任務の帰り道。
今回、大きな怪我もなく事なきを得た。
だが単独任務では心細さも倍増で、いつも騒がしい煩い同期の存在が恋しかった。
(「はぁ・・・禰豆子ちゃんに撫でてほしい膝枕してほしい結婚したい。
き、きっと次こそ俺は死んでしまうぅ・・・?」)
トボトボと歩きながら半ベソをかいていた善逸は、聞き覚えある音に顔を上げた。
そこにはいつもよりトゲのある音を立てている隊士が座っていた。
「あれは・・・」
ーーちもきやーー
(「はぁ、ツイてない日だな・・・」)
任務帰りの手土産を用意してもらってる間の小休止と思っていたのに、面倒な暇人に捕まってしまった。
「おねーさん、可愛いね」
「俺らと一緒にかふぇにでも行かねぇ?」
「いえ、結構です」
「うわ、はっきり言っちゃうね」
「そんな強気なところも気に入っちゃったなあ〜」
「・・・」
本当に面倒だな。
は現実逃避するように湯呑みを傾ける。
ちらっと店中に視線を移せば、店員も困ったようにこちらを見ていた。
(「巻き込まれたくないのか、暇人が問題を起こしても揉み消せるほど顔が利くか・・・ってところかな」)
どちらにしても、こんな街中の店先で大立ち回りもできない。
さて、どうしたものか・・・
こんな時に知り合いの一人でも居ればなぁ、と、そう思った時だった。
「あ」
「!」
「「え?」」
人通りの向こう。
人目を引く金の髪に山吹の羽織り。
怯えた表情の善逸と対照的にはぱっと顔を輝かせ立ち上がった。
「やっと来た〜!もう、遅〜い〜!」
「はえ!?」
「待ちくたびれて帰ろうかと思った!謝りなさい!」
「ひぇ!ご、ごめんなさい!」
条件反射で善逸は悲鳴と共に謝った。
ズンズンと近付いたは善逸に近付き手を握る。
瞬く間に赤くなる善逸に、はにっこりと笑みを浮かべた。
「許さない」
「ほぇあ!?」
「罰として荷物持ちしてもらいますー。はい、早く店員さんから受け取って」
「は、はい!」
「じゃ、お代はここに置いておきます。ご馳走様でした〜」
怒涛の小芝居で暇人が口を挟む隙を与えず、と善逸はあっという間に茶屋を後にした。
追ってこない事を確認すると、はようやく早めていた歩調を元に戻した。
「ふぅ、助かりましたよ善逸くん」
「いえ遅くなってごめんなさい」
大量の団子の包みを持ったまますん、と表情を沈める善逸には吹き出した。
「ふふ、何言ってるんですか。巻き込んだのは私で善逸くんは助けてくれたじゃないですか。
ありがとうございます」
「・・・イエ、ドウイタシマシテ」
再び顔を真っ赤にした善逸にはふわりと笑みを返した。
しばらく二人並んで街中を進んでいると、自身の目の高さまである団子の箱に善逸は目線で隣に訊ねた。
「それにしても、さんこんなに沢山食べるんですか?」
「いいえ」
「え・・・じゃあ何で買ったんですか」
勿体ないんだけど、と呟く善逸には楽しげに笑った。
「8割は前の任務で助太刀に来てくださった、伊黒さんへのお礼です」
「・・・誰?」
「蛇柱ですよ」
「ええ!?あの人こんなに食うの!?」
「んー、それはちょっと違うかな」
「?どういうことですか?」
「秘密ですv」
「そ、そうですか///」
耳打ちされ再び顔を染めた善逸はそれ以上言葉を紡げず黙してしまう。
ついでに蛇柱邸まで荷物持ちを買って出てくれた善逸と共には蛇柱の元を訪れる。
開口一番、そんな暇あれば鍛錬しろ任務行けと怒涛の嫌味の応酬。
終始、怯えての後ろに隠れていた善逸と対照には穏やかな表情を変えず、小芭内が息継ぎをした瞬間。
『蜜璃さん任務帰りでこの近くにいらっしゃるらしいですよ』とが言った途端に、さっさと帰れと追い出されてしまった。
「なんか、ネチネチ言われた割に嬉しそうな音してましたね」
「あら、そうなんですね。なら良かった」
こうなる事を予測していたようなは表情と同じく楽しげな音を響かせる。
「ありがとうございました、善逸くん。
任務帰りなのに荷物持ちまでさせてしまって」
「あ、いや・・・これくらいなら・・・」
「ちょうどお昼ですね。
荷物持ちしてもらったお礼にどこかでご飯食べて行きませんか?」
そう言っては善逸を連れとある店の暖簾をくぐる。
そして善逸の前には漆黒の外装に朱色の内塗りのお重が鎮座していた。
「おおお・・・う、鰻だぁ〜〜〜」
「この辺では一番美味しいらしいですよ。温かいうちにいただきましょうか」
感激している善逸にそう言ったに善逸はしきりに頷いた。
そして二人はいただきます、と手を合わせるとお重の一角に箸を入れ口に運ぶ。
白米と焼き上がったふわふわの鰻、甘辛いタレが口の中いっぱいに広がり表情筋がふわりと緩んだ。
「ふぉ〜、しあふぁへ〜・・・」
頬張りながら今にも溶けそうな顔の善逸には小さく笑う。
「良かったですね。あ、ご飯ツブ付いてますよ」
「・・・」
「そんなに慌てなくても鰻は逃げませんから、ゆっくり食べて下さい」
「・・・」
「ん?どうしました?」
「い、いえ!何でも、ない・・・です」
目の前の善逸の赤い顔、直前の自分の行動。
特別な耳を持っていなくても何を考えてるのか手にとるように分かった。
それは悪戯心も芽生えてしまうもやむ無し。
「なんだか、まるで逢引してるみたいですね」
「ごふっ!!ゴホゴホッゴホッ!!!」
「あらあら、むせちゃいましたか。お茶貰いましょうね」
胸を押さえ勢いよくむせる善逸には彼が飲んでいた湯呑みを渡す。
「ふふ。こんなところ宇髄さんに見られたら面倒になりそうですね」
「ゴホ・・・そうでーー」
「呼んだか?」
「ぎぃやあああぁぁぁっっっ!!!(汚い高音)」
「うるせぇ!」
ーーゴンッ!ーー
「ぎゃっ!」
突然現れた音柱に、お約束の反応をしてくれた善逸に鋭い拳が落とされる。
他の客の迷惑にならないようにはなったが、少々無体が過ぎる。
神出鬼没に慣れていたは自分達を見下ろす巨躯に眉を寄せた。
「やめて下さいよ宇髄さん。
善逸くんはむせてて大変なんですから」
「あ?んなの俺が知るか」
「大人気ないんですから。
善逸くん、新しいお茶来るまで私のお茶でも飲んでください」
「す、すみません・・・」
礼を述べた善逸は湯呑みを受け取る。
そして、口を付けた瞬間、
「あ、間接キス」
「ぶふっ!!」
「うわっ!善逸!てんめ!汚ねぇぞ!」
「すみませーん、替えのお手ふきとお茶をお願いしまーす」
先ほど以上にむせた善逸と、その被害に遭った天元に構わずは間延びした声で店員を呼ぶ。
ひとしきり騒いだ天元は、一人だけ被害を免れているに据わった視線を返す。
「・・・わざとだろ」
「何の事ですか?」
隣に座った天元の睨みにしれっとは笑顔で返す。
聞こえてくるのは笑顔とは裏腹なトゲトゲしい音。
「折角、善逸くんとでぇとだったのに。ね?」
「ふぇ!?」
「・・・」
「誰かさんのせいで台無しですよ。ねー、善逸くん?」
「・・・・・・」
「お、俺、お茶貰ってきますっ!」
目の前の両者の空気に居た堪れなくなったのか、天元の不穏な空気に怯えたのか、善逸は店員の元へと走り出してしまった。
それを見送ったは少し困り顔で笑う。
「あらら、すこしからかい過ぎちゃいましたかね」
「・・・納得いかねぇ」
「食事を邪魔した宇髄さんが悪いです。
折角、面倒な輩に言い寄られていた所を助けてもらったお礼をしてたのに」
「善逸が助けただぁ?あの万年臆病モンがか?」
「ええ、助けてくれましたよ〜。それに大量の荷物持ちまで買って出てくれました。
甘露寺さんの言葉を借りれば、『キュンとしちゃった』ってやつですかね」
「・・・へぇ」
こちらに背を向け、足を組んだ自身の膝に肘をついる天元の声音は低い。
まるで先ほどの善逸とやり取りしていたようなそれ。
男は歳を重ねても精神年齢はそんなに変わらないのだろうか。
パクパクと鰻を頬張りながらそう思っていたに小さな呟きが届く。
「お前、善逸が好きなのか?」
「・・・頭大丈夫ですか?」
「あ"?」
先ほどまでの肉の壁から、整った顔がゆらりと不穏な空気でこちらに指を突き付ける。
「オイ、上官に向ける台詞かそりゃ」
「そう思わせる事言うからですよ。食事中なんで人を指差すのやめてもらえますか」
突き付けられた指を箸で掴むに、不機嫌顔の天元はさらに距離を積める。
「いつも善逸にちょっかい出してるだろうが」
「語弊を招く言い方ですね。禰豆子ちゃんほどじゃないですよ」
「俺が見てる頻度はだいたい善逸とセットだぞ」
「たまたまでは?」
「・・・」
「もしかして宇髄さん、羨ましいんですか?」
困惑顔で首を傾げるに天元は面食らったように固まった。
そして、
「はぁ!?神である俺がんな訳ねぇだろうが!」
「店の中なので静かにしてください」
立ち上がった天元をが隊服の端を掴んで元の場所へと引く。
店内で目立つ巨躯故に周囲の注目を引いたことで、天元は渋々と元の場所へと腰を下ろした。
少し静かになったことで、は仕方なく誤解を解いてやる。
「ま、善逸くんはちょっと自分に似てるので心配で構ってしまうのはあるかもしれませんね。
禰豆子ちゃんは普通に可愛いですし、懐いてくれてるし。
強いて言えば千寿郎くんみたいな、弟に近い感じかもしれません」
「・・・そうか」
「安心しましたか?」
余裕ある笑みに、ひくりと天元の口端が引き攣った。
「てめ・・・抱き潰すぞゴラ!」
「真っ昼間から盛らないでください」
>おまけ
「ところで、どうして宇髄さんがこちらに?」
「作者都合だ」
「それ言っちゃダメなやつですね」
「お、お茶貰ってきました」
「ありがとうございます、善逸くん。
宇髄さんが奢ってくださるそうなので、甘味も注文しましょうか」
「マジで!」
「言ってねぇ!」
「私とでぇと、嫌ですか?」(ウルッ)
「好きなだけ頼め」
(「チョロ柱」)
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2020.6.13