真面目を体現した男だった。
天才的な剣技を持つ実弟に並ぶ実力。
要領を得ない天才の説明を、他の隊士に分かりやすく説明したり、鍛錬を欠かさなかったりと。
自己研鑽を欠かさないその姿は素直に尊敬していた、と同時に心配でもあった。
ふとした時に見せる、酷く追い詰められた顔。
あれだけ己を高めている男ですらそんな顔をするのかと、驚きもあったが不安が胸を掠めた。
その瞳の先に何を求めているのか、何にそんなに怯えているのか。
弟や隊士の手前、弱音らしい弱音を聞いたことがないから余計に気になったのかもしれない。
戦いで命散らすその時まで、共に肩を並べて戦えると思っていたから少しはあの男の助けになればと、その時の自分はとても思い上がっていた。
























































































































ーー欺瞞ーー

























































































































「あ、あの!よろしければこちらを。
せめてものお礼でございます」
「これはこれは。なんと粋な心遣いでしょうか。
感謝しますよ、美しいお嬢さん」
「い、いえ///」

爽やかな笑顔で応じれば、顔を赤らめその人は歩き去って行った。
たまたま街道を歩いていた時に、鬼に襲われていたところを助けに入った。
聞けば、最近この街道は行方不明者が多かったらしい。
しかし、隣町との近道でもあり急ぐ人は噂を知っていても皆ここを使っていたという。
鬼の餌の狩場となっていたが、これでしばらくは被害は消えるだろう。
と、ひらひらと立ち去った背中に手を振っていた菅原に、不機嫌そうな声がかかった。

「相変わらず軽薄だな貴様は」
「えー、どこがよ?ささやかな感謝は素直に受けるが人情ってもんでしょ」
「我々がもっと早く鬼を倒していれば、被害はもっと少なく済んだのだ」
「仮定の話をしてもしゃーないでしょうよ。
そんな事して、死んだ人間が生き返るわけでも、私達が強くなるでも無し」
「・・・」

事実を言ってのければ、返されたのはこれでもかと言うほど眉間に皺を寄せた険しい表情。
向けられているこっちも思わず渋い顔に歪みそうになる。

「もー、お前さんも疲れんのかね?その性格」
「どういう意味だ?」
「無いものねだりしてもどうにもならんだろって話。
少しは貰った感謝に素直に喜んでみちゃどうだね。
ほれほれほーれ」
ーーパシッーー
「離れろ馬鹿者が」

貰った饅頭を持った手で、頬をぐりぐりとしてやれば簡単に払われる。
その衝撃で空中に放り出された饅頭を易々とキャッチした菅原はさもつまらん、とばかりに手にした饅頭を口に運んだ。

「おやおや、私ばかりがモテるからと嫉妬かね。
野郎の嫉妬は見るに耐えーー」
ーーゴンッーー
「な"ぁっ!」

頭骨に響く衝撃に思わず蹲った。
ズキズキと痛むそこを片手で撫でながら、菅原は生理的に浮かんだ涙目で巌勝を睨み上げた。

「痛っ・・・酷いな、全く」
「失礼千万は貴様だ」
「あのさー・・・少しは肩の力を抜いたらどうかね?」

呆れ調子の菅原の言葉に空気がピンと張った。
いや、巌勝を取り巻く空気だけが緊張したようだった。

「は?」
「無いものばかりに目を囚われると、自分がどれだけのものに囲まれているか、終いには立ち位置すら見失うぞ」
「お前は私を侮辱しているのか、菅原?」
「果てしなく違ぇよ。
心配してんだよ、巌勝のことをさ」

剣呑な空気の巌勝を意に介さず、未だにゲンコツを食らった時の体勢のまま、空中で確保した饅頭を口に放り込むと菅原は立ち上がった。

「お前は間違いなく強いよ、剣技だけじゃなく、剣士としても。
ただ、なんだ・・・真面目が過ぎるっつーか、視野が狭いっつーか、眉間の皺で強面が過ぎーー」
「・・・」
「あー、ウソ嘘。語彙の選択誤りだわ。
だから刀抜かんでよ」

へらりと笑った菅原に今にも抜刀しそうだった巌勝は、柄に手をかけたままながらも体勢を解いた。

「お前は不真面目が過ぎるのだ。
いつもヘラヘラと軽口ばかり叩きおって、少しは真面目に任務に取り組んだらどうだ?」
「今までの任務で失敗した事なんざないだろうに。
何が不満だよ」
「お前の態度がーー」
「他の隊士との手合わせで継国兄弟以外に負けなしの折り紙付きの実力でしょー。
目に見えた所で他の隊士といがみ合ってもなしでしょー、助けた相手からの苦情もなしでしょー。
あ、ここに約一名いらっしゃったか」
「・・・」
「んで?私の何が問題だって?」

指を折りつつ、企み顔でなく心底不思議顔の菅原に、巌勝は諦めたように柄からも手を外した。
そして深々とため息をこぼした。

「・・・はぁ、もう良い」
「あれ、随分あっさり・・・逆に怖いんだけど」
「お前はそんなに私の神経を逆撫でしたいようだな?」
「いやいやそんな、滅相もないっす」

ブンブンと首を横にする菅原に、巌勝は構えた拳を下ろした。
そして再び一つ嘆息した巌勝は菅原が腕に抱えていた袋に手を伸ばす。

「・・・美味いな」

巌勝が零した横で、驚愕に固まっていた菅原だったが、その顔はすぐににへらと喜びを全開にしていた。

「何だ、その顔は?」
「なぁーんでもない!」
「ふん、相変わらずヘラヘラしおって」
「やー、だって巌勝とこれからも打ち解けて肩並べて一緒に戦えんのかと思ったら嬉しくてさ」
「私は貴様のような軽薄者と打ち解けてなどおらん」

しかめっ面の隣で菅原はただ笑った。
そしてそんな遠い先の未来が打ち砕かれる日があまりにも早く訪れるとは、この時は知る由もなかった。


































































>おまけ
「まったまた〜、そんなイケズ言っちゃって」
「私は本音しか言わん」
「むふふ、嫌よ嫌よも好きのうちってーー」
ーーザンッ!ーー
「危なっ!ちょ!無言抜刀は危ないでしょ!」
「減らず口を叩く血鬼術にかかった同士の口を閉じさせるだけだ」
「目が本気!巌勝、落ち着け!」
「心配無用、私は常に冷静沈着だ」
「ほぅ、なら切先に饅頭刺さってる刀持ってる絵面はなーんだ?」
「・・・」
「・・・あれ?」
ーーブチッーー
「菅原ぁ!そこに直れぇえええ!!!」


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2021.08.09/2021.10.07修正