蝶屋敷。
負傷もほぼ完治したはベッドではなく屋敷内の雑務を手伝いながらあちらこちらを歩き回っていた。
(「このあと調剤して在庫の確認。
買い出しついでにしのぶさんに追加聞いて・・・」)
片付け用の畳んだ療養着を手に、この後の予定を頭の中で確認しながら目の前の襖に手をかけた。
(「早めに終わったら鍛錬もしたいな・・・」)
「失礼しーー」
誰も居ないと思っていた部屋。
そこにはシャツを脱ぎかけ、もしくは着かけの音柱がいた。
「ま"・・・」
全身の毛が逆立った。
考え事していて気もそぞろだったし、誰かが居るとは思わなかったし、何よりなかなか見ない人の半裸。
心構えがない時に見るには心臓に悪すぎた。
「おう、」
「したぁっ!!!」
ーースパーンッ!ーー
襖が破壊される勢いで目の前を閉めた。
しかし勢い余った力で襖は再び開くが、それに気付くことなくはその場を走り去っていた。
ーーでぇとーー
「・・・大変申し訳なくありませんでした」
言葉がおかしい。
あまりの動揺に言葉すらもまともに出てこないのか。
あの後、屋敷の主からお叱りを受けたのかズーンという重い空気で現れた。
そして深々と頭を下げ、額で畳を擦る勢いのに苦笑を滲ませながら天元は口を開いた。
「そこまで気にすんな、たかが着替えを見られた位で怒るほど狭量でもねぇよ」
「う"っ、すみません」
いつもなら力の限りからかう場面だったが、珍しく素直にしおれるの姿に天元は首を傾げた。
「にしても、んな驚くことだったか?よく他人を脱がせてるって聞いてるぞ」
「はぁ!?だ、誰がそんな失礼なこと!」
「不死川がぼやいてたぜ」
「そ!・・・れはあの人が治療を抵抗して受けないから実力行使で剥いてるだけですよ」
「剥くって・・・」
「そもそも、脱がされるのが嫌なら無駄に怪我するなって話です」
不死川さんの場合、自業自得です、と鼻息荒くは口を尖らせる。
だが、申告通りだとするとやはり過剰な反応に首が曲がった。
「なら余計に男の裸なんざ見慣れてるだろ?なんであんなに驚いたんだ?」
「宇髄さんはそんなに酷い負傷、あまりしないじゃないですか。
だ、だから、その・・・見慣れてない上に油断してたので思わず・・・」
「あ?不死川は?」
「え・・・あの人は普段から半裸みたいな感じだから今更でしょ」
そういうもんか?
という天元の顔に、そういうもんでしょ、とばかりなの顔。
・・・そういう事にしておくか。
「そういや、今日は珍しく結ってねぇな」
普段から隊服でも療養着でも、基本纏めているには珍しく今日は緩く一つに結っていた。
実は髪が長かったのかと、物珍しそうに眺める天元に肩に流れた髪に触りながらは小さく笑った。
「あー、これは・・・禰豆子ちゃんが気に入ったようなので貸し出し中です」
「おいおい、任務が入ったらどうすんだ?」
「その時は返してもらいますけど?」
「・・・」
当然顔でそう言ったに天元は考え込んだ。
「宇髄さん?」
「」
「はい?」
「この後、時間はあるか?」
「ええ、任務の連絡ありませんから、調剤と買い出しに行くくらいです」
相変わらず任務の合間も、何かしらやっているのか。時間が空けば鍛錬もしているだろう。
昔から休めと言われても休まない。
胡蝶を筆頭に身兼ねれば岩柱、それでも更に無理を押せばお館様から直々に言われると聞いた。
いい加減、力を抜くことも覚えれば良いものを。
「よし、なら付き合え」
「構いませんけど・・・宇髄さん、怪我されてるじゃないですか」
「手当てに寄っただけの軽傷だ」
「それなら、大丈夫か」
一つ頷き、と天元は街中へと降り立った。
先に買い出しで構わないという天元の申し出を有り難く受ける事にしたは、しのぶのお使い分も買い出しを済ませる。
の所用が済む頃には天元の両腕に大量の荷物が抱えられていた。
「蝶屋敷の買い出しまでお付き合いいただきありがとうございます」
「おう感謝しろ、崇め奉れ」
「はいはい」
軽く流すに、天元はもう一言言ってやろうかと口開きかけた。
が、風に揺れた暗紫に目が留まる。
乱雑、とまではいかなくとももっと着飾れば様になる横顔に天元は問うた。
「そういやお前普段、給金はどう使ってんだ?」
直接的な物言いを避け、遠回しに聞けば荷物を抱えたは首を傾げた。
「そうですね・・・
私は蝶屋敷にご厄介になっていることが多いので、食事代の他は薬草代とか蝶屋敷の子達へのおやつ代に使っていますかね」
「は?お前が出してんのか?」
「まぁ、私が買いに行く時は大概。
わざわざしのぶさんに精算してもらう手間が面倒ですし。
そもそもしのぶさんは蝶屋敷全体の費用を賄われてますしね」
それってどうなんだよ?という困惑顔が隣から向けられたは軽く笑い飛ばした。
「どうせ使い切れないから良いんですよ。
それに最近じゃ買い出しついでのお土産を買うのも楽しいですから」
「そういや姫達に西洋菓子を手土産に渡したって聞いたな」
「あれは任務で助けた方が西洋喫茶を営んでた関係でたまたまです」
「お館様も喜んでたぞ」
「あはは、それは良かった」
心底そう思ってるのか、影がない笑みをは浮かべる。
一物を抱えた笑みや屈服を強いる笑みは散々見てきた。
こいつがこんな風に他意なく笑うのはいつも自分以外に対してだ。
少しは自分に対しも素直になれ。
「お前、少しは自分に使えよな」
今更ながら実感したことを指摘すれば、さっきまで笑っていたは難しい顔に変わった。
「うーん・・・だって隊服は支給されるし、羽織りもなんだかんだ直してもらえるからあまり使いませんね」
「結紐でも買えばいいだろ」
「切れれば新調しますが、そうでなければ別に要らないし」
「ふーん・・・」
それがどうしたんだ?
考え込む天元にそんな視線を返すだったが、答えが返ってきそうもない様子に話を変えた。
「そういえば、宇髄さんの方のご用は何ですか?」
「ま、ついて来りゃあ分かる」
「はあ・・・」
要領を得ない答えに、は首を傾げながら天元の後に続く。
暫くして、目的の店へと到着した。
(「小間物屋か・・・」)
自分なら殆ど縁がない場所だ。
訪れたのも、蝶屋敷の子達の付き添いで来た程度。
店先に並べられた櫛や簪、結紐などなど。
キラキラと光り輝いていて、どれも自分とは縁遠い存在に思えた。
と、一つに目を惹きつけられた。
「・・・」
夜を模した墨糸と月光のような銀糸、鮮紅を封じたような飾り石があしらわれた結紐。
まるでその人を現しているようだった。
そしてその当人を見れば、まだ真剣に商品を物色中。
あれだけ真剣なら奥方への手土産だろうか。
なら、こちらは付き合ってもらった礼をしておこう。
「すみません、こちら包んでいただけますか?」
小間物屋での買い物も終え、蝶屋敷へと戻った。
は天元から持ってもらっていた荷物を受け取り、手が空いた天元は途中で買った饅頭の包みを片手に伸び上がった。
「終わった終わった」
「お付き合いありがとうございました」
「いんや、こっちも楽しかったしな」
無邪気な笑み。
思いがけない不意打ちに、は一呼吸返答に間が空いた。
「・・・楽しいお相手になったのなら幸いです。そんな事した自覚ないですけど」
「そりゃ天然なこったな」
ーーポスッーー
の両手に抱えた荷物の一番上に天元が小さな紙包を置いた。
今日一緒に回ったが、こんな包みは見ていない。
「なんですかコレ?」
「礼だ」
「お礼?何かしましたっけ?」
「言ったろ。付き合ってもらった礼だ」
天元の言葉に、は驚き目を見開いた。
まさか礼をちゃんと言える人だとは思わなかった。
「んな驚くことか?」
「あ、いえ・・・」
「あん?なんだ、その形容し難い顔は?」
「・・・何でもないですよ」
自信家で高慢な派手好きのこの人がまさかそんな事できるなんて、という心情を抱いてもいたが流石に露骨に表に出さずは言葉を濁す。
普段のようなおちょくられたり、からかわれたりなら幾らでもあしらえるのだ。
だというのに・・・
(「調子狂うな・・・」)
こんな面と向かって真っ直ぐな礼を言われるなんて、それこそ慣れない。
「その・・・こちらこそお付き合いくださり、ありがとうございました」
「おー、じゃあな」
ひらひらと手を振りながら、天元は蝶屋敷を後にして行った。
それを暫く見送ったは屋敷へと踵を返す。
買った品を必要な場所へ配り終え、残りの調剤に使う荷物を調剤室に下ろしたはようやく腰を下ろした。
天元が手にした、饅頭の包み。
実は小間物屋で買った礼も一緒に入れた。
直接渡さなかったが、一応礼も言ったしまぁいいか。
(「あ、そう言えば最後のコレは何だったんだろ」)
天元が荷物の一番上に置いた紙袋の綴じ目に手をかける。
饅頭?
それにしては軽すぎるか。
は特に意識せず、封を開けひっくり返して手の平へと落とした。
「!」
目を疑った。
出てきたのはいつも使っているものと近い結紐。
藤色の幅広のリボン、両端に鮮やかな、白と紅の飾り石があしらわれていた。
確かにそれらしい話題はしていたけど、まさかあの人がわざわざ・・・
「・・・」
ーーゴンッーー
は頭から机に突っ伏した。
無駄に熱が集まっている自覚がある。
いつもはおちょくられている相手をしてばかりだからか。
喧しく自信過剰のキライはあるが顔も良い性格も良い腹立つくらい体格もいい。
女を無駄に喜ばせる手腕は脱帽の域なのは知っているが、それをやられる日が来ようとは。
「あ"ー・・・」
こんなやり方、心臓に悪過ぎる。
>おまけ
「失礼しーー!さん!ど、どうしたんですか!?」
「あー。何でもないですよアヲイさん」
「な、何でもないのに突っ伏されてるんですか!?どこか具合でも・・・」
「いやいや今起き上がるとおでこが真っ赤なのでしばらくそっとして置いて貰えると大変助かりまーーあれ?」
「しのぶ様ぁー!」
「うわあぁっ!ちょ、ちょっと待ってー!」
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2020.12.2