ーー終焉の幕開けーー
「悲鳴嶼さん?」
産屋敷邸。
呼び出しを受けたはばったりと会った相手に思わず目を瞬く。
それは向こうも同じようで、疑問符を乗せた声で問い返される。
「?何故ここに・・・」
「お館様から至急の呼び出しを受けまして。
悲鳴嶼さんもですか?」
「うむ」
なんだろう、嫌な予感がした。
今までも呼び出しはいくらでもあったが取り巻く状況と取り合わせに不穏な思考を払拭できない。
柱稽古は進んでいる。
しかし、状況は嵐の前の静けさ。
夜の警邏に出ても鬼の姿は全く見えない。
それが余計に不気味さに拍車をかけていた。
「来てくれてありがとう・・・行冥、」
床に伏す耀哉に、行冥とは並んで腰を下ろす。
痛ましい姿。
もうができる手立ても尽き、ここ最近は痛み止めの処方しか手が無かった。
自身の無力さを握り潰すように、は膝の上の拳に力を込めた。
「お呼びとの事で馳せ参じました」
「用件はね・・・五日以内に、無惨が・・・来る。
私を・・・囮にして・・・無惨の頚を・・・取ってくれ・・・」
「・・・」
すっと血の気が引く。
同時にやはり、と思った心情もあった。
こちらの気配に気付いたであろう行冥も、僅かに尖った空気を収め静かに問うた。
「・・・何故そのように思われるのですか?」
「ふふ・・・勘、だよ・・・ただの、ね。
理屈は・・・ない・・・」
だがその言葉は1000年間、鬼殺隊を支えてきた。
となれば、必ず来るだろう。
「他の・・・子供たちは・・・
私自身を・・・囮に、使うことを・・・承知しないだろう・・・
君たちにしか、頼めない・・・」
途切れながら、今にも消えそうな弱々しい声。
鼻の奥がツンと痛む。
「行冥、・・・」
呼ばれた名はまるで答えの背を押すようだった。
両者は同時に頭を下げた。
「御意。お館様の頼みとあらば」
「身命を賭して承ります」
「ありがとう・・・」
包帯の下で柔らかく笑った耀哉は疲れたように息を吐く。
そして、迫る戦いについて語っていく。
「恐らく無惨を、滅ぼせるのは・・・日の光のみではないかと思っている・・・
君たちが頚を破壊しても、彼が死ななければ・・・
日が昇るまでの持久戦となるだろう・・・」
「であれば柱がすぐ終結できるような配置を」
「そうだね・・・、珠世さんの状況は?」
「薬は完成しました。今は複製を急いでるとのことです」
「うん、多い方が良いね・・・」
呼吸音に喘鳴が混じる。
これ以上は身体に障ると、は堪らず口を挟む。
「お館様、少しお休みを・・・」
「いや・・・まだ話すことが、残っている・・・
ただ、囮になるつもりはない・・・
可能な限り・・・無惨を消耗させるつもりだ・・・
そこで爆薬と、殺傷力をさらに・・・上げる工夫をしている・・・」
耀哉の言葉に、行冥とは黙って傾聴を続ける。
時折、相槌を挟みながら一言も聞き漏らすまいとする二人に、耀哉は最後にこう結んだ。
「あとは君たちが頼みだ・・・」
終わる。
ついにその時が目の前に迫った。
1000年の長きに渡っていた争いの終幕の舞台に立つ。
もうこれ以上ーー
「」
「!」
掛けられた声に我に返る。
一瞬、この場がどこか忘れていた。
ここは今後の段取りの最終確認で人目を避け借りた旅籠の一室。
膝を突き合わせていた、目の前の人物からの嗜めるような気配に慌て考え事を振り払う。
「あ、すみません。少し考えに耽ってしまいました」
「大事前だ」
「はい。分かっています、引き締めます」
そうだ、感傷に浸っている場合じゃない。
託された。
その遺志を遂げなければならない。
巡ってきた絶好の好機。
これを本当に最後の戦いにしなければならない。
ぐっと胸元の隊服をキツく掴んだ。
心臓が痛いほど脈打つ。
興奮か、恐怖か、喜びか。
心情は凪いでいるはずなのに、アンバランスな感じだ。
は呼吸で鼓動を力尽くで押さえ込む。
「夜の警邏の変更は私の方で伝達します。
日中の柱稽古については変更無しとのことですね」
「うむ」
「念の為、蝶屋敷へ薬と備品を追加の手配します。
それと全隊員へ応急処置の道具の配布を行います」
「・・・」
淡々とは言葉を紡いでいく。
いつもと変わらぬように。
いつも通りに見えるように。
「では、私は手配をして参ります。
柱の方々へはーー」
腰を上げようと、畳に付いた手を引かれる。
そのまま目の前の人物に倒れ込むような形に、は何が起こったのか理解するのに一拍かかった。
「え・・・ひ、悲鳴嶼、さん?」
普段、このような事をする人ではない。
身持が堅いというか、仏門に帰依してたからなのか。
だが頼もしい腕の中で聞こえた鼓動は自分と同じように、いつもよりも速い。
「・・・漸くだ」
包まれる体温と届いた声
無意識に力んでいた力が抜けるようだった。
「・・・はい」
「お前の名も鬼舞辻に届いてるだろう」
「・・・はい」
「我々の手で終わらせるぞ」
「はい」
互いに求めるように掻き抱く。
最後の戦いが控えているからか。
これが最後の会話となるからか。
どちらともなく言葉を交わしていた唇が距離をなくす。
「今、だけ・・・」
切れ切れに漏れる言葉。
「・・・だけ、は・・・にも、考えられなく・・・」
唇が離れ、零れる想い。
「させて、ください・・・」
「・・・ああ」
睦言など無く、ただ互いを求める。
口付けが深くなり、深く繋がってもその心中は同じ言葉を反芻していた。
「「何があっても」」
「「どんな犠牲を払っても」」
『どうか・・・もう、これ以上・・・
私の大切な・・・子供たちが・・・死なないことを・・・願って・・・』
「「無惨を倒す」」
耳に届いた轟音。
顔に吹き付ける熱風。
火薬の臭い。
血と肉の焼ける煙の向こうに、やっと見つけた仇が居る。
静かに息を吐き、柄に手をかけたは、高い木の上からその一歩を踏み出した。
「お願いします!
悲鳴嶼さん!
さん!」
協力者の声に、行冥とは磨き上げた渾身の技を繰り出す。
「岩の呼吸、参ノ型ーー」
「雨の呼吸、壱ノ型ーー」
さぁ、終幕を降ろす時がきた。
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2020.8.7