ーー信頼のアカシーー




















































































































用がある屋敷に入る前。
耳障りな言葉を聞いた。

『聞いたかよ、鬼殺隊に鬼が入ったって話』
『ああ、聞いた聞いた。
オレ達が死ぬ思いで闘ってるっつーのに何で殺さねぇで仲間になるんだよ』
『最近じゃ、卑しい捨て子や餓鬼まで入隊してるらしいしな』
『鬼殺隊は託児所じゃねぇのに何考えてやがんだか』

あーあ。
ったく、折角おいしい団子が手に入ったというのに。
間が良くなかった。
とはいえ、聞き流すにしては耐えない。
彼らが鬼殺隊に入隊した事に後ろめたさもあるが、誠心鍛錬に励む相手を貶めるのは不愉快極まりなかった。

「他人の下世話に時間を割く暇があるなら鍛錬の一つでもしたらどうですか?」

思った以上に冷たい声になってしまった。
だがその自覚はあっても退くつもりはない。
こちらの指摘が気に食わなかったのか、2名の隊士は自分の視線より低い に険のある視線を返した。

「なんだよお前」
「彼らはあなた達よりひたむきに鍛錬してるし、他の隊士を貶める事もしていない。
鬼殺隊の看板に胡座をかくことは恥と知りなさい」

2対1となっても は怯むことなく、半身を引いて下から睨み上げる。
それが癪だったらしい。
短気らしい片方が に向け拳を上げる。

「このーー」
ーーヒュッーー

瞬間、男の眼前に突き付けられる鞘。
二人の隊士は眼前のそれと、その奥に静かに佇む冴え冴えとした瞳に息を呑んだ。

「っ!?」

血の気が失せる顔を目の前に、 はにっこりと笑みを浮かべた。

「この程度、あなた方が話していたその人達なら簡単に避けられますよ」
「こいつ!」
「おい!止せって!」
「腰に下げているのが飾りらしい反応ですね。
それは託児所で遊ぶ為の玩具とは違いますよ」

すっと笑みを消した の嘲り。
暴言であるそれに二人組はついに腰に下げた柄に手をかけた。

「調子に乗りやがって!」
「この!」
「・・・」
「後悔させーー」
「五月蝿えぞォ」

対峙を破った声に二人組はびくりと肩を震わせた。
そして振り返って見たその表情に怯えを見せた。
大半の隊士がその凶暴さから畏怖している、風柱・不死川実弥。

「「!!」」
「本部敷地内で抜刀たァ、いい度胸だなァ」
「か、風柱様!」
「し、失礼致しました!」

叫んだ直後、隊士二人は脱兎の如くその場から消えた。
そして二人組の後ろから現れた傷だらけの顔に向かって、 はにっこりと笑みを返した。

「こんにちは、不死川さん」
、てめェ俺が居るのに気付いてやがったな?」
「まさかー、助けていただきありがとうございました」
「けっ、てめェを助けた覚えはねぇぞォ」

とぼけた軽い調子の相手にそっぽを向いた実弥を目の当たりにし は目を瞬いた。
実弥が居る事には気付いていた。
向こうもこちらが気付いていたのは知っていたようだし。
ただ実弥が出てこなかったとしても、 は相手を追い払うつもりでいた。
勿論、灸を据えた後だが。
だというのに、わざわざ助けに入ってくれた。
柱の目の前で表立った事をする命知らずな隊士は普通居ない。
そもそも が柱の助けを借りるほど先ほどの二人組より弱くもないのは彼は知っていたはず。
その柱が『お前を助けたつもりではない』ということは・・・
その言葉の意味するところに、 は悪戯顔を深めて返した。

「それって・・・『あの子達』を庇ってわざわざ仲裁に入ってくれたってことですか?」

僅かに距離を縮めた の企み顔に、実弥はひくりと米神を波打たせた。
一般隊士なら竦み上がっていただろう、凶悪な顔で凄む実弥だが の態度は変わらない。

「おい、 ェ・・・喧嘩売ってやがんのかァ?あ?」
「ふふふ、そんな顔に見えるなんてちょっと心外ですけど」
「上等だァ・・・叩き斬ってやる」
「あれ?本部敷地内で抜刀は御法度なんじゃないですか?」

胸倉を掴まれているにも関わらず はこてんと小首を傾げて見せる。
本気で無いことを見抜かれている事に、実弥は鼻を鳴らしその手を離した。

「・・・ふん、んな腑抜け面ァ叩き斬る気も萎えらァ」
「あら、ありがとうございます。
しのぶさんはご在宅ですので、どうぞお進みください」
「・・・ああ」

後ろ背を見送ると、 は小さく嘆息した。
本当ならそれに続きたいところだったが、くるりと方向を変える。
そして玄関から死角となっている縁側の隅にずいっと首を突き出した。

「で?善逸くん、そこで何してるんですか?」
「ひぃぇあっ!?」

奇声を上げ飛び上がった善逸に、 はとても可笑しそうに破顔した。

「あはは、ごめんなさい。見苦しい所を見られてしまいましたね」

善逸のしどろもどな様子はどう見ても先ほどの悶着を見ていない反応ではなかった。
若干、事を大きくした自覚もある は苦笑混じりに善逸と一緒に縁側へと腰を下ろした。

「最近はどうもあんな隊士が多くて・・・嫌な思いをさせてごめんなさいね」
「そ、そんな さんが謝る事じゃ・・・」

尻すぼみに呟いた善逸の言葉は途切れるが、その表情は心情を物語っている。
にも関わらず、反論を口にすることなくただ耐える。
それは自分の価値を認められないのか、単に相手の言い分に甘んじているのか。
とはいえ、短い間に何度か任務を共にしていれば彼がいかに自分に自信を持てず、自分を卑下している心情なのは察しがついた。
だが、その心情はそのままにしておくのは間違っている。
抱いている思いの正しい形を は言葉にした。

「善逸くんは優しい上に強いですね」
「優しいのは炭治郎ですよ。
俺強く、なんかないし、捨て子なのは事実だし・・・」
「・・・」

相変わらず、とんでもなく後ろ向きだ。
育手も苦労したと話を聞いているが、こればかりは少しずつ教えていくしかない。
俯く善逸に は静かに言葉を紡いだ。

「これから話すのは単なる独り言なので、聞き流してくださいね」
「はい?」
「15年ほど前になります。ある女の子の身内が鬼に皆殺しにされました」
「!」
「この鬼殺隊では特段珍しいものでもありません。
ただ、残念ながらその子は悲しいと思えなかったんです」

まるで道端に転がっている小石を眺めているように。
感情の起伏が皆無な事実の音に、善逸は話している相手以上に狼狽を見せた。

「え・・・だ、だって・・・」
「ええ。普通なら悲しむでしょうね。
でもその子は悲しむ為に必要な親の愛情というものを感じた事がなかったんですよ」
「!」
「少々特殊な家系だったので、物心ついた頃には鬼を殺す為の鍛錬の日々。
逃げ出す事もできず、その選択肢すら選べず、出来て当然の日常で、出来ない者は出来る者の踏み台の扱いでした」

記憶に残るのは暗い思い出ばかり。
いや、正確に言えばよく思い出せない。
周りは志を共にする同志ではなく、己を害する存在。
ひたすらそう刷り込まれ、ただただ強くなることだけを求められた。

「その後、暫く親類に預けられた時に薄情者だと罵られたのも当然です。
親兄弟が殺されたはずなのに、どうとも思えず感じず。
それが親類には不気味に見えたのでしょう。
とはいえその親類も結局、鬼に殺されてしまいましたが」

鬼の目的は自分だったのだろう。
目の前で鬼に殺された名前も知らない親類だというソレの目は忘れられない。
『お前の所為だ』
言葉でないからこそ深く刻まれた。
あの時は身を竦ませるしかできなかった。
だがその後、保護され自分の家系がどんなものかを教えられた。
やっと理解した。
ただ強さを求められた理由。
果たさなければならない己の宿命。
どれだけ自分が血に塗れた犠牲の上に立っていた罪業の塊の一族だったことか。
深い悲しい音に善逸は恐る恐るといった様子で口を開く。

「・・・」
「今ならそれがどんなに異常な事かがよく分かります」
「・・・どうして」
「?」
「どうしてそんな辛い事を俺なんかに話してくれたんですか?」
「不公平でしょ?」

悲しみの音が霧散しにっこりと笑みを返される。
その言葉に善逸は目を見開いた。
他称を使われていたが、誰の身の上話か想像がついてしまった。
不幸の程度は人それぞれだろうが、同じ傷を持っている者同士の共感は心の距離が近い錯覚を起こさせる。
固まったままの善逸に、 はそもそも独り言ですしねと悪戯っぽく笑った。

「これでも私は善逸くんのこと信頼してますから、口軽く吹聴するとも思えないですし」
「え!?そ、そそそりゃそうですけどぉ〜」
「ま、生まれも過去も変えられないし、そうなった事情なんて分かるはずもないですけど・・・
分からないものを求めるより、あるものに目を向ける方が少しは生きやすいと、鬼殺隊に入って教えて貰いました」

自身の事情には目を伏せ、 は冴えない表情に戻った善逸に向け穏やかに続けた。

「善逸くんは、桑島さんの継子で、炭治郎くんや伊之助くんの大切な同志で禰豆子ちゃんに素直な気持ちを向けられる素敵な子です」
「!!!」
「違いますか?」

頬に手を当て視線を合わせて問えば、赤くなった善逸が再び顔を俯かせた。

「ち、違わない、です///」

己の言葉で彼が自信を持つとは思っていない。
だが、少しでも知って欲しい。
同じ仲間として、同志として、少し長く生きた先達として。
必要とされていること、強さを持っていること、信頼されていること。

「他の隊士がなんと言おうと、あなたが私には大切な同志という事実は揺るがない。
だから・・・」

例え害するものが居たとしても、それが同じ隊士の心ない言葉だとしても。
僅かでもその心に寄り添えるなら・・・
その祈りを込め、 は俯く頭に優しく手を置いた。

「胸を張りなさい、我妻善逸」






























































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2020.5.2
2020.5.10修正