そう、出会いは弓張月の夜。
3人の共同任務に当たっていた時だった。
味方が散り散りになった中で、もう何度避けて攻撃に転じたが、未だに決定打が打てずにいた。
厄介な敵の攻撃を掻い潜る。
と、踏ん張りが利かず体勢が崩れた。
瞬間、鬼の鋭い攻撃が迫る。
(「しまっ!」)
ーーギィーーーンッ!ーー
凶刃は突如現れた人物に阻まれた。
怒気を激しくする鬼の匂い。
炭治郎の目の前には同じ隊服の『滅』の文字。
そして涼やかな声が響いた。
「これ以上、傷付けさせません」
ーー出会いの匂いーー
(「誰だ?」)
知らない匂い。
だが、対峙していないのに分かるのは間違いなく自分より強いことだ。
ーーくるっーー
「!?」
「さて、すぐに立ちましょう。まだ鬼の頸は落としてないんですからね」
「は、はい!・・・?」
のんきに自分に向けられた笑顔に呆けたが、炭治郎は慌てて立ち上がった。
そうだ、今は戦闘中だ。早く鬼を倒さないと。
「え・・・」
剣を構えた時、目の前に飛び込んできた状況が一瞬理解できなかった。
倒さないといけないはずの鬼が目の前にいる。
だが先ほどまで対峙していた鬼は、眼球を一文字に切り裂かれ、両腕を落とされていた。
(「そんな、一体いつ斬ったんだ?」)
「この鬼はすぐに再生しますよ。構えて下さい」
「わ、分かりました!」
ほどなくして鬼は倒れた。
自分一人では倒すのは難しかったろう。
刀を鞘に収めると炭治郎は深々とため息をついた。
「ふぅ・・・」
「お疲れ様でした。確か、共同任務でしたよね?他の隊員と合流しましょうか」
「は、はい!」
やっと介入者の顔をしっかりと見れた。
揺れる暗紫の髪、前髪から後ろまで伸びる結紐に留められた見たことがない花、柔らかい輪郭のその顔がふわりと笑えば自然と顔に熱が集まった。
「あ、あの!助けていただきありがとうございました。
オレ、竈門炭治郎です」
「です。任務帰りで鴉から救援要請あったので来ました」
「そうだったんーーっ!?」
その先は言えなかった。
間近に迫られた顔に、炭治郎はみるみるうちに顔を赤くしていく。
「君が噂のルーキー君か」
「るーきー?」
「引きが強いと柱方から話を聞いてますよ」
「ソ、ソウデスカ」
片言になる炭治郎に微笑を浮かべると、は距離を置いた。
「さて、ここに来るまでもう一人の子が負傷されていたので行きましょうか」
と炭治郎は山を下る。
そして、意識を失っている善逸とそばに座る伊之助に会えた事で炭治郎は駆け出しだ。
「善逸!伊之助!」
「生きてたか紋次郎!」
「炭治郎だ!伊之助も無事で良かった。
でも善逸は・・・」
「彼なら大丈夫ですよ、応急処置はしました。
皆さんも手当しますから服を脱いでください。終わったら藤の家に向かいましょうね」
少し遅れて来たがそう言えば、手当を始める。
その手際の良さにものの数分で終わった。
「さて、行きましょうか」
(「早っ」)
「彼は私が背負いますね」
「え、そんな・・・」
「私が一番軽傷ですから、さぁ行きましょう」
軽々と善逸を背負い上げるの先導で皆が目的地へと向かう。
道中、伊之助がに勝負を仕掛けるのを炭治郎が宥める。
それが口論に発展し、夜中には少々迷惑な音量へと発展していく。
「勝負だ!」
「駄目だ!」
「嘴平くん、竈門くん」
「何の用だ!」
「は、はい!」
「静かにしなさいね」
「・・・」
「・・・はい」
の鋭い言葉と笑顔で二人は黙した。
静かな夜に足音が響いていく。
(「なんだろう・・・甘い匂い・・・!?」)
「!」
歩き出してしばらく経った。
背負われた同期の様子を心配気に見ながら炭治郎が問うた。
「あの、さん。善逸は大丈夫でしょうか?」
「ええ、心配要りませんよ。養生は必要でしょうが、すぐに任務に行けますよ」
「そうか・・・良かった」
「それに意識も戻ってるようですしね」
「え!?」
「ぴげっ!?」
驚いたようにの背中で善逸が跳ねる。
なかなか聞かないそれにはおかしそうに笑った。
「面白い悲鳴ですね」
「善逸!起きたならそう言え!」
「こんな夢心地で起きれるか!」
「起きたか腰抜け」
「言い方酷いだろ!」
「五月蝿いと落としますよ?」
ようやく藤の家に到着した。
先に鴉で連絡していた為、戸を叩く前に出迎えが現れた。
「失礼します。ご連絡していましたです」
「はい、お待ちしておりました」
「ではこちらの3人、よろしくお願い致します」
が頭を下げれば向こうも深々と礼を返した。
部屋に善逸を下ろし、他の2人もやって来た事ではその場を辞した。
「では、私はここで失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
「あ、ありがとうございます」
「今度会ったら勝負しやがれ!」
「はいはい。
いずれ任務で一緒になるかもしれません。その時はよろしくお願いしますね」
花の咲いたような笑顔を残し、は去っていった。
その後、食事と治療を終え善逸が炭治郎に問うた。
「なぁ炭治郎、あの人って誰だったんだ?」
「さんだそうだ。任務の途中に助けに来てくれたらしい」
「・・・?」
「どうした?」
考え込む善逸に炭治郎が不思議そうに首を傾げれば善逸は記憶を手繰る。
「あ、いや・・・噂で聞いたことがあるんだ。
調査任務を主としているんだけど柱並の強さを持っている剣士が居るって」
「そうなのか・・・確かに、強いのは感じたな・・・」
所変わり、藤の家別室。
当主の前に三つ指をついたは顔を上げた。
「夜分遅くにも関わらずお時間いただきありがとうございます。
また情報提供に感謝致します。
それで、今回ご連絡いただいた件のご報告をお願い致します」
翌日。
山の袂から朝日が昇った。
「ふぅ・・・」
今回も空振りだった。
未だに手掛かりは掴めない。
夢物語なのだろうか、アレをーー
「さん?」
「あら、おはようございます。竈門くん」
「良かった、もう出発されたのかと思いました」
「そろそろ出発します。何か御用でしたか?」
「いえ、昨日は助けて下さりありがとうございました」
ピシッと頭を下げる炭治郎。
それを見たは表情を柔らかく崩した。
「礼儀正しい子ですね、あなたは。
冨岡さんの弟弟子とのことですが、あの人と違ってちゃんと言葉にするのは良い心がけです」
「冨岡さんをご存知なんですか?」
「ええ、任務でも何度かご一緒してますから」
ふわりと笑ったに炭治郎は目を見開いた。
儚げで、甘い花の匂いがもっと柔らかい印象を与えるのに。
炭治郎に届いたのは、これまで初めてかいだ匂い。
胸が締め付けられるようなソレ。
顔を歪める炭治郎にの方が驚いたように聞き返した。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ・・・あの、オレで力になれることはありませんか!」
「どうしてそんな事を?」
「あなたから悲しい匂いがして・・・あ、オレはその鼻が利くんです」
「そういえばそうでしたね・・・」
炭治郎の特技を既に知っていたような反応に、は困ったように笑うと、小さく息を吐く。
そして炭治郎に振り返った。
「ありがとうございます。その心遣いだけで十分に救われます」
「・・・そうですか」
「でも、一つだけお願いを聞いてくれるなら・・・」
落胆したような炭治郎に、は炭治郎の肩に手を置いた。
「強くなってください。鍛えて強くなって、必ず生き残ってください」
「さん?」
「どうか、鬼に負けずあなたの唯一の命を謳歌して欲しいんです」
(「どうして、泣いて・・・」)
先ほどまでの悲しさは、深い懺悔の匂いに代わる。
その顔に涙はないのに、聞いているこちらが泣いてしまうようなひどく打ちのめされた顔。
炭治郎の方が悲し気な表情に変わる。
それを見たは小さく息を吐くと、出会った時のような柔らかな笑みを浮かべた。
「私はあなたのように特別な力はありません。
ただ地道に研鑽を積んできただけですが、経験はそれなりに積んできたつもりです。
こんな私で何か力になれることがあれば、いつでも頼ってくださいね」
「は、はい」
それが初めての出会い。
悲しい匂いと瑞香の甘い香りをまとった人。
その後、任務で一緒になることは無かったが、よく蝶屋敷では顔を合わせるようになった。
「あら、竈門くん」
縁側に座っていた炭治郎にかけられた涼やかな声。
久しぶりの再会に炭治郎は嬉しそうに声を上げた。
「さん!負傷されたと聞きましたけど大丈夫ですか?」
「私はもう治りかけですから大丈夫です。
竈門くんの方こそ傷が深そうですけど、横になっていなくて良いんですか?」
「ちょっと、風に当たりたくて・・・」
「そうですか。しのぶさんに怒られる前にベッドに戻ってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ハキハキと答える炭治郎にはふわりと笑う。
が、直後に炭治郎に届いたのはいつかかいだ匂い。
横顔からは窺えない、隣に居ていたたまれないほどの悲しい匂いに炭治郎は口を開く。
「あの、さん・・・」
「はい?」
「その・・・」
ーーグッーー
「はい、それ反則です」
「んごっ!な"!
ざん!?」
突然鼻をつままれ慌てる炭治郎に、は笑顔ながら黒い雰囲気を纏って距離を詰めた。
「同意なくこちらの気持ちを曝すなんて、相手を凌辱しているようなものですよ?」
「!?!?!?」
肌が触れそうな距離で炭治郎の耳元でがさらりと呟く。
年頃の少年には刺激の強いフレーズに、炭治郎の顔に熱が集まる。
離れたの圧が変わらないな笑顔に、炭治郎は真っ赤な顔で居住まいを正し叫んだ。
「す、す、スミセンデシタ!」
「分かってくれたならありがたいです」
「なっ!なっ!なっ!なっ!」
と、その時。
廊下の向こうで顔を真っ赤にしている隊員が居た。
「あら、我妻くん。恥ずかしい所を見られてしまいましたね」
「ひっ!?」
びくりと跳ねた善逸にはふわりと笑いかけるとあっという間に距離を詰めた。
するとの髪に挿した瑞香がふわりと善逸にまで届く。
そして、炭治郎にしたように顔を耳元に寄せた。
ーーふわっーー
(「うわ、良い匂ーー」)
「ふふ、忘れてました」
「!?」
「あなたは誰さんと一緒で耳が良かったですね」
楽しげな呟きに硬直する善逸。
そして細い指で善逸の顎に指をかけたは耳元で小さく続けた。
「私の音は他言無用ですよ?」
「〜〜〜〜〜っ」
ーーパタンーー
「あら」
「善逸ッッッ!?」
>おまけ
「あらあら、これはどういう事か説明いただけますかさん?」
「虐めてませんよ?」
「それくらいで怪我人2名が重症になるでしょうか?」
「ちょっとからかっただけですけど?」
「本当にからかっただけですか?心当たりはあると思いますけど?」
「うーん、耳元で内緒話したくらいしか覚えが・・・」
「それですよ」
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2020.4.12