倉庫から出した荷物を片手にパタパタと廊下を歩いていれば、厨で立ち尽くす後ろ背が目についた。
普段ならそこまで気にしない。
が、今は『普段』とは違うこともあり、心配になった
は声をかけた。
「アオイさーん、鍋吹きそうですよ?」
「・・・」
「アオイさん?聞いて・・・」
そこまで言って、諦めた
は小さく息を吐くと厨に足を向ける。
そしてその辺に荷物を置き、目の前の肩と包丁に手を伸ばした。
ーーポンッーー
「アオイさんってば」
「!」
そこまで大きな声でなかったにも関わらず、目の前の身体が飛び跳ねた。
確保しておいてよかった。
とりあえず包丁をまな板の上に置き、鍋を火から下ろすと
はアオイに振り返った。
「言ったでしょ?あとは私がやっておきますから」
「で、でも・・・」
「無理をして怪我でもしたら、それこそ後が大変でしょう?
アオイさんのこと頼りにしているんですから」
「・・・すみません」
「いいから、いいから。
今日くらいゆっくり心の整理をつける時間にしなさい」
沈んだ声とは対照的に明るく
が返せば、アオイの表情がくしゃっと歪んだ。
憔悴顔のままうつむいてしまったアオイを安心させるように目線より下の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。私にかかれば、数日くらい何とでもできますから」
「・・・どうして・・・」
「ん?」
「・・・どうして、
さんはそんなに優しくて強く在れるんですか」
震える呟きに
は苦笑を浮かべる。
そして、格子越しに見える青空を見上げた。
「そうだね・・・」
あれは遠い日、桜の木の下で交わした思い出。
もしも、どちらかが死んだら果たそうと、互いに交わした一つの約束だ。
「カナエさんが守ろうとしたものを、私も少しでも守りたいと思うだけなんだよ」
桜の花弁のように儚く散ってしまった、その人を想い、少しでも悲しみが和らぐように
はアオイの背中をさすり続けた。
ーー天邪鬼ーー
深夜。
廃村となった一角で、任務を終えた音柱・宇髄天元は自身の日輪刀に布を巻き付けていた。
と、見回りを終えたのか、共同任務の相方である炎柱・煉獄杏寿郎が歯切れの悪そうな表情で近づいてきた。
「ん?残党でも居たのか?」
「宇髄・・・その、なんだ・・・」
「どうした煉獄?地味な反応だな」
「あまり怒らせるのは好ましいとは思えんぞ」
「は?」
「くたばれ!人の忠告聞かない脳筋筋肉達磨があっ!」
ーーバゴッ!ーー
突如、脳天を割る衝撃が突き抜ける。
勢い余って、幅広の日輪刀の刃にも額をぶつけた。
次いで、頭上から何かが破壊された破片がバラバラと落ちてくる音。
「っでぇ・・・」
「・・・」
生理的な涙を浮かべ、振り返ってみれば、普段の穏やかさとは一線を画す、能面のような表情。
パンパンと手につしたホコリを払う仕草。
今しがたやらかした主が誰かは、一目瞭然だった。
「何しやがる!」
「洗濯桶を振り下ろしてみました」
「誰が振り下ろしたブツの話をした!」
「あーあ、見事に壊れてしまいましたね」
「話聞けコラ!つーか、本音と建前逆になってんだろう!」
普通の平隊士ならすくみ上がるだろうが、怒鳴り返された
はどこ吹く風。
一連の流れを見かねた杏寿郎は彼らしい口上を挟む。
「
、これは隊律違ーー」
「煉獄さん」
「・・・うむ。俺は席を外そう」
が、杏寿郎は即座にその場を後にした。
残される柱と平隊士。
たった一言で、現役の柱を追っ払う現状ではどちらの力量が上かは明らかだった。
まるで重さを持ったような圧迫される無言の空気の中、天元に視線を落とした
は淡々と問うた。
「私の話、覚えていますよね?」
遡ること、一昨日。
蝶屋敷で負傷の手当てをした
は天元に最低5日間は安静だと診断したのだ。
『それなのになんでここに居る?私を納得させられる理由があるなら言ってみろ』
とばかりな、目は口ほどに物を言う表情。
味方に向けるには難のある肌を切りつけるような一瞥。
それを正面から受けた天元は、悪びれた様子もなくさらりと返した。
「まぁな」
「は?『まぁな』?
貧相な理解力のようですので、もう一度お伝えしますよ。『最低5日間は安静』と言い
ました。安静の意味が理解できなかったですかね?それは大変失礼しました。任務に出るなって意味ですよ。ここは療養所のベッドの上でなく、屋外です。分か
ります?煉獄さんとここで任務をこなしているんでるよ、私は。
さて、もう一度お聞きしましょうか。
どうして任務に来てるんです?」
「人手が足りねぇだろ」
「そんな指令出てない上、私が代替ですし負傷者は邪魔です」
「平隊士よか使える」
「その平隊士に背後を取られたのにも気付かない人が、あまつさえそんな失態をご披露くださった柱である人が使えると?
とっても面白いお話ですね面白すぎて笑いが止まりませんよ、続きがあるならお聞きしますのでどうぞ続けてください」
「・・・・・・」
いつもの倍に近い辛辣な指摘。
しかも表情は先ほどと変わらないほど無表情の上、声の抑揚も皆無。
傷口に塩コショウと唐辛子まで揉み込んでくれる徹底ぶりに、さすがの天元も閉口するしかできない。
反論をしない天元に、先ほどから調子を変えず
は底冷えする視線のまま告げた。
「お話が済んだならお帰りください」
「上官に楯突く気か?」
「その前に負傷者です」
「聞く気はねぇ」
「なら実力行使で送り返すまで」
鞘を握り、柄にまで手をかけた
。
負傷者にさらにムチを打つことさえ厭わない行動に怪訝さを深めた天元は会話を始めてやっと反論以外を口にした。
「何ムキになってる?」
「これでも怒ってるんですけど」
「は?」
「煉獄さんと私も出てるのに信用してないということですよね」
静かな怒りがにじむ声に、天元は目を見開いた。
「不愉快ですよ。
怪我人を前線に引っ張り込まないと勝てないと思われてるのがとてつもなく不愉快で
す」
「お、おい・・・」
「柱のくせに、死に急ぐなら時と場を弁えてください。
それともあれですか、カナエさんみたいに私の前から消えるおつもりだったとかです
か?
そんなに私が嫌いなら私の知らない遠くで消えてください」
「ちょ、待ーー」
「あ、間違えました、そもそも私があなたの事嫌いでしたね。
それでは人の言うこと聞かない嫌いな人に構ってる暇ないので後はどうぞご勝ーー」
ーーパシッーー
まくし立てその場を去ろうとする
の手首を武骨で大きな手が掴んだ。
「・・・悪かった」
小さくも、謝意が込められた声に
の足が止まる。
立ち位置から表情は見えないが、天元はきまり悪そうに続けた。
「呑気に寝てなんざいられなかったんだよ。
お前が代わりに行ったって聞いたら・・・」
「・・・」
「胡蝶の葬式から日も浅い、無理するのは目に見えてた。
お前、胡蝶と仲良かった上、長期任務から戻ったばっかのくせに妹やら屋敷の連中相手にずっと動き回ってただろ、うが・・・?」
そこまで言った天元の言葉が途切れる。
何しろ、耳の良い彼に届いてきた音は、告げられた言葉を喜ぶものでも、嬉しさを隠すようなものでもなく・・・
「はあ?」
能面面の方がまだマシだと思えるような、怒りが煮えたぎるような激情。
振り返って見せられたあまりに予想外過ぎた反応に、天元の抜けた声がこぼれた。
「・・・・・・え?」
「私を侮辱するのも大概にてください」
「侮じょ・・・・・・はあ!?俺は心配して来たっつったろーが!」
「余計なお世話だと言っているんです、柱のクセに負傷して任務に支障をきたすような
人に心配される謂れも気遣いも要りません、気持ち悪い」
「きも!?」
流石に絶句する天元に、掴まれた腕を振りほどいた
は吐き捨てた。
「上官だと言うなら、私にこんな事言わせないでくださいよ。音柱サマ」
>おまけ
「おま・・・んっっっっっとに可愛くねぇ!」
「あら、今頃分かったんですか愚図ですね」
「はあぁ!?」
「さて、煉獄さんの手当てに行きますか」
「ちょっと待て!目の前の怪我人は放置かよ!」
「自業自得は知りません」
みんなに幸せに生きて欲しいという約束をないがしろにする相手に激おこ、なヒロインさん
たまには本気で頭にキタっていいじゃない
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2021.04.18