ーー5年前。帝都・ザーフィアス

雨が視界を遮る。
それはその場に立ち尽くす者達に等しく注がれ、等しく熱を奪っていく。

「同じ、か・・・」

誰かが呟いた。
雨の中、足元に転がるソレを見て、悔し気に拳を握る。

「犠牲者は増えるばかりだ・・・」
「しかもまた同じ手口とは」
「だがどいつも貴族ではなさそうだ」
「それだけが救いだな」

口々にそう言いながら、男達は金属音を響かせながら立ち去って行った。
ソレは雨に打たれ打ち捨てられたまま・・・

「・・・これ以上『また』なんて、させるか・・・」
「・・・」

憎悪を込めたその声を聞く者はなく、ソレに二つの影がゆっくりと歩みを進めた。
雨は、視界を奪うほど酷く降り始めた。




























































ーー昔話ーー

































































帝都、北部城下町。
日当りのためか、薄暗い上に夏場の蒸し暑さに満ちたそこに、金属がこすれる音が響いた。

(「あっちーな、ったくよ・・・」)

騎士見習いの制服に身を包んだユーリは、胸元をさらにはだけさせるも涼しさは一向に訪れない。
あまりの暑さに普段は下ろしている黒髪も今は高い位置で結い上げている。

(「フレンの奴、どこら辺だ?しっかりはぐれちまったな」)

小さく嘆息したユーリは再び辺りを見回した。
しかし、寂れすでに人の住んでいる様子のないそこに、誰の気配も感じ取れなかった。
と、その時。
小さな物音を拾いユーリの足はその音源へと地を蹴った。
崩れた瓦礫を飛び越え角を曲がった時、視界に飛び込んできたのは馴染みの顔ではなかった。

「何してんだ、こんなところで」

念の為の警戒をしつつ、その人物らに声をかける。
一人は男、もう一人は外套をまとった者。
こちらが騎士だと分かると、目に見えてその視線に険が帯びた。

「ち、騎士か」

男の方が構えるようにこちらに向き直った。
どうやら好戦的な輩らしい。
この暑い中、一戦やらかすのかよ、と内心悪態を吐いたユーリは仕方なさそうに右手に握る鞘に力を込めた。
だが、男の行動を止めるように外套の方がそれ遮った。

「おい・・・」

不満気な声を上げる男。
どうするつもりだ、とユーリは成り行きを見守る。
やる気満々な男に対して、外套は首を振るように揺れた。
その装いだけでは男か女の判別は出来ない。
どちらにしても、急に襲いかかられても対応できるようユーリも腰を落とし様子を伺う。
暫しの睨み合いの後、男は渋々といった体で構えを解いた。

「ふん、分かったよ」
「あ、おい待ーー」
ーーボンッーー

呼び止めようとした間もなく、弾幕が張られ煙が晴れた時にはすでに二人の姿は消えていた。
あっという間の出来事に、ユーリも警戒を解き頭を掻いた。

「・・・なんだったんだ、あいつら?」
「ユーリ!」

考えを打ち破る、尖った声。
げっ、というばかりな顔を背後に向ければ、怒り心頭な表情でこちらに向かって来る馴染みの顔があった。
こういう時は、おどけて返すに限るとばかりに、ユーリは軽口で返した。

「よ、遅かったな」
「君が勝手に先に進んだんだろ!」

憤然と言い返した金糸の騎士、フレンはそう言うと怒りを鎮めるように深く息を吐いた。

「何か手掛かりは?」
「いや、なんも」
「そうか・・・」

相方の成果に僅かに期待をしていたフレンだったが、空回りだった自分と同じ結果にしばし考え込み、ユーリに向き直った。

「仕方ない、一度戻って報告しよう」
「・・・」
「ユーリ?」
「ん?ああ、そうだな」

フレンの言葉に、生返事を返したユーリは踵を返し元来た道を戻り始めた。
闇を纏ったあの外套の姿が、過去の思い出から這い出てきたようでその胸中はひどく落ち着かなかった。





























































ここ数日、帝都ではある噂で持ち切りだった。
住民が突然姿を消し、数日後、遺体となって発見されるというものだった。
神隠し、猟奇殺人、盗賊の仕業etc。。。
当然、帝都の治安を預かる騎士団が動く事態となり、見習いの騎士であるユーリとフレンも手がかりの捜索に駆り出される日々を送っていた。

「手がかりも何にもなしか。こんなん、いつまで続くんだ?」
「仕方ないよ。僕達はやれることをやるだけさ」
「呑気だな・・・もしかしたら、次は下町のガキ共が狙われるかもしんねえんだぞ」
「分かってるよ。でも、こういう時だからこそ冷静にならないと」
「・・・悪い」

バツが悪くなり、ユーリはふいと顔を背ける。
同郷の心配をしているのは自分だけではないというのに、こいつはいつも余裕だ。
それが羨ましくもあり、時には癪にもなったりする。
そんなユーリの心情を察するようにフレンは相方の肩を叩いた。

「まだ日が沈むまで時間がある。
昨日も何も掴めなかったし、もう少し聞き込みしてくるよ」
「そうだな・・・あの噂の証拠も分からずじまいだし」

その呟きに二人を取り巻く空気は重く沈んだ。
事件からしばらくして、騎士団本部に届けられた情報。
正体不明の何者かが、現場周辺で目撃されている。
その者は上から下まで漆黒の外套をまとい、男女の区別はつかない。
ただ、騎士団が全力を挙げているにも関わらず、痕跡は見つかってもそれ以上の手掛かりというべきものが何も見つけられない、ということ。
姿なき亡霊の姿に、間を置かずして誰もが口を揃えて噂した。
『漆黒の翼の仕業ではないか』
その噂に、二人の表情は曇った。
そしてユーリがその噂を口にした騎士に食ってかかろうとするのを、フレンがどうにか仲裁し身内同士での衝突を何とか免れている日々。
心境は同じだった。
『漆黒の翼』がこの連続誘拐殺人をする訳がない。
義賊として名が通るその名称を殺人鬼が使うはずなどない。
まして、再び現れるなどあり得ないはず。
と、そこまで考えてユーリは首を振った。

(「いつの時代も現れる、んだったか」)

この話を伝えた方がいいだろうか?
自分達以外に漆黒の翼の正体を、深く知る唯一の老人の顔が浮かぶ。
いや、しかし今は何の証拠もない。
何より、自分は『また』現れたことを認める事が、凶行の犯人が漆黒の翼などと認める事が心が拒む。
もしそれが本当ならば、許せるものではない。
自身の根幹を支えてくれた者が歩んだ道を汚されるようなこと、許してたまるか。

「ユーリ、大丈夫かい?」
「ん?ああ、悪い。何でもねえよ」
「そうか。じゃ、また後で」
「おう、気を付けろよ」

フレンを見送ったユーリはただ焦るばかりの自分に深く溜め息を吐いた。
確かに、冷静にならなければならない。
次の標的が下町に向かないとも限らないのだ。
少し頭を冷やそうと、ユーリは市場へと足を向けた。





























































下町近くの市場。
旅商人や帝都から許可を得たギルドが商品の売買を行うそこは毎日のように賑わいをみせていた。
その一角。
幸福の市場の旗の下で、露天で並べる商品を馬車から降ろそうとする一人の女。
その時、

「なんで止めた?」

不満に満ちた声。
振り返れば、がたいの良い男が鋭い視線をこちらに向けていた。
普通なら怯むだろうそれに、スカーフの下で深く溜め息を吐いたは面倒そうに言い返した。

「向こうが何者か見えなかった?」
「騎士の若造だろ。俺があんな若造に後れを取るとでも思ってんのか?」
(「んなこと言ってないっての」)

そもそも問題はそこではないのだ。
再び零れそうな溜め息を、は飲み込む。
出せば恐らく向こうは食って掛かるだろうなことは想像に容易い。

「今、騎士団に目を付けられるのは面倒よ」
「だからさっさと片付けりゃ済んだだろ」
「今のエサを撒いている時に、余計な横槍をわざわざ引き込む必要はないわ」
「だが!」
「短気になるのは結構だけど、今はこちらから手出しできない上に、目標の見当がついていない。
癇癪起こして、何もできないまま捕まるために帝都に来た訳じゃないわよねウォルター?」
「・・・ちっ」

一息で言い放ったに、ウォルターは怒りに肩で風を切って去って行った。
しょうがないほど短気すぎるその後背を、今度は飲み込むことなく深く溜め息をついて見送る。
そして、さっさと荷解きを進めようとは作業を再開した。




























































他のギルド員の手も借りて、商品を並び終えた。
交代の時間まで店番を任されていたは、店先に立ち止まった人影に顔を上げた。

「いらっしゃーー」
「ん?あぁ、悪い。
珍しいモンがあったからよ」

気さくに返された声。
そして商品に見入る姿は、少年の様と言っても良いそれ。
だが、の言葉が続かなかったのはその顔に見覚えがあったからだった。
日の下で見れば、自分よりいくらか年下だろうその青年。

(「この子、昨日の・・・」)

こちらの正体は当然、向こうは気付いていないだろう。
だが、向こうが身につけている姿の意味は、自分にとって嫌悪の対象でしかなかった。

「騎士様のお眼鏡に叶うとは光栄だわね」
「へぇ・・・」
「何?」

その辺の騎士のように、怒りに任せて食ってかかって来た所を論破してやろうかと思っていたが、予想外の反応に思わず睨み返してしまう。
そんなこちらの応酬に、青年は楽しそうに笑い返した。

「いや、ここじゃ面と向かって楯突く奴は珍しいと思ってさ」
「あっそ」
「ま、オレは騎士見習いだけどな。
面倒な奴にそんな態度取るのは気をつけるこったな」
「ご忠告どうも」

ぞんざいに返したに気を悪くした風でもなく、青年は去って行った。
普通なら、あのような態度を取られれば矜持が無駄に高い騎士ーー貴族なら抜刀でもしそうなものだが・・・
青年が向かった先を視線で追ったは、暫く考え込んだ後、馬車に隠された荷に手を伸ばし路地に身を投じた。









ヒロイン19歳、下町’s16歳設定。
帝都で騎士団見習い中ってことになってます。


2017.10.15
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