな所にいたのか、探したぞ」
「天元さん」

の肩を引き寄せた天元は、頬をぽーっと赤らめる婦人達に軽く頭を下げた。

「どうも、嫁が世話になったようで」
「い、いえ・・・」
「そ、そんな・・・」
「すまないが、少し出かける用事ができた。手伝ってくれるか?」
「はい」

柔らかい笑みを返したは婦人達に小さく頭を下げると、天元に続いた。
その後ろ姿を見送った婦人達は羨まし気に呟いた。

「まぁ、初々しいわね」
「本当ねぇ」

大通りに出た。
人波の流れに乗りながら、苛立った声が低く響いた。

「いつまで腰に手を回してるんですか」
「なんだ、夫婦なんだ当然だろ、?」

ドヤ顔が隣、しかも上から返される。
ピキっと米神が波打った。
そんなに構わず、面白味もないとばかりな天元はつまらなそうに呟いた。

「しっかし、もう少し顔を赤らめて俺の名前呟いて欲しかったな」
「・・・」
「これから呉服屋探んだぞ、少しは『らしく』しやがれ」
「はーい、あ・な・たv」
「ケツを抓んじゃねぇ」

都内某所に立ち並ぶ風格ある建物。
その一角にある老舗の呉服屋。
店主と話す天元の後ろ姿を見ながら、はここに来るに至ったやり取りを思い返していた。

『すまないね、。他の子供達に任せるには少し難しくてね』
『私で対応できる事でしたら全力で当たらせていただきます』
『ありがとう』

お館様の穏やかな笑み。
そうだ、期待を裏切るなんてできない。
申し上げた通り、全力で当たらなければ。

(「お任せくださいませ、お館様。
任務、これは任務。鬼を狩るまでは偽装は必要なの、だから耐えるの、耐えなきゃお館様の顔を潰すでしょ。
堪えろよ、私・・・」)
「どうだい、。この布地は君によく似合うと思うんだが」
「おほほ。まぁ、私には勿体ありませんわ」

腰から下へ無駄に撫でられながら、はしでかしている相手へとっても綺麗な笑みを返す。
内心では相手を肉塊にしようなほど、ボッコボコにしている図をおくびにも出さない完璧な笑み。
人当たりが良く男を魅了するそれに、店主も相好を崩した。

「いやはや、お熱いですな」
「何しろ式を挙げて一月ですから」
「あなたったらこんな所で恥ずかしいですわ」
「照れる事ないだろう」
「いけずもその辺になさって下さいくださいませ」
「これはこれは、奥様が困る前に仕立てましょうか。
どうぞ奥へ。旦那様も部屋を用意しますのでそちらでお待ち下さい」
「それはありがたい。噂に聞く見事な中庭を鑑賞しながら待たせてもらおう」

三文芝居だ。
いささか、無駄が過ぎる気がするやり取りをしたと天元は共に店の奥へと案内される。
そして中庭で二人は別々の部屋へと向かう。
別れる直前で目配せをし合い、互いの任務へと赴いた。

「それでは、来月に仕上がりますのでまたのお越しを」

ーー2時間後。
店主の見送りに天元は仰々しく、は丁寧に頭を下げ呉服屋を後にした。
人波の喧騒に紛れ、しばらく時間が経った。

「首尾は?」

隣からの声に、着物の袖口で口元を隠したは返した。

「採寸の最中に妙な動きはありませんでした。
気配が薄過ぎなので店が狩場という可能性は低いかと」
「そこは情報通りか」
「はい。なので着物の方が手掛かりになるかもしれません。
そちらは?」

ちらりと視線を向けることなくが問えば、少ない唇の動きで天元は返す。

「客足が少ない月に奉公人が消えてるらしい」
「失踪届は出てないはずです」
「ああ、となりゃあの店ぐるみでグルか、元締め連中が噛んでるか、だな」
「単なる失踪の可能性は?」
「ま、それもあるかもな」

面倒そうに天元は嘆息した。
鬼の出現情報は得ていた。
しかしなかなか尻尾を掴ませない。
隊士が探るにしても歴史ある大店の上、敵の規模が分からない。
そこで不運に声がかけられてしまったのが、音柱・宇髄天元と、だった。
少ない手がかりで分かっているのは、あの呉服屋が絡んでいること、あの店で着物を注文した新婚の夫婦が狙われていることだけだった。
これ以上、探るにしても手がかりが少な過ぎる。

「となれば、着物が仕上がるまで待つしかありませんか」

長期戦を覚悟か、と本当に面倒になった今回の任務の巡り合わせに深々とため息をついた。











































































































着物が仕上がって数日。
袖を通したと天元は共に行動していた。
勿論、鬼が襲撃しやすい夜に、今まで鬼に殺された死体が見つかった類似した場所を重点的に。
しかし、鬼の襲撃の気配はない。
逆にこのままなければ新たな犠牲者が出るもしれない。
は焦りを見せていた。

「参りました。こうまで空振りなんて・・・」
「こうなりゃ仕方ねぇな」
「何か策でも?」
「まぁな」
「それは期待できーー」
ーードンーー

言いかけたは突然押し倒された。
文句が飛び出しそうになったが、同時に策について思い当たる。
2件、自宅で食い殺されたような報告があった。
それを試す気なのか、この男。
至近距離にある整った顔に、笑みを向けながらも米神をひくつかせたは声を潜めながら呻いた。

「あなた、夕飯がまだですわ」注:本気かよ
「お前が欲しいんだ」注:減るもんじゃねぇだろ
「そんなに見つめないでください」注:イケ面で迫れば許されると思うな
「大丈夫だ、優しくしてやる」
「まっーー」

唇を奪われただったが、離れたタイミングでのし掛かられている相手の浴衣に縋るように襟元を掴む。
と、思いきや。
天元の襟元の布地を掴んだ腕を交差させ、首元を締める。
黒い笑みと米神の血管を浮かせたは裏側の言葉を強調するように口を開いた。

「せ、めて、湯浴みをしませんか?」注:任務中なの忘れてます?
「このままでやる方が好きだろうが」
「いけません」注:言った覚えないわ!

酸欠で潤んだ瞳では目の前を睨みつけた。
返されたのは挑発するような、色気ある笑み。
余計に腹が立つ。
んとに、イケメンだな!

「色のねぇ声だな」
「おかげさまで」
「そんなに任務長引かせて俺と居てぇのか?」
「んな訳ないですよ!」
ーーカラーンーー

近くに置いた香り水を入れていた小皿がひっくり返った。
もはや本音を隠す事なくが呻く。
が、それすら奪い天元は蹂躙するように唇を奪う。
大きな手が身体を沿ってどんどん下へと下りていく。
じんじんと熱を持っていくような感覚に、勝ち誇った声が耳元で低く囁いた。

「!」
「どうした。感じたか?」
「や、待っーー」
「待つかよ」
「ちっがーう!鬼だっつーの!」
ーーゴスッーー

任務を忘れてる相方が腹立たしく思わず肘で殴りつける。
強制的な中断。
その上、良い角度で入ったらしい。
顎をさする天元は酷く不機嫌に呟いた。

「ってぇな・・・」
「逃げた方は任せますから」
「ちっ、仕方ねぇ・・・」

布団の下に隠していた日輪刀を手にしたは、すぐに天井目掛け斬りかかる。
木片と共に鬼が落ち、は刀を突き付けた。

「手間かけさせてくれましたね?」

天井を落とした際に、都合よく両足も斬り飛ばせたらしい。
憎悪の顔を向ける鬼に、はそれ以上の冷徹な表情で見下ろし再び光が煌めいた。

「お陰で腹立たしくて腹立たしくて・・・」

再生した両足と両腕、四肢を斬り飛ばしたはにっこりと笑顔を浮かべながら、身動きの取れない鬼の胸に足裏を叩きつけた。

「こんなに鬼を嬲りたいと思ったのは初めてです。
驚きですよね、とぉーっても温厚なはずのこの私が」
『死ーー』

再び生えた四肢で鬼はを払おうとした。
が、それが届く前に再び斬り飛ばされる。
そして、言葉とは裏腹にすぐさまその頸に日輪刀が走った。
灰へと変わっていく鬼をそのままに、は刀を収めた。
外へと出たもう一人の加勢は必要ないだろう。
自分より上官だし。
大した時間を要さず、その上官も戻ってきた。
怪我もない様子の天元に背を向け、は無造作に置かれた自身の羽織に手を伸ばした。

「お疲れ様でした。報告の2匹を狩りましたし戻りましょう。
お館様へのーー」

突然、背後から抱き締められる。
これ以上お巫山戯に付き合うつもりはない。
逃げようとしただったが、太い片腕で自身の両手をあっという間に拘束されてしまった。

「任務完了ですよ、離してください」
「・・・」
(「外れないし・・・この筋肉バカ!」)

なんとか抜け出そうとするも、足元も関節を固められた。
身長差をこの時ほど恨めしく思った。
と、その片足を勢いよく引かれればバランスを崩し先ほどまで組み敷かれていた褥に崩れ落ちた。
だが、思っていた衝撃が無いところを見ると後ろの男の片腕で支えられたらしい。
本当に憎らしい筋肉だ。

「ちょっ!宇随さん!血鬼術にかかったワケじゃないでしょ!さっさとーー」

本気で怒って振り返れば、唇を塞がれた。
背後から覆い被されるような体勢ではろくな抵抗もできない。
しかも先ほどの種火が身体の奥に残っていて、息はあっという間に乱れた。

「・・・はぁ・・・もう、や・・・」
「逃げんな」

顎を絡められた指の拘束は続く。
上体を逸らせたまま、口付けは深くなるばかり。
正面ならまだ抵抗できたが、これでは逃げることもできない。
更に息が上がり、意識も酸欠から狭まる。
ただ身体の感覚だけは妙に冴えて、腰に当たる硬さと熱が内に宿る熱と共鳴するように上がっていく。

「このまま終わらせるか?」

やっと唇を離した天元がしたり顔で問う。
妖艶な笑いに下腹部が疼いた。
それを悟られたくなくて、潤む目元を可能な限り厳しくし憎まれ口を返した。

「・・・終わりにしたくないのは、そっちじゃですか?」

扇情的な顔で放たれた言葉に、何が弾けた音を聞いた気がした。

「・・・上等だ」
「ふっ・・・」

噛み付くように唇を奪われたかと思えば、太い指が口内の舌を絡め取る。
大きな手は身体の熱をこれでもかと高めるように這われ、与えられる快楽には逃れるように身を捩るが当然天元がそれを許さない。

「あっ・・・や、ぁ・・・」
「嫌なら、止めるか?」
「や、ちが・・・ん!」

首筋に顔を埋めた天元が柔らかいそこを吸えば、鋭い痛みにの身体が跳ねる。
汗で髪が張り付いたまま、上気した顔では肩越しに天元を見る。

「よすぎて・・・どうにか、なり・・・」
「っ!」

途切れの言葉に、それまで以上に深く腰を打ちつけられ嬌声が高くなった。

「やあっ!」
「お前が悪ぃ!」

低く余裕のない声が、酷く頭の奥を痺れさせた。























































































































「・・・」
「おい、いい加減機嫌直せよ」

翌朝。
布団に包まったままは天元に無言の抗議を背中で訴えていた。
ちなみに男の顔を見たくないは前に回って来られないように壁との至近距離を保っている。
すでに何度かの繰り返しになっていた。
しかし、は無言の沈黙を通すだけ。
そろそろ周囲の住民が動き出す時間が近づいた時、やっとの低い声が返された。

「止めろって言いました」
「おう」
「無理だとも言いました」
「おう」
「・・・」
「悪かったって」
「・・・」

一応、本当にそう思ってるらしく、天元は居心地悪そうに頭を掻く。
だが、当然それはからは見えない。

「仕方ねぇだろ、止まんなかったんだ」
「自制心って言葉知ってます?」
「お前だって途中から乗り気だったろ」
「仕掛けてきたのはそっちです」
「煽ったのはお前だ」
「柱のくせに不甲斐ないと思わないんですか」
「俺、柱では大した事ねぇからな」
「・・・」

開き直り始めた天元の言葉に、ガバッと布団から抜けたは身支度を整える。
そして、指笛で自身の鎹鴉を呼んだ。

「縹、手紙書くので持って行ってください」
『誰宛ダ?』
「蝶屋敷の主宛です」


































































>おまけ
「おい待て・・・何するつもりだ?」
「しのぶさんにお茶のお誘いです」
「この状況でお前がんな事書くわけねぇだろ!」
「あらやだ、心外ですね。夫婦だったんですから、愛しい旦那様に隠し事なんてしませんよ」
「その澄まし顔は茶だけじゃねぇだろうが!」
「お茶の傍にしばらく勃たない強力な薬を開発しましょうねっていう楽しいお話ですよ」
「本気で謝るのでやめて下さい」



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2020.9.13