ーー根も葉もない噂ーー
ヘリオードを後にし、鬼ごっこに見事に負けたユーリ達は追っ手が来ないことを確認し、この日は野営することとなった。
そして、新設ギルドを立ち上げた幼い首領から聞かされた話に、青年の呆れた声が返された。
「なんだそれ?」
到底、真剣とは思えないユーリの態度に、カロルは地団駄を踏んだ。
「だから!騎士団ともめるのもダメだけど、それ以上にギルドの掟は守らないとダメなんだってば!」
「はいはい、わーってるよ」
「もお!真面目に聞いてってば!」
全く取り合おうとしないユーリにカロルの怒りは増すばかりだ。
普段ならこそまで食いさがないカロルの様子に、ジュディスが聞き返した。
「騎士団は以前に聞いたけど、どうしてギルドの掟もそんなに頑ななの?」
「ユーリとジュディスは知らないから、そんなに悠長なんだよ。ユニオンの怪談・・・」
「なんだ、子供染みた噂が好きだなカロル先生」
「ち、違う!ホントにホントだよ!!」
「面白そうだわ、どんな怪談なのかしら?」
わくわくしたようにジュディスがカロルに問う。
しばらく周囲を見回し他に聞いている者がいないのを改めて確認した後、少年は恐々と話しだした。
「ユニオンが、いろんなギルドの集まりだって事は知ってるよね」
「ああ」
「だいたいのギルドはユニオンに加盟して、仕事を紹介してもらったり、
問題があってもユニオンが解決したり守ってくれたりするんだ」
ユニオンは自治組織という事は以前にも聞いていたため、ユーリは頷く。
が、そこまでギルドに精通していないジュディスは疑問を口にした。
「でもそれを悪用する人もいるんじゃないかしら」
「うん、ジュディスの言う通り、一時期そんな事があってそれが問題になったことがあったんだって。
でも・・・そんな風に悪用した人がギルドから消えていっちゃったんだ」
声を沈めたカロルに、ユーリは怪訝な表情で問い返した。
「ユニオンから除名されたとかじゃねぇのか?」
「ううん、ユニオンは何もしてない。
だって悪い事してたって分からないのにそんなことできないじゃない」
「その時に流れた噂が、カロルの言っていた事と関係があるのかしら」
「・・・うん、正体は誰も分からない。
でも、ギルドの掟に反した悪い人は必ずギルドからいなくなる。
その悪いことが全部みんなに知れ渡っちゃうんだ・・・
中には死んじゃった人もいるかもしれないって話だし」
なるほど、とユーリは合点がいった。
カロルがこれほどまでに戦々恐々としている理由はそういうことだったか。
カロルが知っているなら、これはギルド内でも当然と広まっているのだろう。
いささか物騒であるそれに、ユーリは呆れたように嘆息した。
「おっかねぇ奴を野放しにしとくんだな、ギルドはよ」
「でも、そもそもは掟に反したからそんな事になったんでしょう?自業自得じゃないかしら」
「それもそうか」
「だから!掟は守ろうね!」
ようやく理解してもらえた、とばかりなカロルの達成感に満ちた顔にユーリは問うた。
「はいはい。んで、その噂の主、名前とかねえのか」
「うーん、確か・・・」
夜。
虫の声が穏やかな調べを奏でる中、
は強張る背中を正すように伸び上がった。
そして、そんな
にユーリの声がかかる。
「
、知ってるか?」
「何がぁ〜」
見張り交代の順番が回って来たことで、欠伸を噛み殺しながら焚き火の近くに歩いてきた
はユーリに話の続きを促す。
ユーリはカロルの話をかいつまんで説明する。
その話を聞きながら、
はカップにティーバッグを浮かべ湯を注ぐ。
立ち上る湯気と香りを吸い込む頃、ユーリの説明は終わり、その耳慣れた噂に
は興味なさ気に呟いた。
「ああ、その噂」
「知ってるのか?」
「ユニオンじゃ有名な怪談だしね」
「で、本当の所はどうなんだ?」
「どうも何も・・・そんな噂、ホントだとでも思ってるの?」
「だわな」
呆れ返した
にユーリも肩を竦めて返した。
薪の爆ぜる音を聞きながら、
はカップを傾け続けた。
「ま、私利私欲でギルドの掟を悪用した奴にギルドを名乗る資格はないと思うのは私の持論ね。
ユーリだって、騎士団の権力振りかざしてる肩書きだけの奴、嫌いでしょ?」
「まあな」
「それと一緒よ」
これで話は終わりだ、と
はカップから眠気覚ましのハーブティーを流し込もうとした。
が、向かいの青年の顔から納得した表情は伺えない。
目にしたそれに
は思わず目を瞬かせ、その手を止めた。
「珍しいわね、ユーリがそこまで気になるなんて」
「別に、気になってなんてねえよ。
ただそいつは、腕も立つ奴なんだろうなって思っただけだ」
ようやく納得がいった。
興味の点においては実に彼らしいことだ。
「なるほど、腕試し基準で気になってたと」
「ジュディも会ってみたいって言ってたしな」
「カロル・・・一体、何の話をしたのよ」
ここに居ないもう一人の反応が目の前の青年と同じ事実に、げんなりとした
へユーリは立てた指を折りだした。
「帝都で幸福の市場の横流し現場を潰した話とか、紅の絆傭兵団の偽名使ってた悪党を紅の絆傭兵団の前に転がした話とか、かね。
俺が面白かった話は」
「・・・なんだか、どっちも荒事確定になってる話しか覚えてないのね」
「本当に一人で潰したってんなら、相当な腕だろ?」
「まぁ噂だから話半分ってところが真相でしょうね」
半眼で応じた
に、ユーリは思いを馳せるように視線を上げた。
そこには夜空に瞬く銀の砂が一面を覆っている。
いくら見つめても噂の姿は浮かびようがなかった。
「どんな奴なんだろうな、リベルタスって」
「・・・さぁね」
素っ気なく応じた
は、再びカップを傾けた。
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2017.5.21