煌びやかな照明が躍り、着飾った招待客の談笑が響く。
ホール中央、レコードから流れる音楽に合わせて男女の組がステップを踏んでいるのを遠目に見ながら、 は手元のグラスを傾けた。

(「面倒だな・・・」)

内心呟き、今回の任務の難航具合に小さく嘆息した。

















































































































ーー仲間で戦友で、その先はーー


















































































































「船上パーティー、ですか?」

産屋敷邸へ呼び出しを受け、お館様と接見し今し方聞かされた任務の内容に は難しい表情を浮かべた。

「ああ。君には遊宴と伝えなくても意味は分かるかな」
「それは勿論。
ですが、仰る感じですと主催は西洋人でしょうか?」
「流石だね、 。予想している通りだよ」
「・・・」
「今考えてもらっている通り、不慣れな場だ。
潜入する人選は厳選する必要があるんだ」
「単独では・・・ですよね」

雄弁な表情にすぐに は退いた。
すみません、言ってみただけです。

「招待客は分かってるのでしょうか?」
「主に西洋と取引が深い家柄ばかりだね」
「となれば・・・」

人選を誤ると任務は難しいということだ。
何より男女組での潜入。
しかも場が船上、いつものように大立ち回りができるとは思えない。
となると・・・

風柱:性格上の問題で却下
水柱:コミュ障で却下
蛇柱:後が面倒で却下
炎柱:言動に不安で却下
音柱:悪目立ちの予感大で却下
岩柱:問題なさそうだけど背丈で却下

・・・あれ?

「う、うーん・・・・・・」

え、どうしよう、居ない?
待て待て、落ち着いて考えて?

風柱:最終的に乱闘騒ぎ
水柱:うっかりドジっ子力発揮で大騒ぎ
蛇柱:どう逆立ちしても後が面倒
炎柱:食事に夢中になりそう
音柱:目立ちたがりで張り合い騒ぎ
岩柱:西洋文化は無理かも

・・・あれ??
唸りが続く を見かねたのか、お館様から苦笑が返された。

「やはり難しいかな?」
「い、いえ・・・
その、人選に難航していると言いますか、絞るには私の技量不足と申しますか・・・」
「ならもう一組作るのはどうかな?」
「・・・もう一組」

とは言っても、女性の柱は二人だけだ。

恋柱:他の男に言い寄られる可能性大で相方の暴走&ポンコツ化の可能性大→任務どころじゃない
蟲柱:水柱をなんとかコントロールしてくれるはず

「では、蟲柱と水柱を」
「分かった。では は誰と組むのかな?」
「・・・・・・んぐ・・・」

もう一組は即決できたが、自分に再び矢印が戻ってきた。
とは言っても、残り5人。
ただ、二組での潜入なら戦力は申し分ない。
となれば、最悪潜入さえできればその後の展開はどうにでもなるか。

「・・・で、では・・・」

指名された隊士に伝令が伝えられる。
ちょうど任務に就いていなかった としのぶは、某西洋呉服店へ潜入任務用の衣装合わせをしていた。

「はぁ・・・」
「あら、どうしました さん?」

幕越しにしのぶの声が響く。
人選で七転八倒苦節したことを思い返していたんだ、などという心情を語ることなく ははぐらかした。

「何でもないですよ。それよりどうですか?」
「着慣れないものなので・・・これで合っているのでしょうか?」
「見ますよ、失礼しますね」

目の前の幕を開け試着室の中へと入る。
そこには普段の隊服でも和装でもない、バッスルラインのドレスに身を包んだしのぶが立っていた。
ざっと身なりを確認する。
ほとんど問題ない。
さすがは何でも卒なくこなす。

「ええ、問題ありません。あとは後ろのホックをこうして・・・はい、出来上がりです」
「ありがとうございます」
「いえ。よくお似合いですよ」
「ふふ、ありがとうございます。
これで相手が冨岡さんでなければ言う事はないのですが」
「まぁまぁ。
潜入先の招待客の中には最新の製薬や医療の名家も参加するそうですから、しのぶさんなら話を合わせられますよ」
「そうですね、冨岡さんには黙ってもらった方が助かります」

さらりと酷いことを言う。
ま、自分も同じように思っていたからまぁいいか。
他の衣装合わせのため、試着室から出たしのぶはまだ西洋ドレスを着ていない に問うた。

「ところで さんはまだ着ないのですか?」
「ええ。念の為、私は相方が終わってからにします」
「そのお相手は?」
「あー、その人なら今、着替えてもらーー」
ーードゴッ!ーー

店内で耳にするには物騒な騒音。
想定していた『念の為』的中に、 は深々と嘆息した。

「はぁ・・・やっぱり人選失敗しましたかね・・・」

そう言いながら、 はしのぶの残りの衣装合わせを店員に任せる。
そして自分は騒音の元へと重い足取りを進めた。
少しして、 はそこに立っていた壁に拳をねじ込ませていた相手に声をかける。

「不死川さん、いい加減にしてください」
「んだァ?そりゃこっちの台詞だァ

相変わらずの喧嘩腰だ。
店員が怯えている。
任務前から問題を起こさないで欲しいんだが・・・。
血走る目で睨みつけられても、柳の雪に折れなし。
涼しい顔の は狂犬さながらの男に鶴の一声を上げた。

「そーですか、お館様の指令を無視するということですか」
「・・・」
「まぁ無理なら煉獄さんと交代ですね。
お館様の指令遂行は不死川さんが無理らしいよ うですから」
「・・・」
「では、不死川さん。煉獄さんを呼んでーー」
「必要ねェ、俺がやってやらァ」

怒気を収めた実弥に はつい、と半泣きの店員に視線を向けた。

「というわけですので、引き続き衣装合わせをお願いしても構いませんか?」
「は、はい。畏まり、ました・・・」

準備は終わった。
と実弥、しのぶと義勇の二組は目的の客船へと乗り込んだ。
潜入は招待状のおかげで問題なし。
さてここからが本番だ。
陸に戻るまで4時間の間に手がかりを掴まなければ、次の開催まで手をこまねく事になる。
このパーティで人が失踪している原因の鬼の討伐を。

(「けど、話を聞く限り鬼と断定してもいいのかな・・・」)

ホールに入って早々それぞれ情報収集へと別れた。
主に西洋人から話を一通り聞き終えた は、話し過ぎて枯れた喉を潤すためグラスを傾けた。

(「社交辞令ばっかで疲れた・・・
そして主催者がまだ現れないってどーいう事なんだろか」)

ホールを見渡すが、西洋人は話を聞いた者ばかり。
これからどうしようか、と迷っていると柱に背を預けている自分の相方がミスマッチな空気で佇んでいた。
見慣れた隊服とは違う、シャツにベスト、襟首にはクロスタイの洋装。
上背もあり整った顔立ち、ハタから見れば見惚れるだろう。
口を閉じ、目元を険しく吊り上げず、空気で人を殺しそうな圧を引っ込めていれば招待客の女性陣からひっきりなしに声がかかったはずだ。
残念ながら、今実行できているのは口を閉じているだけ。
そしてその当人は窮屈な首元から逃れるように首を回していた。

(「前、開けてぇ」)
「開けたら海に落としますからね」

壁の花を決め込んでいる実弥の心を読んだ が先手を打つ。
瞬間、米神にピキッと血管を浮かべ、鋭い眼光で を睨み付けてきた。

「あ"?」
「次、その濁音の返事を返しても落としま〜す」
「・・・」

紺色のドレスグローブでグラスを持ったまま、にっこり、と圧を乗せた の笑顔に実弥は閉口した。
潜入にあたり実弥は洋装の他、化粧で目に見える傷も によって隠されていた。
手間を増やさないようにと、散々念押しされ任務前から相当のフラストレーションが高まっているようだ。
だがその吐口を当人に向ける訳にはいかず、実弥は深く息を吐くと預けていた背中を壁から離し歩き出した。

「風に当たってくらァ」
「お気をつけて」

の見送りに無言が返る。
潮風に吹かれながらテラスに出た実弥はホールを振り返った。
闇の帳の中、明かりが煌々と灯されまるで世界から浮き彫られているような錯覚を覚える。
まるで身の危険に陥った事など一度もないような、安穏とした鬼とは無縁の世界。
求めたはずの世界。
何故かそれが酷く腹立たしく思えた。
と、実弥の視線の先。
紺色のドレス姿に長身の西洋人が初対面とは思えない距離感で並んでいた。
どう見ても、そいつの腕が相方の腰に回されている。
先ほど以上の腹立たしさが湧き、実弥は大股でホールへと戻ると不届き者の腕を捻じ上げた。

ーーグイーー
「!」

自身より上背のある金髪、彫りの深い顔が歪む。
しかしそれに劣らず、実弥も鋭い視線で睨み上げた。

「こいつは俺の連れだ」
「Hey! Don’t stand in my way!」
「あ"?」
「You are rude」
「What's !?」
「This is my husbands, so please excuse me」

流暢な聞き覚えのない言葉を放った は、実弥の腕を取り颯爽と歩き出す。
その後ろでは実弥に腕を捻じ上げた西洋人が喚いていたが、何を言っているかは分からなかった。
先ほどの実弥が出ていたテラスまで来ると、 の足がようやく止まった。

「はぁ、すみません不死川さん。助かりました。
さすがにこの姿で相手を投げ飛ばすわけにはいきませんでしたから」
「・・・」
「どうされました?」

普段なら文句が飛んでくるだろうシチュエーション。
なのに相手からは無言。
逆に不気味で首を傾げていれば、実弥はボソリと呟いた。

「西洋の言葉、喋れんだなァ」
「まぁ多少ですが。だから今回の任務、ご指名かかったわけですからね」
「ほーん。でェ?何て言ったんだァ」
「え・・・」

その言葉に は固まり、対して今度は実弥が首を傾げた。
が、すぐさま はにっこりと笑って返した。

「不死川さんと同じ事ですよ」
「そうかァ・・・」

続く質問が無かったことと、それ以上の無言から顔を背けるように は情報共有を先に進めた。

「ホール内に鬼の気配は無いと思います。
ただ、招待客から選ばれた人が別会場で集まりがあると聞きました」
「別の会場だ?」
「私が探れたのはそのくらいです。不死川さんはどうでしたか?」
「鬼かは分からねぇが、不穏な気配は感じるぜェ」
「そうですか・・・もう一組とも合流したいとこーー」
「お呼びですか?」

タイミングよく、しのぶと義勇が連れ立って現れた。
日頃の行いの良さに はにっこりと返した。

「ええ。ちょうどお話ししてたところです」
「それはそれは」
「よろしければお話を伺えると嬉しいです、lady」

しのぶの手を取り、西洋風の挨拶をするように は相手の手の甲へ唇を近付ける。
しでかされた方のしのぶは照れたように顔を赤くした。
同性のしのぶでさえそれだ。
周りの実弥と義勇は固まっていた。
ちらりと上目遣いで見上げられていたしのぶだったが、 から悪戯成功とばかりに片目を瞑らればっと手を引いた。

「からかわないでください、 さん」
「いえいえ、何しろ船上パーティですから。
淑女にはこのような挨拶をするらしいと聞いてましたから、挨拶の一つもできない紳士の方にお見せしようかと」
「・・・」
「・・・」

横目でその紳士を見た に、二つの渋い顔が返された。
さて、からかうのもここまでと は背を正した。

「それで?何か掴めましたか?」
「帰港1時間前、最上階で限られた人の集まりがあるとか」
「参加条件は?」
「それが歯切れが悪くて・・・」
「ん?妙な言い回しですね?」

聞いたにしては、そんな言い方はしないはず。
どういう意味だとばかりに はしのぶを見るが、返されるのはキレイな笑顔。
話が進まず は隣の義勇に視線で問う。

「・・・薬で喋らーーぐふっ
「は?」

しのぶの鋭い肘鉄を脇腹に食らった義勇は沈んだ。
何も言わず終始、しのぶはキレイな笑顔のまま。
意味を理解した と実弥はひくりと口の端が引き攣った。

「・・・自白剤盛ったんですか?」
「えぐい奴だなァ」
「情報収集してない方に言われる筋合いありません」
「だそうですよ、不死川さん」
「・・・」

の言葉に実弥はさらに鋭い視線で睨みつける。
これ以上弄れば爆発だな、と は咳払いした。

「ともかく、主催者がまだ現れていないのが気になります。
しのぶさんが言っていた時間であと2時間。
引き続き情報収集といきましょう」

1時間後にテラスに集合ということになり、4人は再び別れた。
しかし芳しい成果は得られないまま、 はテラスに戻ったが約束の時間が経っても他の3人は現れなかった。

「あれ?フロアーで不死川さんをちらっと見た気がしたけど・・・」

どうしてここに来ない?
おかしい、と が首を傾げる。
またフロアーに戻ろうかと思った時、テラスから船員が地下デッキへと向かう姿を見つけた。

(「パーティ中に給仕が地下に何の用?
それに船尾側は倉庫じゃなく動力部のはず・・・」)

怪しいことこの上ない。
だが、この場に居ないメンバーも思えば取るべき選択肢は決まっている。

「はぁ・・・行きますか」

薄暗い階段を降りる。
金属音が低い駆動音と共に反響する。
と、階段を降り切った。
手探りで壁伝いに進むと、指先にタンタンと等間隔で冷たい感触が当たった。

(「これ・・・まさか鉄格子?こんなものの目的なんてーー」)
「Freeze」
「!」

突然の声に は身動きを止めた。
新たな靴音が近付いてくる。
そしていきなり目の前にランプを突きつけられ、一瞬目が眩んだ。
そこには、フロアーでは見てない西洋人が立っていた。
護衛の屈強そうな男を従えているところを見れば、こいつが主催者か。
油断なく身構える だったが、護衛が手にした拳銃の銃口が向けられていた事で仕方なく投降の意を示すよう両手を挙げた。

「Well well...I thought it was an uninvited mouse, but ... a beautiful guest」(これはこれは、招きもしないネズミかと思えば美しい客人だな)
「・・・」
「It's a scary face. But you should be able to understand my words」(そう怖い顔をするな。お前は私の言葉を理解しているだろう?)

芝居がかった男の言葉に は黙したまま睨み付ける。
微動だにせず、目の前の男を見据える に男は嘆息した。

「There is no choice...何の御用かなお嬢さん」
「私の友人を返していただきたい」

即答。
しかし男は先ほどから変わらず、芝居がかったようにわざとらしい笑みを浮かべ肩を竦めるだけだった。

「迷子なら給仕に探させましょう。さぁ、ホールへご案内しーー」
「Don't play dumb」

の流暢で鋭く射竦める眼光を向けられた男はたじろいだ。
対して、 はにっこりと笑い返す。

「淑女の願いを聞くのが紳士じゃありませんか?」
「この国の女は猛々しいな」
「残念でしたね、この国の女は男に守ってもらうだけじゃありません」
「威勢がいいな。しかし、ご友人を思うなら・・・静かにしろ」
ーーパンッーー
「っ・・・」

頬を張られ、体勢を崩した の両脇を護衛が掴んだ。
の顎をステッキで上を向かせた西洋人は、勝ち誇った蔑みを含んだ表情で見下ろした。

「Taken away」
「Yes sir」

薄暗い中を少し歩き、鉄扉が開く音が響いた。

「Behave!」
「って!」

背中を突き飛ばされた は、肩を壁に強打した。
同時に背後で扉が閉まる音が響く。

「どこが紳士よ、聞いて呆れる」
、なんでてめェまでここに居やがる」

隣から聞こえた声。
相方の実弥の不機嫌声に、よいせと体勢を立て直した はその声に近付いた。

「これはこれは、不死川さん。こんな所で奇遇ですね」
「呑気な奴だな、てめェ」
「うわ、一服盛られた人の言葉とは思えませんね」
「ぐっ・・・」
「ところで、二人は見ましたか?」
「いや、見てねェ」
「そうですか、ならさっさと合流しましょう」

冗談のつもりで言ったのに、本当に盛られたのか。
とは言わず、 は後ろ手に縛られた両腕を尻から足へと潜らせ前に来た縄を口先で解いた。
見張りは居ない。
逃げられないという自信の現れか。
今回は相手が悪い。
縄抜けは終わっているらしい実弥は、 の気軽な言葉に眉をひそめた。

「合流ってな」
「流石に丸腰相手だと思ってるなら向こうは油断してますから、ちょうど良いじゃないですか。
それに今回ばかりは紳士道ってやつと女であることに感謝ですね」
「あ?どう言う意ーー」
ーービリビリビリッーー
「!?」

は躊躇することなくドレスを裂いた。
高さのある靴の効果もあり、ドレスの下に仕込んでいた刀の存在に気付かれなかった。
靴を脱ぎ、足に固定していた刀を取った は、隣に1本を渡し準備万端だとばかりに肩を回した。

「よし、ではーー」
ーーボスッ!ーー
「バッカ野郎!はしたねぇ格好してんじゃねェ!」

横っ面に実弥の上着が叩き付けられる。
薄暗い中では分からないが、間違いなく隣の男は険しい顔で赤くなっているだろう。

「痛っ・・・助けて武器も渡した相手にもう少し労いというか気配りが盛大に足りません」
「うるせェ!とっとと着てろ!」

躍起になって騒いでる実弥を見ているのはとても楽しいし、からかい甲斐がある。
時間が許すなら可能な限りいじり倒してみたいが、残念ながら今は時間がない。

「そうですね。私の体温であったまった刀を持ってさっさと行きましょー」
「!?あ・・・あ"あ"!?
「よーしさてさて・・・反撃といきましょうか」
ーーズバーーーンッ!ーー

檻を叩き斬り、騒ぐ実弥を置いて は歩き出す。

「なっ!? 、てめっ!!」
「不死川さん」

デッキに繋がる階段の前で突然立ち止まった は振り返る。
ちょうど月光で照らされ、互いに顔が見えるそこで はふわりと笑い返した。

「上着、ありがとうございます」
「・・・おォ」

下は空振り。
なら残るは上と、 と実弥は無駄に厳重な最上階の一室へと忍び込んだ。
そこには目元を仮面で隠した悪趣味なパーティー参加客が、照明で照らされた壇上の商品に値を付けている所だった。

(「何やってんだァ?」)
(「何って、見れば分かるじゃないですか。
競りですよ。ただ商品が人間だということです」)
(「・・・」)

声を潜めながら、 と実弥は胸糞悪い一部始終を眺める。
と、

『さて本日の目玉商品となりました。
小柄で可憐、医療に薬学に精通した聡明さ。何よりこの美貌。
100円(¥500,000-)より開始します』
(「なっ!?」)
(「わー・・・」)

よりにもよってかよ。
潜入組の一人がなかなかのペースで値が釣り上がっていく。
このまま成り行きを見守るほど、人でなしではない。
は狭い室内をぐるりと見回した。
会場内は約20名といったところか。

「不死川さん」
「あ?てめェ悠長にーー」
「会場内の参加客全て、昏倒させられますか?」

小声ながらも怒りが滲む言葉の端々。
実弥と目が合った は内心とは裏腹の笑みを返した。

「できますよね?」
「誰に言ってやがる」

それ以上ない、頼もしい返答に は変装用に下ろした髪を後ろで一つに結った。

「それと会場近くに冨岡さんも居ると思うので、喧嘩しちゃダメですよ?」
「てめェはどうする?」
「私は裏方を押さえてきます」

再び会場を見回した は、会場裏に通じていると思われる屈強な男が立つ扉を見据えた。
その隣で、いつもの凶暴な表情に変わった実弥は低く唸った。

「暴れていいんだなァ」
「殺さない程度にお願いします」

軽い調子で言った に、同意の代わりに近くの参加客が一気に昏倒していく。
それを合図に も見張りの男を昏倒させ奥の扉へと進んだ。
競りが行われている会場近くの小部屋。
無駄に豪華絢爛な装飾が施された部屋で、真紅のワインが注がれたワイングラスを傾けながら、男二人が饒舌に語り合っていた。

「It was a good earning this time too」(今回も素晴らしい稼ぎだ)
「Yeah, thanks to you for updating sales everytime」(ああ、毎回売上更新だ感謝している)
「Never mind, we're even moreーー」(気にするな、我々は更に)
「Wow, I want to hear that fantastic story, guys?」(あら、その素晴らしいお話し私にも聞かせてくれません?)
「Who the hell!?」(何者だ!)

警戒を強める男達とは対照に、呑気にひらひらと は手を振って返した。

「お邪魔してますよ」
「何者だ」
「通りすがりのパーティ参加客です、三井殿」

この船上パーティーの主催者、日本人の方の男に は慇懃に挨拶を返す。
三井は素足に短い丈のドレス姿の に蔑む一瞥を送ると隣の男へ言った。

「ここは見るに耐えない身なりの客が立ち入れる場所ではない。Waste her, Charles!」(チャールズ、始末しろ!)
「Hi met you again, Mr.Charles?」(またお会いしましたね、チャールズさん)
「You bastard!」(貴様!)

やっと も言葉を理解してるらしいことに気付いた三井だったが、後の祭り。
もう一方の男も、捕らえたはずの女が出てきたことで怒り心頭の様子。
ざまあみろ、と口にしないまでも勝ち誇った表情の はさらに慇懃に続けた。

「これで主犯の名前もはっきりしました。ご協力いただき感謝致します、三井殿」
「何!?」
「あ、でもこの場合だと共犯になるのか」

今気づいた、とばかりにピンと人差し指を立てた に男二人はどんどん険しい空気をまとっていく。

「ここは選ばれた客人以外の立ち入りを禁じている。
摘み出させてもらう」
「お二方が摘み出せるんですか?」
「お前のような女のためにわざわざ手を下すまでもない」
「へー、悪党に加担する手下がいるようなら口ぶりですね」

完全に馬鹿にしている に、ついに我慢の限界が来たのか三井は懐から拳銃を抜き突き付けた。

「女、調子に乗るな」
「あらあら、女性相手に乱暴な対応ですね」
「!?」
「!?」

の後ろから新たな声が上がる。
そこには先ほどまで照明で照らされていたしのぶが妖艶な笑みを浮かべてやって来た。
ちゃんと刀を持っているところを見ると、相方にもちゃんと渡っているらしい。
心配無用だったことに、 も笑顔で出迎えた。

「しのぶさん、お怪我はありませんか?」
「もう来るの遅いですよ、 さん」
「すみません、まさかの相方が拉致されるとは思いもしなくて」

銃を突きつけられているというのに、呑気に話し続ける としのぶ。
そして男達にとっては、目の前の状況に理解が追いついてないらしい。

「なっ!?商品が何故ここに!?」
「Hey! What’s going on!」
(おい!どうなっている!)
「Your plan is over. Can't you understand such a simple thing?」(あなた方の計画は終わりです。そんな簡単な事も分からないんですか?)

の言葉にチャールズは歯軋りをする。
三井は怒りの余り銃を持つ手が震えている。
二人の様子に嘲笑を深めた はわざとらしく肩を竦めた。

「それに悪党の手下は道が混んでて来れないようですよ」
「ま、期待薄ですが手加減はしてるんじゃないですか?」
「一応、殺さないようにとは言いましたよ?」
「流石に人間相手ですからね」
「兎も角、お縄にしちゃいましょうか」
「もちろん、そうしましょう」
「は!女の分際で何がーー」
ーードッ!ーー

最後まで喋る事なく、三井は昏倒した。
目にも留まらぬ速さで自身の近くに現れたしのぶに、チャールズは恐怖に後退った。

「W, what's!?」
「Not to say anything unnecessary」
「Dammiーー」
ーードスッーー
「だーから、余計な事を言う必要ないって言ったじゃないですか」

刀を抜く事なくそう言い終えた瞬間、もう一人も倒れた。
手間が無駄にかかったが、ひとまず任務は完了だ。
倒れた男達を拘束し、捕らえられた人々を解放していく。
ひと段落だと、しのぶと共に下の階へと降りていく。

「ふぅ、やっと終わりましたね〜」
「まさか鬼ではなく人攫いとは」
「可能性の一つとは思ってたんですけどね」

は軽快にしのぶに返しながら、動きが止まった船の中を歩いて行く。
時間的にも、もう港に戻った時間だ。
早く報告を済ませて帰ろう。

「さて、二人と合流しーー」
ーードゴーーーンッ!ーー

轟音が船を揺らす。
寸前で回避した としのぶは、見晴らしの良い場所へと飛び出した。

「無事かァ?」
「勿論」
「・・・胡蝶」
「大丈夫です。それより・・・」

月夜に照らされたのは、到着した港の周囲で目を光らせている鬼。
数はざっと見で10体。
雑魚、と片付けるには言葉が足りないか。
間違いなく血鬼術を使う鬼が混じっている。

「あらあら、これで本分を発揮できますね」
「それはそうでしょう」

しのぶに応じるように、 も不敵に笑うと抜刀した。

「柱が3人も揃っているんです。楽勝でしょう」

時間をそこまで要さず鬼は片付けた。
今回は柱と一緒だった事もあり、ほぼ無傷。
そんな事より、いつもよりも無駄に気疲れした任務だった。
隠に指示を出し終えた は、凝り固まった身体をほぐすように伸び上がった。

「ん〜〜〜ーー!」
「無茶しゃがってェ」

突然、背後から現れた実弥が上からこちらの顔を覗き込み赤く腫れる頬にハンカチを当てた。
そこは、今回の任務で負傷と呼べるもの。
犯人のチャールズから思いっきり張り倒された所だ。
実弥が捕らえられていた場所から 離れていたとはいえ、何が起こったのかは簡単に予想がつくだろう。
は 実弥から素直にハンカチを受け取ると、ふんと顔を背けた。

「対人戦は苦手なんです」
「鬼を斬り飛ばしてる奴がよく言うぜェ」
「相手が鬼ならまだやり易かったですけど」
「女が顔に傷を作るもんじゃーー」
ーーパシッーー
「馬鹿にしないで下さい」

振り返りざまの の拳を実弥は止めた。
今日一番の怒りを見せた は、味方に向けるには不相応な鋭い視線で睨みつけた。
『女だから』
その線引きが今はとてつもなく癇に障った。
今回の任務で拐われた多くも女だった。
自分は幸運にも鬼殺隊で生きる術があったが、そうでなかったらもしかしたらあのように金で買われる側に回ったのかもしれない。

「私は隊士です」
「そう言う意味じゃねェ・・・」
「・・・」

・・・そうだ。
分かってる。
顔に似合わず、仲間を気遣うこの人は優しい。
感情に任せて気遣ってもらっている親切心を無碍にする自分は相当大人気ない。

「すみません」
「それに悲鳴嶼さんが悲しむだろうがァ」

それを言われると何も言えない。
あの人も二言目にはこちらを気遣う言葉を絶やさない。
強くあろうとしても、無理をしている事を簡単に見破られ悲しげに諭す。(強行すれば最終的に力尽くで止めさせられるんだが)

「・・・すみません」
「俺もなァ」
「はい、すみ・・・え」

頭を下げていた は思わず顔を上げた。
だがそこには離れて行く実弥の後ろ背だけ。
はかける言葉が見つからない。
いや、そもそも引き止めて何が言えるんだろう。

「・・・え?」































































え?


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2020.10.17