うららかな昼下がり。

「あの、宇髄さん」
「何だよ」
「邪魔です」

蝶屋敷の縁側でにっこり、と綺麗な笑顔を浮かべたしのぶから吐かれた毒。
そんな毒を浴びた音柱・宇随天元はしばし固まった。

「じゃ・・・胡蝶、てめぇな
さんと喧嘩して会いたいからと言って、蝶屋敷に居座られては迷惑です」
「怪我人が蝶屋敷に居て悪いのかよ」
「そんなかすり傷では怪我人とは言いません」
「かすり傷じゃーー」
「それに、毎度毎度ここで張り込まれてもあなたが居る以上、さんが顔を出すわけないじゃないですか、少しは学習して下さい」

とても美しい微笑みを浮かべながらも、出てくる言葉は辛辣なものばかり。
全てが正論で天元は反論できない。
口元をへの字に曲げながらも、しのぶの言葉を聞き入れるつもりはないような天元は尚も居座りの呈を示す。
その様子にさらに小言が続きそうになった時だ。
羽音と共に、しのぶの鎹鴉が滑るように現れた。

「艶、どうしまーー」
『カァーッ!、負傷ッ!重度ノ熱傷アリ!至急、蟲柱ノ派遣ヲ求ム!カァーーッ!!』
「!」
「!」

伝令の内容、わざわざの名指しに事態を察したしのぶはすぐさま自身の部屋へと足を早める。
そして、日輪刀を腰に差したしのぶは必要な救護道具を手にすると声を張った。

「アオイ、後は任せます。艶、案内を」
「場所は南西の山村だったはずだ、急ぐぞ」

そこには何故か同行しようとしている巨躯。
お呼びでない相手である男に、しのぶは下からこれまたあからさまな愛想笑いで続けた。

「あのですね宇髄さん、あなたはーー」
「うるせぇ。お前の足じゃ遅ぇんだ、俺が抱えて走ってやるよ」

部外者である上に、上から目線の物言い。
ピキッとしのぶの米神に筋が走る。
が、すぐ愛想笑いは消え真面目顔となったしのぶは淡々と続けた。

「宇髄さん、あなたが来ても足手まといです」
「・・・」
「はぁ、分かりました」

押し問答の時間すら惜しくなり、早々に諦めたしのぶは空からの案内人に続いた。



















































































































ーー想うが故にーー



















































































































鎹鴉の案内で藤の家に到着した。
同行者のワガママもあったことで最短距離を取り、通常よりも短時間で到着できたはずだ。
家人に案内されながら、未だに自分の後をついてくる男にしのぶは渋い顔を向けた。

「宇随さんは見ない方がいいと思いますが?」
「いちいち煩えな!誰が運んでやったと思ってる」
「同行を許したのは私ですが?」
「そーかよ!そりゃどうも!早く手当しに行けよ」
「現在進行系でその真っ最中ですよ〜。宇随さんこそ邪魔したら叩き出しますからそのおつもりで」

声を潜めつつも火花を散らしながら目的の部屋に到着した。

「!」
「・・・」

襖を開けたそこにはまだ隊服のまま横たわる姿。
そして重ねて敷かれた高さがある布団から出た腕は見るからに痛々しい焼き爛れた色をし、布団の横に並べられた水が張られた桶に浸されていた。
肉が焼けた独特の鼻につく異臭。
動揺を見せ立ち尽くす隣を放置し、しのぶはすぐにの横へと座った。

「左半身、重度熱傷ですね。左上腕が特に酷い・・・」

手持ちの道具を広げ、しのぶは熱傷の応急処置を始める。

「宇髄さん、可能な限り冷たい水の用意を。他の方はありったけの布をかき集めてください。
それと、氷の手配ができるならそちらもお願いします」

指示を飛ばしながら腕をまくるしのぶは目の前に横たわるの手当に邪魔な隊服に鋏を入れる。
と、意識が戻ったの掠れた声がこぼれた。

「しの、さ・・・」
「喋らないでください、重度の熱傷です。私でどこまで手を尽くせるか分かりません」

硬い声となるしのぶには途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「だい、じょ・・・通常、のしょちで・・・気管はもんだ、なぃ・・・」
「分かりました。すでに治療は開始してますから」

もう喋るな、と続けようとしたしのぶの腕に、の火傷を負っていない右手が重ねられた。

さーー」
「こ、どもが・・・まだ鬼、の・・・」
「!」

その言葉にしのぶの治療の手が止まった。
視線を上げればと視線が交わされ、その意図さえ伝わる。
助けに行って欲しい、と。

「血鬼じゅ、は・・・爆は、つを・・・」
「分かりましたから、もう喋らずに」
「胡蝶!」

届いた声には目を見開く。
この場に駆けつけたのが、しのぶ以外にも居た事実に驚きを隠せないでいた。

「なん、で・・・」
「宇髄さん、まだ鬼が残っているそうです。
血鬼術は爆発する何か、まともに喰らえばこのようになるようです。恐らく十二鬼月格の可能性があります」
「分かった、俺が行く」

手短に言葉を交わすと、天元はのそばに膝をついた。
そして、痛々しい火傷が残る左側を見て表情を歪めながら右頬に手を当てる。

「無茶しやがって・・・」
「・・・ごめ」
「場所は?」
「縹、が・・・」
「分かった、後は任せろ」

短い言葉を残し、天元はふっと消えるようにその場から移動した。
しのぶは薬湯をに飲ませ、検温と脈拍を図りながら小さく嘆息した。

「まったく、足手まといだと思いましたが丁度良かったですね」

手の消毒を終えたしのぶは、天元が汲んできた冷水に布を浸し、の熱傷患部へと置いていく。
相当な痛みがあるはずだが、の表情は変わらない。
どうやらしのぶが派遣されその後の救出に向かうことも見越して、薬を飲んでいたのかもしれない。
相変わらず先を読んで手を打つのが早い。

さん」

小さなしのぶの呼びかけに応じる視線が返される。

「あの人はあなたに会うために蝶屋敷に居座っていたんです。
喧嘩の原因は詮索しませんが、戻ってきたらちゃんと話し合って下さいね」

名を言わずとも誰のことかはっきりと伝わり、は苦しげに眉をひそめた。
負傷しているとは言え、思考はしっかりとできる現状では喉も焼けてしまえばよかったとさえ思ってしまう。

「・・・」

顔を合わせづらいときに限ってこのように自分が逃げられない状況に陥るとは、運命のめぐり合わせの皮肉さが恨めしい。
こんな状況にした神様に恨み言を抱きながら、は静かに意識を沈めた。








































































































どれほど時間が経っただろうか。
熱で朦朧としていた中、ひんやりとする感覚に意識が浮上する。

(「あれ、気持ちいい・・・」)

目を開ければ、開かれた襖の夜空を背にその人が額に手を当てていた。

「宇髄、さ・・・」
「起こしたか?」

わずかに首を横に振る。
彼がここに居るということの意味に、まだひりつく喉から声を絞り出す。

「怪我、は・・・」
「無ぇよ、柱舐めんなよ」
「子どもたち、は?」
「何人かは助けられた」
「・・・そう、ですか」

手放しでは喜べないが、助けられた命はあった。
安心したは深々と息をつく。
と、

「負傷したのは俺の所為だな」

沈む声に視線を移せば、声音と同じく珍しく暗い顔。
だがその言葉は的外れだ。

「・・・違い、ます」
お前はまた・・・っ」

語気が強くなるのを思ってか、天元は言葉を飲み込んだ。
しばらく両者の間には重い沈黙が流れる。
そして視線を合わせようとしない天元に、はゆっくりと続けた。

「子どもを盾に、油断した、だけ」
「・・・」
「ほんと、に・・・それだけです」

本当なら、固く握る拳に手を重ねたい。
だが、一番近い位置の左手は指一本動かせない。
目の前にあるのに届かない。
まるで自身が抱く想いのようでこの歯痒さは、ある意味、罰のように思えた。

「薬の補給に戻らなかった癖に、そういうこと言うのかよ」
「自分で調合、できますし・・・面倒だ、から蝶屋敷へーーゴホッゴホッ!
「悪ぃ、もう喋んな。喉もやられてんだろ?」

しのぶが用意した薬湯に天元は手を伸ばす。
が、その腕を掴んだは天元の視線を自分に向けさせた。

『ごめんなさい』

声にすることなく、の唇が動く。
男の生い立ちであれば間違いなく読み取れるだろう無音の言葉。
驚き固まっている天元に、の唇はさらに動く。

『心配してくれるは嬉しいですけど、私は鬼殺隊隊士なんです』

拠り所なんだ、剣を振るい鬼を屠ること、それだけが。

『守るべき相手が居るのに、その人を見捨てて自分を守るなんて私にはできない、したくない』

そんなことをすれば、それを失ったらもう自分は自分じゃいられない。

『鬼に誰かが傷付けられるくらいなら、私がいくらでも盾になる』

それにこれ以上自分を許せなくなったら、きっと・・・あなたの隣には居られない。

「・・・」

の唇を読んだ天元から言葉は返らない。
任務前の喧嘩の発端が、最悪の形となった。
呆れ果てたかもしれない、こんな失態を見せても尚、意地を通す自分に愛想が尽きたかも。
それでも、やはり変えられなかった。
どんな言葉が返されても構わない覚悟のに、沈黙を守っていた天元から返されたのは・・・

「はあぁ・・・
お前がそう思うように俺もお前にそう思ってんだけどな」
『・・・ごめんなさい』
「謝んな」

ピシャリと言い返した天元は、の枕元にどかっと胡座を描く。
そして、天を仰ぐように天井を見上げた。

「どーしたもんかね。
嫁にしようとしているそいつは強情っぱりの上、腕もある。
監禁したところで暴れて自分で逃げ出しそうな奴だ」

露骨に大きなため息をついた天元は、再びに視線を戻した。

、お前ならどうすよ?そいつを手元に置いとく方法知らねぇか?」

なかなか見ない、いつも自信満々の姿とはかけ離れたほとほと困り顔のそれ。
そんな天元の様子に、も苦く笑いながら唇を動かした。

『いっそ諦めては?』
「却下だ」
『なら好きにさせてください』
「毎回死にかけて帰ってくんのを毎回肝を潰せってのか?残酷な奴だな」
『そんなに言うほど死にかけてませんよ』
「あのな・・・」

米神が波打った天元は、ピッとに人差し指つきつけた。

「髪の一房でも傷物にされたのを目の前にしてな、俺がいくら寛大な神でも心穏やかに許すと思ってんなら大間違いだ」

枕元に流れるの髪を掬った天元が鋭い一瞥を向ける。
その手にした長さはいつもより短い。
しのぶが気を遣って、焼かれた部分を切ってれたらしい。
誰も彼も、自分の周りを囲む者達は優し過ぎる。
そしてこんな自分に真っ直ぐ想いを向けてくれるこの人も。

『じゃぁ、私を強く鍛えてくださいよ』
「強いだろうが、十分に。柱並みだってのに気付いてんだぞ。
ただ身を盾にするってやり方が反対だっつってんの」

淡々と告げられる。
自分の実力がそこまであるとは思えないが、鍛錬を欠かしていないのは本当だ。
この人は知っているだろうか。
どうして、鍛錬を続けているか。
その理由を知っても、この人は・・・

「お前は俺みたいに体格が恵まれている訳でもない上に、男より力がない女だ。
いくら剣技があっても資本の身体が傷付いたら元も子もねぇ。
んなことお前なら分かってんだろうが」

事実を並べられる。
全て、正論。
彼が正しく何一つ間違っていない、矛盾しているのは自分だ。
分かっている。
そんな事、分かっている。
けど、鬼によって傷を負うかもしれない瞬間を目の当たりにすれば何も考えられない。
そんな事実を理解しながらも、納得した顔では無いに、天元は何度目か分からないため息をついた。

「つっても、お前は頭で分かってもどうせ条件反射で盾にすんだろうけどな」
『・・・ごーー』
「謝んな」

反論を認めないように、天元は冷えた手拭いをの額のに叩きつけるように置く。
まるで現状でできる精一杯の仕返しとばかりなそれ。
置き方が悪いのか、わざとなのか目元が隠れて相手の姿が見えない。

「頼むからもう少し自分を大事にしろ、お前だけのもんじゃねぇんだ」
『私の身体は私だけーー』
「ちげーよ、俺のもんでもあんだよ」

声音からでは表情を読めない。
けど、ひどく優しい声が今まで揺れなかった視界を揺らす。
自身は目的を達する道具でしかなかった。
誰よりも罪深い血を引き、誰よりも不幸を背負うべきだと思っていた。
だから、こんな自分が誰かに想いを寄せるのは許されないとずっと戒めていた。
そしてそれで構わないと、固く決めていたのに。
この人は意図も簡単にその決意を飛び越えてくる。
何度距離を取っても、何度拒絶しても。

「だから、俺のもんを傷つけんじゃねぇ、分かったか?
つーか、了承以外の返事は認めねぇけどな」

ふん、と鼻を鳴らす天元に震える唇を隠せないは引き結んでいた唇をやっと開いた。

『・・・なんですか、それ。選択肢は無いってことじゃないですか』
「おぅ、そーだ。だから傷付けたら承知しねぇぞ」

楽しげな声音の天元は、置かれた手拭いから流れる涙を拭う。
火傷した傷よりもその指の方が熱い気がした。

「善処、します」

掠れた声でも、精一杯の想いを込めては告げる。
いつか本当の事を話すその時まで。































































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2021.05.02