ーー風邪をひいた:炎柱の場合ーー






















































































































「やー、参りましたね」

体温計が示す数字に、マスクで隠れた口元が引き攣る。
鴉からの伝令で訪れたのは炎柱邸。
巷で流行具合の話は聞いていたが、鬼殺隊もその波に襲われていた。

「まさか煉獄さんも貰ってしまうとは」
「うむ!ゴホッ、よもゴホッゴホッ!」
「喉を痛めますから喋らないでください」

いつもの声量で咳き込む杏寿郎に、は上体を起こしていた大きな背中をさする。

「むぅ・・・ままならないものだな」
「呼吸でどうにかできるものではありません。
常人なら命も落とす方もいるんですからね」
「そうなのか!」
「そうなんです。ですから咳が無くなるまではなるべく喋らないようにしてください。
では落ち着かれたようなら、首元失礼します」

そう言って、の細い指が杏寿郎の耳元から首元までを何かを確かめるように降りていく。
自身よりも温度が低いそれが伝う感触に杏寿郎は身動きを止めた。

「・・・」
「はい、頸部の腫れ具合からしても間違いなく流行性感冒ですね。
関節も痛み出すと思いますから、熱が下がっても安静にお願いしますよ?」
「不甲斐ない!穴があったらーー」
「今は布団の中でお願いします」
「む!?」
「ね?」
「・・・うむ」

笑顔で圧をかけられ、杏寿郎は仕方なく横になった。
それにやっと圧を消したは、杏寿郎の額へと手を当てた。
体温計の数字が語る通り、やはりそこはいつも以上に熱を持っていた。
これでは身体が辛いだろう事は簡単に想像がつき、は眉をひそめた。

「本当に熱が下がってもすぐに鍛錬してはダメですよ」
「・・・」
「ぶり返したら千寿郎くんも心配しま・・・?」

と、まじまじと見つめられた事では首を傾げた。

「どうしました?」
「・・・気持ち良いな」
「はい?」
に触れられると治っていくようだ」
「単に煉獄さんが熱があるからですよ。今冷えた手拭いをーー」
ーーパシッーー

離れようとしたの手首が熱い無骨な手で掴まれる。

「いい」
「煉獄さん?」
「暫く、このままでいい」

いつもと違う覇気の薄い声。
自分の手で表情の半分が隠れてしまっているが、顔色は優れない。
このままでは看病が進まないが、はそれを咎めるでもなく仕方なさそうに笑った。

「分かりました。
暫くこうしてますので、どうぞお休み下さい」


その後、少しして眠った杏寿郎の様子を見ていたは、問題ないと判断して部屋を後にした。

「ふぅ・・・」
さん・・・」

すると廊下には自分を待っていた炎柱の弟、千寿郎が不安げな面持ちでを出迎えた。
まだまだ冷えるだろう縁側で、ただずっと待っていた千寿郎には安心させる笑みを浮かべる。

「大丈夫ですよ、千寿郎くん。
煉獄さんなら体力もありますから、熱が下がれば問題ないでしょう」

そう伝えながら、は自身の羽織りを千寿郎へとかける。
不安を和らげた笑みと羽織りが伝う暖かさに、千寿郎は張り詰めていた緊張が解けるように力を抜いた。

「そうですか・・・良かった、ありがとうございます」
「水分はこまめに取るようにしてもらって、消化の良い食事を・・・
なんて、千寿郎くんには不要ですね。
はい。この薬だけは必ず飲ませてください」

不要とは思いながらの説明と共に薬を手渡す。
自身ができる説明の内容に千寿郎は影のない笑みを浮かべる。

「助かります」
「いいえ。
それと千寿郎くんに感染る可能性もあるので、煉獄さんが完治するまではマスクをするように。
何かあれば鴉で連絡してくればすぐに来ますから」
「はい、ありがとうございます」
「それとのど飴買ってきたので、咳が酷いなら後で煉獄さんにあげて下さい。
それとこっちの金平糖は千寿郎くんへお土産です」
「・・・」
「?どうしました?」

先ほどの晴れていた表情から一転、こちらがどんな心情か判断できない顔にが覗き込めば千寿郎ははっとしたように慌てて弁解した。

「あ、いえ!その・・・風邪をひいた時に、母上が買ってくれたのを思い出して・・・」
「!」
(「そうか、だから煉獄さん・・・」)

部屋で見た普段の彼らしからぬ行動の意味がやっと分かった。
不安。
特に己の意にそぐわぬ状況であれば余計か。
記憶が確かなら、母方は病で亡くなったと聞いた。
なればこそ心中にのし掛かる不安は身を蝕むほど大きいものだろう。
あせあせと困ったような様子の千寿郎に、はまだ自身より目線が低い少年の身体を優しく抱き寄せた。

「?」
「れ・・・杏寿郎なら大丈夫。心配要りませんよ」
さん?」
「ふふ、なんてね。
看病する側も不安なのは同じですもん。これは千寿郎くんの心の手当てです。
千寿郎くんの事でも遠慮なんてしないですぐ私を呼んでください」

ふわりと甘い花の香りに包まれる千寿郎の目に、の笑顔がかつての母と重なる。
見抜かれていた不安が溶けていく温もりに、冷えた心の内側もゆっくりと温もりを取り戻すようだった。

「・・・さんに抱き締められると安心します」
「ふふ。なら落ち着くまでもう少しこうしてましょうかねv」
ーースパーーーン!ーー
!俺も不あーーゴホッゴホッゴホッ!
「あ、兄上!」
「煉獄さん、縛り上げられる前に布団に戻ってください」
































































弟を羨ましがった兄が熱で少し壊れる&元炎柱相手にマウントを取る

>おまけ
「失礼します」
「・・・お前か、何のよーー」
「槇寿郎様、煉獄さんは暫く療養が必要な病ですのでお部屋へは立ちーー」
ーーガッーー
「お待ちください」
「離せ」
「あなたまで感染ったら千寿郎くんが大変になりますので離しません」
「・・・治るのか」
「安静にすれば。こちらが千寿郎くんに教えた療養の手順書きですので。
せめて煉獄さんが回復するまではお酒は控えてください」
「・・・」
「抜き打ちで見に来ますからね」
「・・・分かった」





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2020.5.10