「ふーん、3人はそんな出会いだったんですね。面白かった」
「面白くないですよ!」

ころころと笑う相手に、少年は猫が威嚇でもするように叫ぶ。
それすら面白いように相手はさらに笑いが大きくなった。

「いやー、久しぶりに笑わせてもらいました」
「・・・あの、さん。前から聞きたい事があったんですけど」
「ん?何ですか?」
「宇髄さんと気が合ってるみたいに見えるんですけど、最初からそうだったんですか?」

柱稽古の休憩中、金糸の歳下隊士に問われはきょとんとした顔が返される。
固まって注視された善逸は見つめられている事で顔を赤く染める。
後、が盛大に吹き出した。

「あははははは!や、やばい!さっきの比じゃない!」
「はあ!?それ笑うところですか!?」
「あーもー、ダメ。笑い過ぎてお腹痛い」
「・・・」
「はぁ〜笑い疲れた。
さて。さっきの質問、善逸くんが想像してるのと真逆ですよ、すんごい真逆」
「真逆?」
「ええ。もう第一印象は最悪、特に私の方は隊律違反もスレスレであの人に食ってかかてましたしね」
「ええ!? さんが!?」

過剰に驚く善逸にはくすりと笑った。

「大して面白くもない話だけど知りたいですか?」
「是非!」
「んー、そうですね。
今からになると5年前ですか、ちょうど今の善逸くんと同じ歳でしたね」



















































































































ーー武士は相身互いーー



















































































































岩柱邸。
太陽が中天にかかる頃、涼やかな声が屋敷に響いた。

「失礼します」
か、どうかしたか?」
「・・・悲鳴嶼さん、よろしければ裏山貸していただけないでしょうか?」

いつもより低い声のようなそれ。
確か任務に就いていたはずだが、特に怪我をしているような気配はない。

「うむ。ちょうど今は他の誰も使っていない。好きにするといい」
「ありがとうございます」

深々とお辞儀を返したであろうの気配が遠くに消える。
それを見送った行冥は湯呑みを傾けた。

(「随分と殺気立っていたな・・・」)
「来客か、悲鳴嶼さん?」
「うむ。たまに来る隊士でな。
今日はいつもより険のある空気だったのが気になるが・・・
まぁ、気が済んだら戻ってくる。後で紹介しよう」
「ふ〜ん」

行冥と話を終え、男は岩柱邸の裏山の散策をしていた。
自身の屋敷とは違う広大な敷地は、そこそこの人数の集団鍛錬も可能なほど広い。
と、視線の先に白が掠める。

(「?誰か鍛錬でもしてるのか?」)

滝の流れる轟音の先、滝壺の位置に水飛沫とは違う白が見えた気がした。

「・・・」

だが、目を凝らしてもそれらしい姿はなかった。
見間違えるほど視力が弱いつもりはなかったが気のせいか?

(「居なーー!」)
ーードゴーーーン!ーー

殺気を感じ取った瞬間、僅かに後退すれば先ほどまで立っていた場所に何かが落下する。
衝撃によろめき、後頭部が幹に当たった。

「って」
「覗きとは無作法にも程がありますね。
斬り捨てられる覚悟はーー」

髪から水を滴らせ、木刀を突きつけられる。
が、鋭い視線を向けられる相手が誰か分かった瞬間、僅かに空気が和らいだ。

「・・・音柱様?」
「おー、初対面相手にご挨拶だな」

陽光の下でも目立つ白い肌、白銀の髪、こちらを見下ろす紅紫の瞳。
鴉から新しい柱の就任は聞いていたがこんな人だったのか。
どうにも柱になるのは曲者揃いらしい。
隊服ではない着流し姿を目の前に、滝着姿のは深々と嘆息すると突き付けていた木刀を下げた。

「失礼致しました。
己、と申します」
「音柱、宇髄天元だ。上官相手に威勢がいい隊士だな」
「先ほどの事は謝罪済みと記憶しております」

濡れた髪の間からすいと目を細め、は相手を見据える。
自身よりもずっと高い長身、筋骨隆々とした男子でも恵まれた体格。
自分では決して届かないそれに羨望と嫉妬がちりっと胸を焼いた。
とはいえ、そんな無意味な事を表に出しても仕方ないと、は小さくため息をついた。

「それで、音柱様は何をなさっているんですか」
「別にたまたま散歩で通りかかっただけだ」
「岩柱邸の裏山はたまたま散歩で通りかかる所とは違います」

呆れた様子を隠さずそう言ったは、木刀を置き滝行で濡れた髪を手拭いで拭き始める。

「おーおー、殺気立ってんなぁ。任務に失敗でもしたか」
「鬼は殲滅させました。失敗したと言われる筋合いはありません」
「・・・」

突き放す刺がある言葉。
上官相手には適さないだろうそれに、処罰の一つも申し渡されるかもしれないが、今はそんなことどうでも良かった。
さっさと消えて欲しいのが本音だし。
乱暴に頭を拭いた手拭いを首にかけたは素振りに移るかと、上官にくるりと背を向けた。


「私はもう暫く鍛錬したいので、用がないなーー!」
ーーガッ!ーー

不穏な気配を瞬時に感じたは、すぐさま木刀を手にし振り上げた。
と同時に両腕に重い衝撃が走りぱさりと手拭いが地面に落ちた。
そこにはこちらと同じ木刀を手にした天元がいたことでの視線は険しくなる。

「何のつもりでしょうか」
「一人じゃ味気ねぇだろ、付き合ってやる」
「・・・わざわざ木刀持参で散歩ですか」
「うるせぇよ。どーするんだ?」

あからさまな挑発。
普段なら相手にしないが、今日に限ってその安い挑発すら躱すことが出来なかった。

「胸、お借りします」

落水音に混じって、木刀の打ち合う音が響く。
至近距離での打ち込みの応酬。
容赦ないそれは、いつ終わるとも限らない。

(「こいつ、急所ばっか狙ってきやがる」)

引き結ばれた口元、目元は初めてこちらを射抜いた時よりさらに鋭さを増している。
背筋をぞくりとさせるものを感じる気迫に、天元の口元にも笑みが浮かぶ。
階級から相手にならないものと思っていたが、これは思った以上に楽しめるかもしれない。
そして両者の打ち込みはさらにスピードを増していく。
鍛錬と呼ぶには生温い、真剣じゃないだけでほぼ実戦に近い。

ーーチッーー
「!」

と、僅かに気が緩んだその時。
頬を相手の木刀が掠めた。
それに思わず闘争心が昂り、今まで相手に合わせてきた以上の力で打ち込んだ。
瞬間、相手の手から木刀が弾かれ急遽、打ち合いの幕が下りた。

ーーカラーンーー
「っ・・・」

はた、と天元は我に返った。
咄嗟とはいえ体格の違う相手の木刀を加減なく弾いてしまった。
その相手は、痛めたのか手首を押さえるように蹲っていた。

「あ、悪りぃ。思わずーー」
ーーパンッ!ーー

伸ばした手が弾かれる。
露骨な拒絶。
視線が伏せたままの相手の顔は見えないが、当然天元は面白くない。

「あ"?」
「あ・・・すみません」

どうやら無意識だったらしい行動に、天元は怪訝な顔で見下ろす。
対してもバツの悪い表情を浮かべ、小さく息を吐いた。

「大変失礼致しました。それと長い時間お相手ありがとうございます」
「あ、おい」
「すみませんが、私は滝行に戻りたいのでここで失礼致します。音柱様」
「おい」

早足で距離を取ろうとするに、滝着の服の端を掴んだ天元が阻んだ。

「待てって言ってんだろ。ナニ上官様を派手に無視してやがる」
「ですから、私は滝行に戻ると・・・」
「てめぇの木刀忘れてーー!」

言葉が止まる。
先ほど打ち込み使用していた落ちた木刀を手にした天元は予想外の重さに思わず手にした木刀を見た。

「・・・おい、これ本当に木製か?」
「木製です。鉄木と言って少々特殊な種類ではありますが」
「真剣よか重いだろ」
「ですから鍛錬で使用しております」

重さを確認するような天元に、は苛立たしく木刀を奪い返す。
そしてもはや露骨さを隠す事なく、は不機嫌さを増した顔で相手を見据えた。

「あの、これ以上私にご用でしょうか?
柱の方ならお忙しいと思いますし、入隊して短期間で柱になられた音柱様ならお館様のご期待も大きいはずです。
こんな末端の隊士にかまけている時間はないと愚考致しますが?」
「・・・」
「冷やかしでしたら、他を当たって下さい。
次に私にちょっかいを出すのなら、本気で斬ります」

もはや規律違反と取られかねない発言。
それでも尚、はこの場を離れない同志であり上官に冷えた視線を向ける。

「ぶっ!」

そんなこちらの心境を嘲笑うように、上官は吹き出した。

はっはっはっはっはっ!やぁー、悪りぃ悪りぃ。
悲鳴嶼さんが気を揉んでる隊士ってのがどんな奴か見てみたくってよ」
「・・・・・・」
「まぁまぁ、んな不細工な顔すんなって」
「失礼致します」
ーーガシッーー
「まぁ待ーー」
ーーガガッーー

肩に置かれた手に容赦なく木刀が振るわれる。
しかしそれは易々といなされた。
再び対峙することになり、ついにの忍耐に限界が来た。

「いい加減にして!
用が無いならとっとと帰ってよ!
今誰かと話す気分でも打ち合いする気分でも無い!
散々こっちが距離を取ろうとしてるのにズカズカ入り込まないで!!」

半ば泣き叫ぶように、鍔迫り合いの中で相手に叩き付けた。
その騒音に潜んでいた鳥が空に羽ばたく。
先ほどとは違う、肩で息をし呼吸を大きく乱したに、バツの悪い顔で天元は頬を掻いた。

「あーなんだ・・・その、悪気は無かった。
単にお前さんがどんな隊士か見たかっただけでな」
「・・・なら、目的は達したはずですよね」

深く息を吐いては再び語調を戻した。
そして競り合っていた木刀を引き、上官に背を向けると再び滝行への道へと歩き出した。

「なぁ、何をそこまで思い詰めてる?」
「!」

不意打ちの言葉に歩みが止まった。
肺が凍る。
無心を装っていた鎧が瓦解したような音が響いた。
軋むような音を締め出し、は動揺を見せまいとしたまま振り返った。

「・・・何の事ですか?」
「俺は派手に耳が良いんでな。
お前、極度の緊張状態だ。随分張り詰めてーー」
「止めて」

小さな呟き。
だが絶対的な拒絶に天元の方が口を噤んだ。
その先を語られるのが、自分以外の口から聞くのが耐えられなかった。
相手から反応が無かったことで、今度こそは振り返ることなく歩みを戻した。











































































































「で、『鍛錬に戻る』って滝行に行ったみたいだぞ」

夕暮れ時。
岩柱邸に戻った男の言葉に、いつも以上に表情を曇らせた行冥は黙って天元の言葉を聞いていた。

「・・・」
「度胸も腕も、俺ほどではないがなかなかだな。
上官に対して喧嘩っ早いのも気に入った」
「・・・」
「やー、悲鳴嶼さんが派手に気を揉むのも同感な隊士だな。あいつは」
「宇髄・・・」
「ん?」
「訂正しておくが、は普段から礼儀を失する隊士ではないぞ」
「あ?
あー、そういやあいつも途中までは・・・いやいや、ド派手に喧嘩売ってたぞ」

何よりあの啖呵の切り用は個人的に好ましい。
それに今後の伸びしろも期待できる。
楽しげに語る歳若い柱に、行冥は小さく嘆息した。

「お前が戻るまでの間、が行っていた任務の報告を鴉から聞いてな」
「あぁ、鬼は殲滅したって言ってたやつか」
「小さな山村の鬼狩りだったらしいが、確かに鬼は殲滅したようだ。
だがーー」
「只今戻りました」

タイミングが良いか悪いのか、行冥の言葉を遮るように帰宅の声が上がる。
そして、こちらに近付いてくる足音が徐々に大きくなっていく。

「悲鳴嶼さん、長い時間裏山お借りしましてーー」
「よぉ」
「・・・」

瞬間、の纏う空気が険を帯びる。
それを察したのだろう、行冥は語調を変えず続けた。

、よく戻ったな。すでに知ってるとは思うが紹介しよう。
先日、柱に就任した音柱、宇髄天元だ」
「さっき振りだな、
「先ほどは大変不躾な態度の数々、お詫び申し上げます。
改めまして。己、と申します」

縁側に居る柱二人に居住まいを正し、三つ指を付いたは深々と頭を下げた。
裏山でのやり取りとは一変している態度に、あからさまに天元が楽しげに言った。

「己なぁ、その階級で柱に一本取れるたぁ、柱も大した事ねぇよな」
「・・・」
「焚き付けたのはお前だろう」
「へへ、否定はしねぇがな」

軽薄な天元を咎めるでもなく、態度を特に変えない行冥。
だが、それを前にしたの空気はどんどん険悪さを増していく。
しばらくして、爆発しそうな怒りを収めるようには深く息を吐いた。

「では、紹介も済みましたので失礼してもよろしいでしょうか」
「うむ。湯の用意は整っている、温まって来ると良い」
「はい、ありがとうございます悲鳴嶼さん。
それでは失礼致します、音柱様

露骨に見せた温度差の対応に、天元は口をへの字に曲げた。

「・・・なんだありゃ。可愛げが皆無だ」
「宇髄、お前は何を仕出かしたのだ?」
「別に、単に稽古相手してやっただけだぜ」










































































































懐かしむように目を閉じていたは、話を区切るようにこちらを見上げる善逸にふわりと笑った。

「まー、そんな感じで昔から遠慮がない人でしたね」
「・・・」
「その後も暫くは険悪で・・・まぁ流石に任務中は割り切ってましたけど」
「じ、じゃあ、いつからーー」
「ぜーんーいーつー」
「ヒィッ!」

突然現れたのはその話題になっていた元音柱。
そして身を竦めていた善逸の頭を巨大な手が鷲掴んだ。

「なぁーにサボってやがる、ゴラ!」
「アデデデデデ!頭骨割れるぅっ!」
「とっとと走り込み行ってきやがれ!」
「わーん!宇髄さんのバカァッ!」
「てんめぇ・・・10周追加だ!早く行きやがれ!」

善逸を蹴飛ばし急き立てた天元に、はあからさまな非難を語調に込めて下から見上げる。

「あーあ、可哀想に」
「お前も何サボってやがる」
「私はもう終わらせました。休憩もあと少し時間が残ってまーす」

他の隊士が体力を尽かせへたばっている中、息も乱さずのんびりと語る
それは出会った時とは全く異なる姿なそれに、天元はしげしげと相手を見下ろす。
すると、すぐそれに応じが返された。

「?何ですか?」
「お前も丸くなったと思ってよ」

耳が良い彼の事だ、大方、自分の話を大半は聞いていただろう。

「私も若かったですから。未熟者だった事実は認めます」
「・・・」
「それに己と折り合いをつける事もそれなりにできましたから」

あの時とは違う、激情を覆う微笑みと冷静な音。
もう瞬時には心情を図れないそれに、思わず手が伸びた。


「さて、では私ももう少し鍛錬を続けますか。それでは」

その手からするりと逃れるようには走り出した。
それを見送った天元は、出会った時の事を思い出していた。
あの時より大きくなった背。さらに伸びた実力。
感情をぶつけてきた歳若いあの時とは違い、今は何事も冷静に対処できている。
善逸と話してあのような屈託なく笑っている姿を今ではよく目にするようになった。
そう、あの時の今にも崩れてしまいそうな時よりずっといいはずだ。



『お前が戻るまでの間、が行っていた任務の報告を鴉から聞いてな』
『あぁ、鬼は殲滅したって言ってたやつか』
『小さな山村の鬼狩りだったらしいが、確かに鬼は殲滅したようだ。
だが、その山村に生き残りは居なかったそうだ』
『・・・そういう仕事だろ、俺らの仕事は』
『だが同じ鬼殺隊である以上、我々は共に助け合う必要があるのは事実だ。
はお前と歳も近い、長い付き合いの私より打ち解けやすかろう』
『・・・どうだかねぇ』



あの時は正直、何となく関わりたくない気がした。
別れた時の張り詰めた声。
突けば壊れてしまいそうな危うい後ろ背。
今はそんな姿を見せる事はなくなったが、時折聞こえる音は相変わらず張り詰めたものを見せていた。

「無駄に隠し達者になっただけ、厄介な奴だぜ」

























































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2020.5.2