深夜。

「行ったぞ!」
「くそ、どこにーーぐわっ!」
「て、撤退だ!全員退け!」

廃墟に響く危なげな音。
時折奏でられる剣戟の火花が一瞬、辺りを照らすも闇に紛れる姿亡き魔の手には届かない。
松明すら、味方の不安顔を映すばかりで、闇を明るくはしてくれなかった。

「・・・ちっ、役立たずが」

遥か頭上で、騎士団の退却している姿を見下ろし男は悪態を吐き捨てる。
募るのは苛立ちと怒りと憎悪。
奪われてしまった悲しみ。
二度と戻って来ない喪失感。
身を焦がすほどの衝動に、男は足元の光景から視線を剥がし歩きだした。
























































ーー昔話ーー





























































「ふあぁぁ〜」

締まらない口元を盛大に広げ、 は欠伸を噛み殺した。
連日、めぼしい所に探りを入れてはいるが成果は芳しくなかった。
遺体が捨てられた現場も隅々まで見たが、得られた情報はどれも決定打には足りない。
ウォルターも先日の一件から姿を見ていない。
ま、邪魔されないだけマシかと再び襲われた欠伸をこぼした。

(「ねむ・・・この辺探ったら仮眠取らないとな」)
「?」

ふと、耳に届いたのは剣戟音。
確かこの先は結界の外。
まさか、と は気を引き締め、外套のフードを深く下ろすと走り出した。

(「あれは・・・」)

程なくして到着したそこは、期待していたような予想と外れていた。
視線の先には騎士らしい者達が、魔狼と一戦交えている所のようだった。
推察するに、帝都の結界魔導器シルトブラスティアの範囲のギリギリ及ばない所で運悪く遭遇した、といったところか。
だが、いかんせん立地が悪いようで魔狼のペースとなっているようだ。
素早い動きに騎士達は陣形を崩され、バラバラに交戦する羽目になっている。
これでは魔狼にやられるのも時間の問題。
どうしたものか、と が成り行きを見ていた時だった。
一人の騎士が、足を取られバランスを崩した。
崩したその先は、地の底に続くような縦穴。

「!」
「ユーリ!」
ーーパシッーー

仲間の声、ではない違う手が落ちそうになった青年の腕を掴んだ。

「お前・・・」
「っ!」

思わず飛び出してしまった は、どうにか持ち上げられないか力を込める。
しかし、そんな無防備な二人を魔狼が見逃すはずなく、嬉々として襲いかかってきた。
思わず悪態をつきそうになった

「くそっ!」
ーーギャンッ!ーー
(「馬鹿っ!」)

だが、支えているユーリが手近の瓦礫を投げ、それは見開かれていた魔狼の目を直撃した。
不意を突かれた攻撃に視界を奪われた魔狼は痛みにバランスを崩して地面に叩き落ちた。
それがまずかった。
脆い地盤は加算された重みを支え切れず崩落し、地にいる者をことごとく闇へと引き摺り込んだ。
































































(「最悪・・・」)

その一言に尽きた。
お節介にも程がありすぎる自分にため息が止まらない。
こんな事で時間を食っている暇はないというのに、思わず手を出してしまった。
おかげで年若い騎士と仲良く地の底。
まったく、笑えない。

(「さて、大したケガは無いから良しとして、上まではそれなりな時間は取られるかな。
それと・・・」)

そう思いながら、 は上から足元へと視線を落とした。
そこにはまだ気を失っているらしい騎士見習いの青年。

(「・・・置いてくっていうのも、目覚め悪いか。
仕方ないから連れて行ってやるしかないわね」)

だが、のんびり寝てもらわれても迷惑だ。
もう暫く忍耐が続くうちはそのままにしておくが、無理なら蹴り飛ばしても起こしてやろう。
まず手始めは頭だろうか?
と、

「って〜・・・」

絶妙なタイミングで青年は起き上がった。
腹いせが計画倒れになったのはこの際、仕方ない。
だが、こちらの正体に勘付かれるのはまだ都合が悪い。

「なんだ、あんたも無事だったんだな」
「・・・」

特に返事を返す事なく肩を竦めて応じる。
青年は暫く辺りを見回し、自分達が落ちた高さを見上げると自嘲気味に呟いた。

「生きて助かっただけで儲もん、ってか。
なぁ、あんた。ここ出るまで協力しないか?」

さて、どう答えたものか。
暫く返答に迷っていると、不機嫌さを隠さない声が返された。

「なんだよ、返事も無しなんて勝手にしろってか?」

どうやら、そこまで気の長い方ではないらしい。
ウォルターと重なる姿に は仕方ないとばかりに、首を横に振ると喉元を無言のまま指差した。
これで意味が通じなければ置いて行こう。
この辺の魔物なら自分の敵ではないし、そのうち青年のお仲間が助けに来るだろう。
半ば投げやりな気持ちの の心情など露知らず、青年は が示した行動の意味を理解したようにバツの悪い表情で頭を掻いた。

「・・・悪い、そういう事情ならしゃーねーよな」

思いの外聡い青年の様子に、 は目を瞬かせた。
この辺りはウォルターとは段違いだ。
ま、これで問題ない。
納得してもらった青年に肩を竦めて返し、 は歩きだす。
と、

「っ!」
「?」

足音が続かないことに振り返れば、青年は痛みに歪んだ表情で蹲っていた。

「悪い、着地にしくじったみたいだ」

苦笑いする青年に、 は溜め息が零れる。
いちいち手がかかる上に何かに憑かれてのか?
このままでは肩を貸す羽目になるのはゴメンなので、青年の足元に膝を折ると無遠慮に裾をめくり上げる。

「お、おい。何を・・・」

青年の戸惑いを無視した は傷の具合を眺める。
薄明かりの下でも分かるほど、足首は腫れ上がっていた。
そして、僅かに動かしてやれば青年は痛がるように息を詰めた。
ざっと見だが、骨までは問題なさそうだ。

「・・・」

は腫れ上がっている患部へと手をかざした。
瞬間、辺りに淡い光がこぼれる。
騎士服を着ているならおそらく人間だろう。
それに違っていたなら、騎士なんかに扮したこいつが悪い。
暫くして、 は息を吐くと立ち上がった。
手をかざしていた足首の腫れは消え、痛みも引いた事でユーリはまじまじとこちらを見上げていた。

「あんた、治癒術師だったのか」

んなわけあるか。
治癒術くらい、得手不得手はあるだろうが多少学べば誰にでも扱える。
どうやら、その辺の知識はこの青年には無いらしい。

「なんだ、違うのか。
それにしても助かった、サンキューな」

素直に礼を口にできるあたり、筋と礼儀は弁えているらしい。
礼に応じるように、 は青年の差し出された手を握り返す。

「オレ、ユーリ・ローウェル。
あんたは・・・って、喋れないんだったな」

どーすっかな〜と唸る青年。
こちらとしては何と呼ばれても構わないのだが、確かに呼び名が無いのも不便か。
はまだ足元が見える状況に手近な枝で仕事で使っている名を書いた。

「リベリタス?ふーん、妙な名前だな。じゃ、よろしくな」

ま、通じたなら何でもいい。
再び手を出したユーリに、互いに手を打ち鳴らした。
契約成立だ。

































































どうやら結界魔導器シルトブラスティアの範囲外らしい。
ユーリと は薄暗い細い道を進みなら、物陰から襲って来る魔物を片っ端から片付けながら進んでいた。

「へー、あんた双剣使うのか。器用なもんだな」
「・・・」

感心した風のユーリに思わず睥睨を返した。
それはこちらのセリフだ。
騎士団の見習いだというのに、ユーリの剣術はどう見ても我流。
それもかなり癖の強い剣技で、騎士団のような型にはまったそれとは程遠い。
もし対峙していれば予測の読めない軌道に、手間取ったことだろう。
・・・ウォルターが相手してたら、の話だが。

1時間は経っただろうか。
再び魔狼が行く手を阻んだ。

「くそっ!またかよ」
「・・・」

だが、今まで単調に襲い掛かるだけだったのが、こちらの攻撃のギリギリ届かない範囲での進退を繰り返してくる。
何か、おかしい。
言葉でははっきり言えない違和感がある。
今までの魔狼より、妙に統率されている気がする。
まるでこちらを奥に誘導しているようだ。

「ちっ!ちょこまかとすんじゃーー」
ーーガギンッ!ーー
「!?
おい!何すんだ!」

更に踏み込もうとするユーリの斬撃を は阻んだ。
食ってかかるユーリを無視し、 は双剣の剣先を地面に触れさせると、魔術の詠唱と共に斬撃を見舞った。
それは魔狼を蹴散らす。
そして、このまま進んでいった先の地面が深く陥没した。

「これは・・・」
ーーグギャッ!ーー
(「浅いか」)

驚くユーリを他所に、 は新たに捉えた気配に魔術を放った。
ガサガサと何かが逃げ出す音を追おうと、 は音のした崖上の真下まで来たが辺りには何も見当たらない。
と、

「!」

足元に転がっているのは魔狼とは違う、細長い何か。

「おいリベリタス!どうしたんだよ急に・・・」
「・・・」
「ん?それ、魔物の尻尾か?
本体は逃げちまったみたいだな」

残念だったな、と言うユーリに は肩を竦めて返し陥没した地面を避け、比較的登りやすい足場を見定めながら更に先へと進む。
暫くして、後ろから声がかかった。

「なぁ、あんたに聞きたいことがあるんだ」
「?」
「どうして、『漆黒の翼』の名を語ってるんだ」

その言葉に は僅かに動きを止め振り返る。
振り返れば、こちらを真剣に見つめるユーリの視線とぶつかった。
どういう経緯でそんな事を聞くかは知らないが、 はしっかりと首を横に振った。

「語ってない、って言いたいのか?
けど、騎士団でその噂を聞かない日はないぜ」

さらに詰問するようなユーリ。
その言葉の端に非難するような響きがある。
どうやら、彼にとって『漆黒の翼』が今回の犯人と同じく見なされるは不満らしい。
だが、今は喋れないという体にしている は何も答えず反応も見せず進み続ける。
その対応に、背後から諦めたようにユーリのため息が響いた。

「ま、んなこと言ってもしゃーねーか」
「・・・」

腕尽くでも聞き出すかと思えば、あっけなくユーリは引いた。
どうやら、人の語らぬことには踏み込まない性格のようだ。
それは自分には好ましく映った。
身近に居る、無遠慮な輩に比べれば、ユーリの方が断然付き合いやすいだろう。
とはいえ、騎士なんかとお近づきになど死んでもごめんだ。

































































どうにか地上に辿り着いた。
辺りは日は傾きかけ、黄昏時。
半日潰してしまった。
ここまで来たならもう別れても問題ないだろう。
は廃墟の方へと歩き出した。

「リベリタス」

呼びかけに、 は肩越しに振り返る。
夕陽を受けたユーリは真剣な眼差しで続けた。

「いつか教えてくれよ、オレの質問の答えをさ」

その言葉に は応じる事なく、廃墟へと滑り込みたっぷりと距離を取った事を確認してから小さく息を吐いた。

「あながち、無駄でもなかったわね」

手元の収穫品を握った は不敵に笑うと、早る鼓動を感じながら走り出した。


































































ーーダンッ!!ーー
「いつまでこうしているつもりだ!」

突如響いた怒声。
酒場を訪れた客達は何事かと話し声が止み、こちらに視線が注がれる。
しかし何も起こらないことで、僅かの間収まった喧騒は再び元の騒がしさを取り戻した。

「お、落ち着いてくださいウォルターさん」
「黙ってろ、俺はこいつに聞いてんだ」

幸福の市場のギルド員、スピネルの宥めを跳ね除け、ウォルターは目の前で呑気に飲んでいる を睨みつける。
しかし、 は視線を上げるだけで素っ気なく返した。

「同じ事を言うつもりはないわ」
「・・・何」
「私が協力する条件は事前に話したわ。
帝都での行動中は私の指示に従う、そういう契約だったはず」
「ならその契約は解消だ」
「な!?ウォルターさん!それはーー」
「うるせぇ!」

怒声を叩き付けるようなウォルターにスピネルを始め回りは思わず身を引く。
目の前の騒がしさをに、 は面倒そうにため息をつくと、ジョッキを置き腕を組んだ。

「お怒り中悪いけど、その言葉の意味分かってる?
あなたは好意で協力してくれた幸福の市場ギルド・ド・マルシェの顔も同時に潰してるのよ?」

私への依頼は別に構わないけどね、としれっと が言えばウォルターも蔑むように口を開く。

「ふん、契約の履行もできないお前こそ、幸福の市場ギルド・ド・マルシェの顔に泥を塗っているだろ」
「それを判断するのは貴方じゃない」

ピシャリと言い返し、 も鋭い視線を突き刺し返す。
一触即発。
仲間同士に向けるにはあまりにも不穏な応酬に、誰も仲裁できずオロオロとするばかり。

「俺は勝手にさせてもらう。
こんな腰抜けとこれ以上顔を突き合わせてられるか」
「あっそ、ならご自由に」

とっとと消えろとばかりに が手を払えばウォルターは踵を返して酒場を去って行った。
結局、引き止めることもできずスピネルは疲れたように深々とため息一つつくと、 の隣に腰を下ろした。

「・・・ さん、良かったんですか?」
「しょーがないじゃない。向こうはこれ以上待てないってんだから。
堪え性のない男」
「で、でも、このままじゃあまりに・・・」

スピネルは気弱に言い募る。
その顔に浮かぶのは、痛みを堪えるような押し隠すようなそれ。
もその横顔をちらりと見、置いたジョッキの中身を一気に煽った。

「ま、そろそろ動きがあるはずだしね。
こっちも勝手に動かせてもらう。
悪いけど、3,4日は店番できないからよろしくね」
「それは構いませんけど・・・大丈夫なんですか?」

不安げなスピネルの言葉に は不敵に笑い返した。

「何の心配よ。戦力的な事言ってるなら心配する相手が違うし」
「え?」
「厄介な相手だっていうのは本当だからね」
「???」

疑問符しか浮かばないスピネルに は答えを与えず、外套を肩に引っ掛け酒場を後にした。


































































ーーガラゴラガランッ!!!ーー
(「ふざけやがって!」)

路地裏でウォルターは手近な空き箱を力任せに蹴飛ばした。
盛大な音を撒き散らし、脆く崩れたそれを見ても怒りは一向に収まらない。
先ほどの事が思い返され、さらに腹が立ち手近な壁を殴る。

ーードゴッ!ーー
「クソがっ!!」

ドンからの推薦だったこともあって、少しは期待したが結局犯人は分からずじまい。
やっていた事と言えば、今までの現場を見回るのとくだらない店番の日々。
そんなので何が分かると言うんだ。
散々焦らすしかない能無しとこれ以上一緒になんて居られない。
こうなれば、騎士の誰かを締め上げて犯人を追い詰めてやる。
と、そう思った矢先、目の前を通り過ぎる複数の騎士の姿。
飲んだ帰りらしく、誰もその足元はおぼつかない。
ウォルターはギラつく瞳を外套で隠し静かにその後を追った。







そろそろ大詰め。。。

2017.10.15
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