ーー不本意な呼び出しーー
足早な靴音が整然と伸びる廊下に響く。
引っ掛けた白衣の裾は音が響くたびに踊っては戻る。
足取りに迷いはなく、他に言えることと言えばその主からは話しかけられることを拒む空気を持っていること。
「君が本部に顔を出してくれるとは珍しいな」
しかし、そんな雰囲気をものともせず朗らかな声がかけられ足が止まった。
厳しい表情が声をかけられた方向を向くも、表情は変わらないまま首から下げられた、胸ポケットにしまったIDを見せつける。
「立入許可ならこちらにありますが?」
「そういう意味じゃない」
なかば呆れたような言葉に、厳しい表情がふっと緩むと気を許した相手に向ける笑みが返された。
「どうもお久しぶりです、忍田さん」
「やぁ、元気そうで何よりだ」
その言葉を受けると、の表情はすぐさまげんなりとしたものに塗り変わった。
「いや、元気では無いですけど」
「はは、そうみたいだな」
手短な挨拶を済ませると、両者は並んで歩き始める。
廊下に二組の足音が響く中、の隣を歩く真史から話が振られた。
「ところでなんでそんな格好なんだ?」
「念の為の変装です」
「ということは、開発室に用事かい?」
「まさか、シュミレーションルームです」
「模擬戦でも申し込まれたのか?」
「そんな簡単な話でわざわざ本部に顔を出しませんよ」
「だがわざわざ君へのご指名なんだろ?」
腑に落ちないだろう、とばかりな真史の言葉。
それはが本部へ足を踏み入れない事情を全て把握している上で真意を質すもの。
は深々とため息をこぼすと、口端を盛大に下げ低い声を這わせた。
「あの馬鹿が3日前からブロックしても分置きで電話やらメッセテロしてくるわストーカー顔負けの付きまとわれかましてくるから致し方なく来る羽目になったんです」
「・・・そうか(3日は耐えたのか)」
どうにか乾いた笑みで同意を返した真史は、同情するようにの肩を叩いた。
その後しばらく会話は途切れたが、再び真史から話が振られる。
「玉狛に新人が入ったという話しは聞いているのか?」
「噂程度であれば」
「これは独り言なんだが・・・その新人が本部から目を付けられててな。4日前に少々、小競り合いが起きているんだ」
「確か遠征組が帰還したタイミングでしたか。相変わらずいやらしい事しかできませんね」
はっ、とは吐き捨てるように言い放つ。
その様子に苦笑を隠さない真史だったが、先に話を続けた。
「で、どうなったと思う?」
「自称・エリートは実力不足で返り討ちですか?無様ですね、後で笑ってやりますよ」
「そんなこと言ってないんだが・・・」
悪意がこもった結論で話を締め括ろうとするに、真史はなんとなくこの場に現れた理由についてもすでに承知しているのを察してか肩をすくめた。
「君が呼び出しを受けた時点で予想済み、か」
「私は何も聞いてません」
「その割に情報通のようだがな」
「友人が多いと言い直してください」
訂正を入れてくるに真史は笑った。
本来なら、極秘事項であるはずの遠征隊のスケジュールが一隊員に知られていることは問題だ。
その上、が今の正規ボーダー隊員の任務から離れているなら尚更知り得るはずもない情報のはず。
だが短い付き合いでも無い上に、追求したところでシラを切り通すことも知っていたことで、真史はそちらの追求はせず、この場に呼び出されることになっただろう要因を一気に告げた。
「風刃が本部へ返却された」
真史はちらりと横目で見下ろす。
しかし表面上はの表情は変わらない。
一拍間を置いて、先ほどと変わらない声音で反応が返された。
「そうですか」
「驚かないんだな」
真史の視線に気遣いが含まれているのに気付いてか、は小さく嘆息した。
「ま、遠征隊が退くなら、相応の対価が提示されるのは必然でしょう」
「・・・」
「自称が全部打ち負かして鼻っ柱をへし折ってやれば手っ取り早かったでしょうにね」
「特定の一人に対しての恨み節に聞こえる気がするが」
「気の所為です」
しれっと分かりやすい敵意をはぐらかすに、真史は言い諭すように続けた。
「元々本部と事を構えることが目的ではなかったんだ。結果として隊員の大きな負傷なく両者鉾を収めた。
そこは分かってやってくれないか?」
「まるで私がこれから八つ当たりをさせないための牽制に聞こえますが?」
「聡明な相手にそんなことはしないよ。ただ、事情を理解しても心情的には許せないというのも分かっているがほどほどにする努力は頼みたいってだけだ」
「忍田さんのそういうところ、罪作りですよね」
「どういうことだ?」
「沢村さん、可哀想に・・・」
小さな呟きは届かなかったのか、真史は首を傾げる。
しかしはそれ以上の会話を打ち切り足を早める。
しばらくして、出し抜けに真史が口を開いた。
「君が戻ってくれると我々としても正直、心強いんだが」
その言葉にの足が初めて止まった。
ゆっくりと振り返れば、真剣な視線を注ぐ真史と真っ直ぐ向き合う。
「復帰の意思はないのかい?」
その言葉にすぐに口を開こうとしたが、は一度閉じ視線を落とした。
数呼吸の後、は再び視線を戻した。
「私も正直に言わせてもらえれば、忍田さんのお気持ちはありがたいですし、応えたい気持ちもあります。
訳アリなのにこうしてお気遣いいただいているのも嬉しいですしね」
は気弱な笑みを浮かべ、真史も僅かな痛みを堪えるような苦味を見せる。
と、そんなの表情は瞬く間に口元をへの字に曲げた不貞腐れ顔へと変わった。
「ただ、あなたの言葉の裏に無精ヒゲメガネの存在がチラついてる所為で素直に応じることができないので無理です」
「は、はは・・・そうか」
気重な空気が霧散したことで、真史は乾いた笑みを返した。
そして、目的地近くの分かれ道に辿り着く。
真史は自身の用事を済ませるため、この場で別れなければならない。
それをも承知しているらしく真史と向き合った。
「今日は話せて良かった」
「こちらこそ。沢村さんにもよろしくお伝え下さい」
ーー大人オブ大人
「あー、忍田さんマジかっこいいな」
迅「は?何それ」
「こーいう、面倒な絡み方してこないし、気遣いできるし」
迅「オレだってめっちゃ気遣いしてるけど?」
「なんといっても、あの大人な余裕ある感じが最高よね」
迅「・・・」
「はぁ、でも沢村さんは敵にしたくないからな」
迅「はい!模擬戦始めるからね!集中してこ!」
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2024.3.12