「アオイさーん、このオウロウってもう無かったでしたっけ?」
「オウロウって傷薬の材料ですか?」
「そうそう」
「そこに無かったら、倉庫にあるかもしれません」
「そうですか・・・ならついでに他に必要な材料がないか、しのぶさんに確認してきますね」
「すみません、お願いします」

アオイと別れ、軽快な歩調で屋敷の主の部屋へと辿り着く。
入り口の扉は開いていたが、入る前に扉をノックした。

「しのぶさーん、これから買い出しに行こうかと思うんですけど・・・」






















































































































ーー風邪をひいた:蟲柱・水柱の場合ーー






















































































































蝶屋敷邸。
任務から戻った義勇は、負傷した腕を吊ったまま勝手知った足取りで目的の部屋へと入った。

「胡蝶、悪いがーー」
「残念でした」
「!」

響いた予想外の声に、普段よりも驚きを大きくし義勇は目を見張った。
いつもの診察室に居たのはこの屋敷の主ではなく、よく手伝いで見かけるだった。
固まる男に、義勇の負傷具合をざっと見たは自身の前に置かれた椅子を指した。

「お久しぶりです、冨岡さん。
傷の具合を診ますのでとりあえずお座りください」

にっこりと、しのぶとは質の違う笑みを浮かべる
だがそんな言葉を聞いていないのか、義勇はたじっと僅かに身を引いた。

「・・・どうして此処に」
「少しの間の代役です」
「・・・代役?」
「事情は手当ての後に説明しますよ」
「・・・お前がやるのか」
「これでも外科までお手の物ですから」
「・・・胡蝶にたのーー」
「早く座りなさい」
「・・・承知した」

有無を言わせない圧に義勇は指示通り椅子に腰を下ろした。
そして応急手当ての包帯を外した傷口を前に、は義勇の腕を手に取りながらゆっくりと口を開く。

「擦り傷は後で先に腕の具合を診ますね。
・・・毒による組織変容無し、骨折無し、体温脈拍正常。
冨岡さん、手を握って拳を作れますか?」
「・・・ああ」
「動作異常なし。痺れや違和感はありますか?」
「・・・いや」
「そうですか。念の為、後日経過確認しておきましょう。
では処置しますからそのまま動かないでくださいね」

そう言っては薬品棚から数種類の瓶を選ぶと、再び義勇の腕を取った。

「・・・それで」
「はい?」
「・・・胡蝶はどうした」
「まだ手当て中なのにせっかちさんですね。そんな短気だとーー」
「俺は嫌われてない」

いつものしのぶのやり取りだとこんな感じなのだろうか。
条件反射に近い義勇のそれに、は軽く吹き出した。

「まだ何も言ってないですよ」
「・・・」
「しのぶさんは風邪で体調を崩されたので、回復するまでお休みしてもらいました」
「・・・そうか」
「はい。なので軽傷の冨岡さんはお屋敷で療養されてください」

そこまで話すとは包帯を巻き始める。
裂傷は多かったが今回調合した薬なら治りも早い、問題無いだろう。

「はい、お終いです。
縫合する程ではありませんでしたから、無理に動かさないようにお願いします。
異常あれば必ず連絡を。
明日もう一度診察しますから傷の具合を見せてくださいね」
「・・・ああ」
「それと念の為、痛み止めと解熱薬を処方しておきますので服用して下さいね」
「・・・」
「お返事は?」
「・・・承知した」

渋々と言った感じで返された答え。
ま、飲まなければ辛いのは自分だ。

「では、お薬準備しますので暫くお待ちください」
「・・・ああ」

隊服に袖を通した義勇は部屋を後にする。
立ち去る動作に他の負傷を隠してる様子はない。
これなら言った通りの薬を処方して問題無いだろう。
は処方する薬と怪我の具合を診療録へと書き込もうと筆に手を伸ばす。
と、



部屋を出たと思っていた義勇が廊下からこちらを見ていた。
何かまだ用事だったかとは首を傾げた。

「はい?」
「・・・世話になった」

普段、単語しか口にしない彼からあまり聞かない謝意。
少々驚いたが、は嬉しそうに柔らかく笑った。

「はい、お大事になさってください。
それと今度からしのぶさんにも言ってあげてくださいね」












































































































蝶屋敷邸の別室。
そこには布団に横になる屋敷の主が赤い顔で床に就いていた。

「こほっ・・・」

時折り気管が痛む生理現象を繰り返しながら、げんなりとしながら深く息を吐く。
そしてこうなってしまった事態にしのぶは自己嫌悪に陥っていた。

(「不覚です・・・」)

屋敷の子達皆に心配をかけてしまった。
体調が悪いことを見抜かれて、恐慌状態になる騒ぎを収め、テキパキと指示を出したのは長い付き合いの同志。
それにしてもの処置の手早さはいつも舌を巻く。
顔を合わせて早々、2、3質問された後に仕事を強制的に切り上げさせられ別室に隔離されてしまった。



『一週間です』
『・・・はい?』
『一週間はこの部屋から出ちゃダメです』
『・・・そんな長く仕事をーー』
『ダメです』
『・・・さーー』
『ダメ』
『・・・せめて理由を教えてください』
『しのぶさんの症状、流行性感冒かもしれません。念の為に一応此処に来る人は制限しますから』
『・・・そんな』
『今、街中で流行ってると聞いたのであくまで念の為ですよ。
入院中の方に感染させる訳にはいきませんから』



別れ際の笑みが思い出される。
こちらの気遣いと任せておけというそれ。
仮にその診断が正しいとすれば、無理をすれば被害拡大だ。
当然の判断だろうが、自分の立場が今の状況を素直に受け入れられないのも本当だった。

(「はぁ・・・柱として情けなーー」)
「失礼する」
「!」

部屋の主の断りを待たず襖が開けられた。
人の出入りを制限していたはず。
それなのに入ってきたその人物にしのぶは咄嗟に言葉が出ない。

「・・・なんで・・・」
「風邪をひいたと聞いた」
「・・・」
(「そう言う意味じゃないですよ」)

相変わらず話が噛み合わない。
腕を吊っている所を見ると、負傷の手当てを終えたのだろう。
後衛部隊として仕事は恙無く済んでいることに多少は安心できた。
・・・違う、そうではなくて。
目の前のこの男がこのままここに留まるのは大変よろしくない。
堂々と言い放ったドヤ顔の義勇にしのぶは深々と嘆息した。

「冨岡さん。お引き取りください」
「・・・何故だ」
さんから事情を聞いたはずですよね?」
「・・・風邪だと聞いた」
「そうではなくて、見舞いの許可は出してないはずですよね?」
「・・・(風邪の見舞いに許可は)必要ないだろ」
「それだから嫌われるんですよ」
「・・・俺は嫌われてーー」
ーーポンーー
「帰って屋敷で療養するように言った人がどうしてここにいるんでしょうねぇ?
ご説明いただけますでしょうか?」

タイミングを見計らったように現れたに肩を掴まれた義勇は硬直した。
この状況を予測していただろうしのぶも疲れたようにため息をつく。

「全く。薬を渡したのに誰も水柱が帰った所を見てないと言うから、もしやと思い来てみれば・・・」
「・・・
「しのぶさん、どんな塩梅ですか?」

みしみしと掴まれた肩が音を立てている義勇を無視し、がしのぶに問えば残念ながらと続けたしのぶが頭を振った。

「関節が少し痛み出しましたね」
「確定的ですね。
それで、こちらの水柱様はどうしてこちらに?
「傍迷惑にお見舞いに来られたそうです」
「・・・」
「なるほど、それは感心な心掛けです。
なんて言いたいところですが、今回は余計な事をしてくださいましたね
「・・・お前は風邪と言った」
「負傷者に心配事を背負い込ませない為の方便ですよ。
その後、屋敷に帰れとも言いましたよね?」
「・・・」

即座の切り返しに義勇はそっぽを向くに留める。
子供か、とばかりに呆れたはため息を深くする。
とはいえこのまま義勇を帰すことはできなくなった。

「仕方ありませんからもう冨岡さんも帰せません。
こちらで暫く療養していただきます」
「・・・何故だ」
「あなたが言いつけを守らないで被害を拡大させたからですよ」

心外、とばかりな顔の義勇には指を突き付けた。

「そんな顔してもダメですから。
しのぶさん、離れを隔離棟として使わせていただきますね」
「ええ、お願いします」
「冨岡さんはこの部屋から出ないで下さい」
「・・・承知した」
「しのぶさん、抜け出そうとしたら毒仕込んで構いません」
「!?」
「はーい」
「!?!?」
































































良かれと思った行動が裏目に出る水柱&外堀固め工作

>おまけ
「とりあえず、お見舞いに来てくれたことは感謝しますね。冨岡さん」
「・・・何故怒られたんだ」
「それは自業自得です」
「・・・胡蝶」
「何ですか?」
「いつも手当て感謝する」
「・・・急にどうしたんですか?」
にお前にも言えと言われた」
「そういうことを言うから嫌われるんですよ」
「・・・」

「と言う訳で、離れは症状が酷い方の隔離棟にしますので立ち入る方は限定しますね」
「分かりました。ところでどなたを隔離すれば良いですか?」
「今の所、追加で収容する方は居ませんよ」
「そうですか、ではお食事は一人分をーー」
「二人分で」
「はい?」
「水柱も感染するので二人分お願いします」
「は、はぁ」(「感染『する』?」)




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2020.5.10