『行冥、君が鬼殺隊に入って間も無く就いた任務で助けてくれた少女について話しておきたい事があるんだ・・・』
柱に就任して間も無く、お館様に呼ばれて聞かされた話し。
それは自身にとっても妙に覚えていた任務だった。
『彼女は。実は産屋敷家と昔から縁ある家系の娘さんでね。
彼女は小さい時から厳しい鍛錬を積んでいて、少し他の子より自分の気持ちを表に出すことが苦手なんだ。
もし、話す機会があればよろしく頼むよ』
そう言われたからではないが、初めて会った日の事をよく覚えている。
いや、『会った』と言うのは語弊があるか、盲目の自分には見えるはずもないのだから。
あれは鬼殺隊に入って間もなくの頃。
いつも通りの任務、鬼の討伐だった。
駆けつけた瞬間、感じた気配に戦慄した。
幼いはずなのに人外の異形に立ち向かう鬼気迫る気配。
その口からまるで絞り出される叫びが聞く者の心をどうしようもなく締め付けた。
ーー運命という言葉があるのならーー
「はじめまして、悲鳴嶼様。
昨日は命をすくっていただきありがとうございました」
消毒薬の香りに包まれる病室。
年相応さを微塵も感じることができない固い、子供らしからぬ声が自分に向けられる。
幼い子と接点を持ちたくなかったのが本音だったが、お館様たっての『会ってあげて欲しい』の言葉に仕方なく行冥が収容された病室に足を運べば開口一番聞かされたのがそんな声だった。
出会いの日からたった一日にも関わらず、落ち着きすぎた挨拶に違和感しかなかった。
「・・・うむ、怪我の具合はどうだ?」
「はい。もうだいじょうぶです」
泣くでもなく、不安を隠すでもなく。
話しかけても返答は当たり障りのないものばかり。
まるで同じ剣士と話をしているような錯覚を覚えた。
(「あまりの出来事に現実を受け止めきれないのだろう・・・」)
当然だ。
幼い身の上で、身内が目の前で鬼に殺されたのだ。
昨晩、怒りに我を忘れて鬼に刃を振るっていたのも知っている。
軽い怪我ではないにも関わらず、小さな体のどこにそんな力があるのか分からないほど落ち着かせるのに苦労した。
それほど彼女は暴れたのだ。
まるで手負いの獣。
それとは打って変わった、まるで凪いだ水面のような様子の幼子に過去の心の傷が疼きながらも行冥は問うた。
「これからどうするのだ?」
「はい、傷がなおったらさいしゅうせんべつを受けるつもりです」
「!・・・鬼殺隊に入るのか?」
淀みない声に一瞬、言葉を失った。
「はい」
「しかし・・・」
「この鬼殺隊では歳はかんけいないはずです」
こちらの動揺を非難するような刺々しい声。
ここまできてようやく理解した。
『違う』
現実を受け止め切れてない?
コレは『違う』
とうの昔に覚悟を決めた、いや改めた声だ。
「わたしはもう鬼をたおしてますから」
これが本当に九つか?
そう思ってしまうほど、とても暗い声。
子供らしい感情が抜け落ちたまるでカラクリ人形のようなそれ。
必要な事しか喋らず、鬼を倒すと言う事だけを淡々とこなす事しか己にはないような。
「鬼は・・・わたしがすべてたおします」
向けられる見えないはずの視線が、酷く冷たいもののように感じた。
そしてその言葉通り、程なくして少女は鬼殺隊に入隊した。
最終選別試験の最年少記録を塗り替えたことで、鬼殺隊でも噂になった。
だが誰が思うだろうか。
こんな小柄な年端も無い少女がその噂の主だと。
「岩柱様、よろしくお願い致します」
「・・・うむ」
しかし、任務に出ては負傷が多かった。
そのくせ、手当てもろくに受けずに再び鬼を狩りに行ってしまうものだから、噂は一人歩きするばかり。
死にに行くような無茶が多い戦い方。
それを見兼ねたお館様から共同任務を言い渡された時も、始めて会った頃の棘は消えなかった。
「鬼は旅人を狙っているらしい」
「では、旅人に扮してその場所へ向かいましょう」
「うむ・・・」
言葉少なに歩き出してしまう少女。
共に夜道を歩き進めるが、気の利いた言葉を掛ける事はできなかった。
代わりに道行く先に響いた悲鳴。
少女は身の丈も歳の差もある自分の速さに遅れず、鬼に刃を振るった。
しかし、その任務では鬼の数が多く、柱である自分でも一度に捌き切るには難しい数だった。
『ソノ獲物ヲヨコセ、鬼狩リ!』
「ひっ!」
「・・・」
『死ネェ!』
「きゃぁっ!」
ーーザッ!ーー
「っ!」
恐怖で我を失い突然逃げ出した一般人を少女は身を挺して守った。
まるで傷を負う事に何の恐れもない、迷いのない行動。
普通ならそれ以上の負傷を恐れ剣先が鈍るものだが、彼女にはそれが無かった。
手傷を負いながらも、鬼に向ける気配は変わらない。
だが、その気配は傷を負わされた憎しみでも、鬼を滅する使命感とは違ったものだった。
それが何故なのか気にかかった。
『弱イナ鬼狩リ、貴様モ喰ッテヤル!』
「くっ・・・」
「
!」
ーードッ!ーー
だからだろうか、思わず身を挺してしまった。
あの一瞬に感じた相手の気配の揺らぎは今まで出会った比ではなかった。
「っ!?」
「怪我は、無いか?」
「どうして・・・」
初めて聞いた、動揺を乗せた上擦った声だった。
鬼を倒し終え藤の家で傷の手当てを受けた時、初めて会話らしい会話をした。
「・・・どうして庇ったんですか」
まるでそれを望んでいない、その行動を非難するような声。
矜持を傷付けた抗議でも、気分の問題でもないようだった。
問われる意味が分からず行冥は首を傾げながら当然の言葉を返した。
「お前が危なかっただろう」
「一歩間違えれば、死んでました」
「案ずるな、それほど柔な鍛え方をしていない」
「・・・」
「それに、先に身を挺したのはお前だろう」
「相手は一般人なので当然です」
「ならば、後進を守るのは柱として当然の務めだ」
そう言えば、彼女は酷く狼狽したようだ。
言葉を探す仕草は今までに見たことないもので。
「・・・そのーー」
ーーカラーンーー
その時、軽い金属音が響く。
近くに転がったそれを行冥は拾い上げた。
「これは・・・」
「すみません、髪留めが落ちてしまったようです」
「髪留めか、凝った細工のようだな。
それに・・・これは花の香りか?」
指先の感触からそう言った行冥の言葉に、少女の空気が淀んだ。
「?」
「めずらしい技法だと聞きました、くわしくは知りませんけど」
「そうか」
「・・・はい」
「もしや遺品だったか?」
「いいえ・・・」
強張った気配にそう尋ねれば、少女の翳った低い声が返された。
「わたしが背負うべき香りです」
(「背負うべき、香り?」)
意味が分からず首を傾げる行冥だったが、はその先の答えを拒むように頭を下げた。
「・・・・・・ありがとう、ございました」
その言葉は助けられた以外の思いも含まれているような・・・
深々と頭を下げたに行冥は咄嗟に返す言葉に迷ったものだ。
普段ならそんな事はない。
彼女と同じ年頃の子供と暮らしていた経験があったというのにだ。
それ程まで、不思議な少女だった。
「悲鳴嶼さーん?」
「!」
呼び声にぱちっと目を開けた。
声の方向を向けば、昔と違う穏やかな気配と小さな笑い声が響いた。
「珍しいですね、悲鳴嶼さんがうたた寝なんて。
任務、大変でしたか?」
「・・・いや、この陽光に当てられたようだ」
「あぁ、確かに。春眠暁を覚えずにふさわしい、いい天気ですね」
あれから10年。
もうあの時のような刺々しさは消え、いつも穏やかな空気を纏っている。
変わらないのは任務での負傷が多い事と、その身に纏う甘い瑞香の香り。
とはいえ、負傷は相変わらず隊士や一般人を守ってのもの。
治療の技術が高く、手当てを受けないことを胡蝶が嘆いているのは入隊してからずっと続いていた。
「どうしました?」
どうやら視線を拾われたらしい。
不思議そうな声音に、行冥は思い返すように呟いた。
「いや・・・初めて共同任務に出た時のことを思い出してな」
ぽかんとしたに行冥の言葉は続く。
「あの時、藤の家でお前の柔らかい声を初めて聞いたからな」
「あはは、まっさか〜。そんなわ・・・そうでしたっけ?」
カラカラと笑っていたは一転して腕を組んで唸った。
しばし考え込んだだったが、思い出せないのか諦めたように頭を振った。
「未熟者なお恥ずかしい時代の話です」
「大きくなったな」
「・・・素直に頷けないんですが、コレ」
頭を撫でられたは口を尖らせる。
それにいかめしい顔から微笑みを向けられ、それ以上の反論を諦めたは小さく嘆息した。
「お茶を淹れ直してきますので、こちらの手を外していただけますか?」
「そうか、ではいただこう」
縁側から離れ、厨で茶の用意を進めるは先ほどのやり取りを思い出していた。
動揺を隠すようにしれっと嘯いてはみたが、あの人は騙されてくれただろうか?
初めての共同任務の事はよく覚えている。
鬼殺隊に入るきっかけとなった同じ光景。
顔見知った者が再び自分を庇った。
顔に飛んだ生温い滴の温度に心臓が凍った。
また失ってしまう恐怖。
覚えてしまったその感情に目の前が真っ暗になって体が動かなかった。
だが、予想した結果にはならず鬼は倒しその人も自分も生き残った。
その後向けられた優しい笑顔に救われた気がしたんだ。
この人なら自分より先に死ぬ事はないという思いが、酷く安心できた。
(「子供だったな、私も・・・」)
思わず自嘲の笑みが浮かんだ。
この鬼殺隊において、死は身近なものにも関わらずそんな根拠も無いことを思ってしまった。
事実、彼は強いがそれは何の保障にもならない。
だからこそ、刹那のようなこの穏やかな時間が何物にも代えがたい。
そして忘れそうな平和を思い出させてくれる。
(「私も覚えてますよ。それに忘れません・・・」)
あの時から、あなたが・・・鬼殺隊が心の拠り所になった。
自分がここまで感情豊かになったきっかけをくれたあなたが生きる世界の為。
己の宿命を、責務を果たそう。
(本作では岩柱様は18歳で入隊となってますが、このサイトでは15歳入隊となってます。あしからず)
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2020.8.7