「しのぶさん、連絡もらってたーー」
ーードンッーー

不意に足元に走った衝撃に思わずよろめいたは尻餅をついた。
いくら蝶屋敷だとはいえ、気を抜きすぎた。
鈍い痛みの腰をさすりながらは視線を上げた。

「痛った〜、何が・・・」

目の前には、陽光に光る銀糸。
こちらを見上げるぱっちりとした紅紫の瞳。
普段は額に当てている煌びやかな石が付いた額当ては首から下げられている。
いつもならこちらが見上げるしかないはずの男と瓜二つの顔が自分の膝下にくっついている。
いや、少し語弊があった。
その顔はいつも見るよりはるかに幼かった。

「・・・」

ごめん、ちょっと待って。
いつの間に自分は寝たんだ?
そう思っても致し方ないほど、目の前の光景が信じられない。
呼び出し主に事情の説明を求めようと視線を上げる。

「えーと・・・私はもしかして寝てるんですかね?それとも宇髄さんの隠し子、だったりしますか?」
「この状況を説明するには長い話になるので、一言で言えば『みんな大好きご都合血鬼術』です」
「・・・さよですか」

どうやら突っ込んではいけないらしい。

「ちなみに、これ記憶あったりします?」
「その辺はまだ確認中です」
「鬼の方は?」
「他の柱が討伐に向かってます」
「そうですか・・・それで呼ばれた用件は何でしょうか?」
「解毒薬を作る間、面倒を見てもらえますか?」

・・・は?

「ではお願いします」
「ちょ!待った待った待った。宇髄さんなら善逸くんに預ければーー」
「あの子達は任務ですよ」
(「・・・アテが外れた」)

『達』となると、どちらかというと頼みたかった炭治郎も居ないということだ。

「そうだ!既婚者なんですから奥方陣にーー」
「宇髄さんの次の任務の情報収集に出払ってます」
「・・・」
「・・・ひ、悲鳴嶼さんに・・・」
「本気ですか?」
「冗談です」

すん、と表情を落としたは困ったように頬を掻いた。
まだ引き受けるつもりがないようなに、しのぶはさらに続けた。

さんはこんな年端もいかない小さい子を見捨てるんですか?」
「何か私が悪いみたいな言い方ですけど違いますよね」
「言ったもん勝ちですよ。では、後はお願いしますね」
(「振り逃げ・・・」)

おいおいおい、待ってくれ。
本気で部屋を後にするしのぶには焦った声を上げた。

「ちょっと、しのぶさん。私はまだ引き受けてはーー」
「まぁまぁ、そう仰らず。隠の方では手に負えなかったんですから」
「それで私を呼んで解決するというしのぶさんの思考回路が怖いですよ」
「だって、さんなら何とかしてくださりますよね?」
「・・・」
「ね?」
「うっ・・・」

まだ僅かな抵抗を見せるに、もう一押しと踏んだのかしのぶは絶対断れない台詞をキレイな笑顔で言い放った。

「上官命令ですv」
「・・・薬ができるまでの間ですよ」
「助かります♪」






















































































































ーー小さな子どもは苦手ですか?ーー























































































































体良く押し付けられた感があったが、こうなれば仕方ない。
一つため息をついたは、足元の幼子と視線を合わせるように膝を折った。

「さーてと、お名前を教えてくれますか?」
「うずいてんげんだ!」
「自己認識よし、私はです。
あなたと一緒にお話しするようにこの家のお姉さんに言われましたので一緒に遊びましょうね」

抱っこをせがまれたは蝶屋敷の縁側で腕の中で幼子を抱きながら外を見ていた。

(「コレ、本当に記憶ないんだろうか・・・」)

楽しげにキャッキャと騒いでるが、その手は容赦なく胸を叩かれたり、揉まれたりしている。
紅葉のような手なので捨て置いているが・・・
疑いの視線を向ければ、返されるのは天使のような微笑み。
幼いというあどけなさだけで十分に威力は高いのに、整ってるものだからその顔で全力で笑いかけれてしまっては、攻撃力は青天井。

ーーにこっーー
(「うっ!天使かっ!中身、宇髄さんなのにっ!」)

敗北感をこらえながら顔がにやけそうなのを必死にこらえる。
幼い天元下ろしたはあえて視線を外し、深く深呼吸した。

(「お、落ち着け、落ち着くのよ
今はこんなだけど本当は身の丈7尺の筋肉達磨でしょ。いつもセクハラ常習犯の男の風上に置けない最低な奴よ。
愛くるしい見た目に惑わされちゃーー」)
「おねえちゃん、だっこしてくれないの?」

うるっと見つめ返された直後、はすかさず抱き上げてしまった。

(「己の意志の堅さはこの程度か・・・不甲斐なし・・・」)

近くではしゃぐ楽しげな声に内心沈みながらは再びため息をこぼした。
そのまま蝶屋敷で薬ができるまで待とうとしたが、薬の材料が切れたため、一番手が空いていたが買い出しに出ることになった。

「よし、じゃあお買い物に行きましょうか、宇髄さん」
「お姉ちゃんはどうしてオレを『宇髄さん』ってよぶの?」
「・・・」
(「上官だからですよ」)

とは言えず。
不服げな幼い上官に、このままでは泣き出されてしまう予感を感じ取ったは仕方ないと妥協案を出す。

「ごめんごめん、じゃあ行こうか、天元くん」
「おう!」

抱き上げて行こうとしたのを拒否られたので、仕方なく小さな手を引いていく。

(「こんな時に知り合いに会ったら面倒だーー」)
「あ!」

聞き覚えのある声にまさか、と振り返る。
そこには蝶屋敷で押し付けようとしていた一人が明るい顔でこちらに走り寄って来ていた。

さん、奇遇ですね!」
「お帰りなさい、善逸くん。任務帰りですか?」
「そーなんですよー。今回はたまたま怪我しなくて済みましたけど・・・」

こちらの心情の音を聞いたのか、それとも聞き慣れた上官の音に気付いたのか。
善逸はの身体で隠れている手を引いているモノに視線を落とした。

「・・・」
「・・・」

それと目が合った途端、善逸の顔が面白いほどに驚愕に歪み出す。

「ぎーー」
ーーベヂン!ーー
「はいはいはい、往来で止めてください」

叫びそうな善逸の口を手の平を叩きつけて止め、近くの茶屋で事情を話した。

「・・・という訳で、少しの間だけ私が相手してるんですよ」
「柱のくせに何やってんですかこの人は」
「まぁ、一般人を庇っての事だったらしいですし」

仕方ない、というか私でも恐らく庇いはした。
ま、柱のくせにというのは私としても同感だったりするが。
その問題の幼い上官は、に抱き抱えられながら団子を頬張っている。
傍目に見れば微笑ましいだろう。
誰も中身が筋肉達磨とは思うまい。
と、思いついたは善逸に顔を向けた。

「善逸くん、この後は任務入ってますか?」
「いいえ?蝶屋敷に行こうかと思ってましたけど」
「だったら少しの間、この子のこと見ててくれません?」
「・・・え」
「実は蝶屋敷の買い物頼まれてて、すぐに済ませてくるのでここでこの子と一緒に待ってもらえると助かります」
「なんーー」
「こんなたんぽぽの世話にはならねえ」

それまで黙っていた天元が盛大に声を上げる。
当然、善逸は怒りの形相を向ける。

「はあ"ん!?」
「オレの に触んな!ちんちくりん」
「こら、天元くん!」
「何こいつ!ちんちくりんは今はお前じゃ!」
「ま、まぁまぁ善逸くん。その辺にしといたらどうですか?」
(「元に戻って覚えてたら事だし・・・」)

とは言わず。
それに側から見れば、幼い子供に怒鳴りちらしている姿は大変見苦しいものでもある。

「いーえ!今回ばかりは言わせてもらいます!
ちっちゃくなったからって、胸を揉むなど羨まし過ぎる!」
「・・・」

おいおい、それが本音か。
お年頃とはいえ、揉まれている本人の前でそれを言われるとさすがに引く。

「善逸くん」
「つーか!小さくてもイケメンって世の中理不尽!」
「うるせえぞブサイク!」
「・・・」
「あ"あ"ん?こんのちんまい癖に偉そうなことを抜かすな!」
「地味たんぽぽ」
「うるっさいわ!顔面爆ぜーー」
「我妻善逸」

固い声に言い合いをしていた善逸はピタリと動きを止める。
そしてからの音を聞いたのか、さっと顔を青くした。

「は、はひっ!」
「蝶屋敷のお使い済ませてくるので、少しの間、この甘味処で天元くんの面倒見てくれませんか?」
「なんーー」
「こんなたんぽぽヤダ!オレは と行く!」

ぽすぽすと胸を叩く天元に、は言い聞かせるように声音を柔らかくした。

「場所が少し遠いので、ここで待っててください」
「ヤダ!」
「良い子で待ってたら、後でご褒美あげるんですけど・・・そうですか。天元くんが要らないなら善逸くんにあげちゃおっかーー」
「オレ、たんぽぽとここで待っててやるよ!」

掌返しでから降りた天元はドヤ顔を向ける。
それに頭を撫でたはにっこりと笑った。

「偉いですね。
では善逸くん、少しの間お願いしますね?」
「・・・はい」

否を言えない音に善逸は仕方なく首を縦に振る。
押し付ける形になるとはいえ、面倒を見てくれることには善逸に耳打ちした。

「ここの支払いは私が持つので、好きなものを頼んで良いですからね」
「ちんちくりんの面倒は俺が責任を持つので安心して行ってください」

ビシッと親指を立てた善逸。
またまた掌返しに、善逸にも笑い返したは目的の店に向け歩き出した。

(「似た者同士だな、あの二人・・・」)












































































































無事に用事を済ませ蝶屋敷に戻った。
しのぶからもらった薬を上官は飲んだし、あとは時間が経てば元に戻るだろう。
とはいえ、散々な一日だった。

(「なんか、今日は疲れたや・・・」)

変な疲れだ。
気疲れに近いかも知れない。

(「子供、苦手なのかな私・・・まぁ、あれが幼い頃の宇髄さんなら貴重なからかいネタが拾えたってことにしとくかな・・・?」)

なんだ、体に違和感がある。
布団の中、いや自分に抱きついてる小さい体がある事で、この人が忍びだったことを思い出した。

「宇髄さ・・・じゃなかった、天元くん?」
「・・・
「どうしたんですか?自分の布団にーー」
「一緒に寝てもいいでしょ?」

イケメンが・・・

「・・・今日だけですよ」

もう疲れ過ぎて断る気も起きない。
面倒だから全ては明日やる事にしよう。
そして翌朝。
起こしに来たアオイによって、しのぶに呼び出しを食らうのはまた別のお話。




































































>おまけ
「さて、情操教育によろしくない事をしてくださったお二方。弁明があればお伺いしましょう」
「そもそも私は無実ですよ、全ての責任は血鬼術にかかった不甲斐ない音柱が悪いです」
「胡蝶の言ってる意味がよく分かんねぇが、いずれ知る事だろ。
むしろきっか作ってやったんだド派手に感謝しろ」
「・・・」
「私は被害者ですから。寝ぼけて脱がしてきたのはコッチです」
「あんな据え膳食わねぇなんざ、男じゃねぇだろ」
(「起きてたんかい」)
「では、さん。せめて今日はあまり肌をさらさないように」
「はい?」
(鏡渡され)
「・・・」
「なんだ、首にド派手な跡がーー」
ーードゴッ!ーー



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2020.8.7