『第一印象は最悪』
あいつはそう言っていたが、俺はどちらかと言えば面白い奴だと思った。
あの時のことを思えば、浮かぶのは二つ。
左頬に走った熱と、腹立たしいほどの出し抜かれた苦い思い。
もう遠い昔に思えた、晩夏の昼下がりの一幕。
































































































































ーー蒼天に舞う滴と黒ーー


































































































































入隊してから聞いたその面白い噂はずっと気になっていた。
『最終戦別を十にもならない修羅が突破した』
『実はそいつは隊士のフリをした鬼だ』
尾鰭は付いていただろうが、どんな猛者かと期待があったのも本当だ。
一体それは誰なのかと思っていたが任務に忙殺され、あれよあれよと時間が過ぎ思い出したのは柱になった頃。
鬼殺隊に身を置いてから2年が過ぎた頃だった。

「そういや、悲鳴嶼さん。最終戦別を十にもならねぇ餓鬼が突破したって話、覚えてるか?」

岩柱邸。
次の共同任務の打ち合わせが一区切りし、湯呑みを傾けた天元が屋敷の主に問う。
それを受けた行冥は、困惑した視線を年若い柱に返した。

「・・・随分、昔の話だな」
「なぁ、そいつって誰の事なんだ?」
「あまり詮索するものではないぞ」
「ってことは、やっぱり悲鳴嶼さんは知ってんだろ、そいつ」
「・・・」

失言。
元忍びであるこの男なら、自分から情報を引き出すのは造作もないのだろう。
隠し通せるものでもないが、あえてこれ以上情報を渡すのも忍びなかった。

「当人は取り沙汰されるのを嫌っていてな、私の口からは言えぬ」
「別に減るもんでもねぇだろ」

尚も食い下がる天元。
気配から聞き出すまでは居座るつもりなことは容易に伺え、折れた行冥はその者を思った。

「・・・あれは」

小柄な身に余るような鬼さえ狩り、一般人や隊士を常に守る。
顔を合わせれば、第一声はこちらの心配。
自分がどれだけ傷だらけになっても尚、己の事は後回しだ。
それを注意すれば、謝りはしても負傷が減る事はなかった。
だが、きちんと鍛錬を欠かしていないことは顔を合わせる度に感じていた。

「あれは、己の未熟さを痛感している。故に研鑽を絶やさぬ者だ」
「なんだよ・・・地味に真面目な奴か」

行冥の言葉が予想外だったのか、興味を失ったように呟いた天元は湯呑みを傾けた。
その後、最近広げたという裏山を見せてもらおうとそのまま散策へと出かけた。

(「相変わらず広ぇな、悲鳴嶼さんちの裏山は。
滝もあるってどんだけひろ・・・?」)

と、その時。
滝の落ちる滝壺に人影を見た気がした。
しかしよくよく目を凝らしても、勢いよく水流が落ちているだけ。
涼しく瑞々しい空気以外、不穏な何かが潜んでいる気配は見つけられない。

(「見間違いか?居なーー!」)
ーードゴーーーン!ーー

瞬間、届いた殺気に僅かにその場から離れればさっきまで立っていた場所に何かが勢いよく落ちてきた。
衝撃に僅かによろけ、後頭部を幹にぶつける。

「って」
「覗きとは無作法にも程がありますね。斬り捨てられる覚悟はーー」

届いた涼やかな声と怒りの音。
蒼天からその声の主の姿を捉えるまでの間に視界を掠めたのは、自身の額当てのような煌きと黒。
しっかりと視線を落とし見れば、突き付けられる木刀、濡れて張り付いた髪、滝着越しでも分かる華奢な細い線。
陽光に照らされ、滴がキラキラと眩しく反射するとこちらを見上げたあいつの凛とした姿に目を奪われた。
無限に続くかと思った無音の時間は、向こうがこちらの正体に気付いたことですぐに幕を下ろされる。

「・・・音柱様?」
「おー、初対面相手にご挨拶だな」

間を置くことなくそう軽口を返せば、深いため息が返された。
上官相手の自分にそんなあからさまな態度を取られたは経験は少ない。
腹が立つより前に、その度胸や魂胆は小気味いいものに感じた。
だから構いたくなったのかもしれない。

「私はもう暫く鍛錬したいので、用がないなーー!」
ーーガッ!ーー

先ほどの仕返しとばかりに、行冥の屋敷から拝借していた木刀を振り下ろせば予想外に受け止められた。
腕か肩に打ち込んで鍛錬不足だと嫌味を言ってやろうとした目論見は呆気なく崩れる。
思わず感心しかけたが、相手の鋭い視線と再びの怒りの音に剣士としての闘争心に火が付いた。

「何のつもりでしょうか」
「一人じゃ味気ねぇだろ、付き合ってやる」
「・・・胸、お借りします」

どうせ柱である自分の相手にならないが生意気な隊士の鼻っ柱を折るのも面白いと、小手先で遊んでやろうと軽く構える。
しかし、その予想もまた裏切られた。
階級に似合わない予想外の腕前が面白さに拍車をかけ口端が上がる。

(「こいつ、急所ばっか狙ってきやがって・・・
実戦さながらじゃねぇか、面しーー」)
ーーチッーー
「!」

その時。
左頬を相手の木刀が掠めた。
それで押さえていた闘争本能の掛け金が飛び、些か本気で相手の木刀を弾き飛ばした。
我に返った時には、そいつは口惜しげに手首を押さえ蹲っていた。
一応謝ってみたが、最後は向こうがなんやかんや怒り出してそれっきりになってしまった。
それ以降、しばらく会うことはなかったが何の因果か何度か共に任務を挟んだ。
だが相変わらず一線を引いてるような、最初に会ったときの微妙な刺々しさは抜けなかった。

「なぁ、お前は最終選別の修羅の噂を知ってっか?」
「は?」

共同任務の道すがら。
そいつに聞けば返された一文字。
暇を持て余し時間潰しに聞いたのも本当だが、心底馬鹿にしきった表情と声に米神が波打ち腹立たしいその頭を鷲掴んだ。

「『は?』じゃねぇよ。仮にも上官に向かって態度を改めろや」
「それはすみませんでした、何の話か知らないので失礼します」

力が込められる前に素早く抜け出したそいつに舌打ちを打った。
その後、こちらとあえて距離をとっているから声が返った。

「そんな事知ってどうされるんですか」
「ド派手な奴みてぇだからな。気になんだろ」
「気になりません」
「ノリ悪ぃな」
「最終戦別云々より、鬼をいかにして狩ってるかが重要では?」

肩越しに再び馬鹿にしたような表情が返される。
面白味のカケラもない答えに俺はに興味を失ったように呟いた。

「ま、お前みてぇな地味な奴に聞いても分かるわけねぇか」
「・・・」

だったら最初から聞くなよ、とばかりな表情にからかうのに飽きた俺はただ歩みを進める。
こちらの心情を分かったのか、は面倒そうな表情を隠さず投げやりに言い放った。

「過去の実績を鼻にかけるような奴なら、どうせ長生きできませんよ」
「馬鹿だな、悲鳴嶼さんの覚えもめでてぇ奴がそう簡単にくたばるかよ」
「悲鳴嶼さんが・・・」

僅かに嬉しいような音に首を傾げるが、それより話に乗ってきたそいつにさらに話を振る。

「だからよ、くたばる前に手合わせの一つもしてみたいと思うだろ?」
「思いませんし、音柱様に勝てる平隊士なんて居るとも思えません」
「んなもん、やってみねぇと分んねぇだろ」
「その方、どなたなんですか?」
「知らねぇから聞いたんだろうが」
「・・・どんな相手を想像されているんですか」

げんなりとしたに問われれば、そーだな、と続け整った顔を思案で深めた。

「最終選別を最年少記録で突破してて、悲鳴嶼さんと同じ古株だろ。
となりゃぁ柱に届く実力でしぶとく生き残ってるってこった、つまり・・・」

ピン、とひらいめたとばかりに俺は自信満々に言った。

「悲鳴嶼さん並みなゴツいド派手野郎だな」
「・・・さよですか」
「少なくともお前みたいな無駄な負傷ばっかしねぇ未熟者とは違ぇだろ」
「お褒めに預かり光栄ですね」
「褒めてねぇよ」
「言われなくても分かってますよ」

笑顔ながらも纏う圧はなかなかな迫力があった。
しかしそれが長く続くことはなく。
興味薄さを全面に出したが、少し後ろを歩くこちらに向け呟く。

「その方にお会いできると良いですね」
「よーし、見つけたら会わせてやる。派手に感謝しやがれ。
そしてそいつと鍛錬して無駄な怪我を増やすんじゃねぇ」
「人の頭をペチペチ叩きながら言わないでください」
「丁度いい高さなもんでよ」
「・・・」

怒りのゲージが上がっていくのが分かる。
だが、反応がないのでぽむぽむと続けていれば、からあからさまな愛想笑いが向けられた。

「では、私が先に見つけたら何でも言うこと聞いてもらいます」
「ほー、出来るもんならやってみろや」
「私より先に見つけられると良いですね」
「お前が言うと嫌味にしか聞こえねぇ」
「嫌味ですから」

あっけらかんと言ったそいつに首根っこを掴んでやろうとすれば素早く逃げられる。
それが癪で任務地まで追いかけっことなったが、終ぞそいつは逃げ切ってしまった。(そしてその共同任務は腹立たしい上に最速で終わった)
鬼の頸を落とした後で捕まえてやろうとしたが、は新しい任務先へ行くと脱兎の如くその場から消えた。
脚力だけは褒めてやれるなと思いながら帰路についた。
しかしそんな戯れで共同任務前の野暮用を思い出したのはそれを頼まれた主の屋敷についてからだった。

「胡蝶〜、薬貰いに来たぞ。それと悪ぃ、あいつには逃げられた」
「もぅ、またちゃんは怪我も治ってないのに任務に行っちゃったのね」
「は?あいつ怪我人だったのか?」

任務中、庇うような不自然な動きはなかった。
というか、散々走り回ってた上に普通に鬼を狩ってたが。
驚きを見せる自分にカナエは困ったように頬に手を付いた。

「そうよ。
あの子、前の任務で街の人を庇って鎖骨と肋を折ってるの。
固定してるだろうけど、あまり衝撃を与えちゃ悪化するから任務でも無理しないようにって言ったんだけど・・・
まったく、いくら悲鳴嶼さんと同じ古株だからって無茶が過ぎるわ」

・・・・・・ん?

「・・・は?あいつが古株?」
「宇髄くん、知らなかったの?あの子、私達より鬼殺隊所属は長いのよ。
それに最終選別は最年少で突破してるし・・・」
「はあぁっ!?」

耳を疑った。
だが今になって道すがらのあの微妙な態度に合点がついた。

(「そうだ・・・あいつ、その噂の奴を『平隊士』って言いやがった。
知ってやがったな!
あんの野郎、元忍びの天元様を出し抜くたぁいい度胸してやがる」)

悔しさと手の平で転がされていた事実ににふつふつと怒りが沸く。
道中の自分の的外れな言葉をあいつはどんな心境で聞いていたのか。
何かを吹聴するような奴にも見えなかったが・・・

(「とりあえず、次会ったら一発殴る」)







































































>おまけ
「音柱様、お久しぶーー」
ーーゴンッ!ーー
「痛っ!はぁ!?礼儀払ってる相手を殴るってどれだけ人でなしですか!?」
「うるせぇ!よくも恥かかせてくれたなゴラッ!」
「理解できないのはそのガタイだけにしてください!」
「黙れコラ!
とりあえず胡蝶の診察受けーー」
「用事があるので失礼ーー」
ーーガシッーー
「逃すか」
「放してください、人でなし柱」
「はっ倒すぞ?」
「怪我ないのにカナエさんの手を煩わせられません」
「いいから、さっさと手当て済ませろ」
「何でですか」
「何でも言う事聞いてやる約束だろうが」
「・・・」
(「・・・なんでバレてんの」)



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2020.8.9