上を見上げれば、大きな月が冷たい光を静かに降り注いでいる。
目を閉じ、その光を一身に浴びる。
そして、耳に届いた音にゆっくりと振り返った。

「綺麗な月夜ね。そう思わない?」

背後から現れた闇に溶ける様な赤と黒を纏う美丈夫。
その表情はいつにも増して感情は現れていなかった。

「答えを聞こう」































































ーー最後通告ーー































































新興都市、ヘリオード。
精霊化を進める一行は、次なる目的地のためこの街で休息を取ることとなった。
雑談を終え、皆が寝静まった深夜。
一つの影がするりとベッドを抜け出した。
滝の轟音が遠くに聞こえる。
深夜の森は結界の近くとはいえ危険な事に変わりはない。
だが、空には大きな満月が周囲を照らし、視界は明るい。
魔物が突然襲ってきたとはしても、難なく退けられるだろう。
だが、きっとそんな事にはならない。
そんな直感があった。
と、背後から草を踏みこちらに近付く足音を聞いた。
月光を浴びながらゆっくり振り返れば、懐かしい姿が出迎えてくれた。

「綺麗な月夜ね。そう思わない?」

微笑を浮かべそう問うたが、相手の表情はまるで湖面のように静かだ。
・・・ああ、そうか。

「答えを聞こう」

ーー決断の、刻がきた。
































































短い再会の挨拶の口火。
は小さく息を吐いた。
このような状況で、デュークとの交渉は限られている。
そして、きっと必要な言葉しか相手は求めていまい。
回りくどく言わず、 はすぐに本題に入った。

星喰ほしはみは倒さねばならない存在なのは分かってる」
「なればーー」
「でも、あなたのやり方には・・・人間を滅ぼすやり方には賛同できない」

きっぱりと断言した言霊。
それを受けたデュークは目に見えて、不愉快な表情を浮かべた。

「お前は世界をここまでの窮地に追い込んだ人間に与するのか」
「人間側とか始祖の隷長エンテレケイア側の話をしてるんじゃない。
この世界の脅威を何とかしたいだけ」
「同義だ。
あの災厄は人間によってもたらされた。人間と災厄は変わらぬ。
この世界の安寧の為には、両者は駆逐されるべきもの」
「その災厄にかつては人間と始祖の隷長エンテレケイアは共に手を取り合って退けたじゃない。
どうして今回はそれができないのよ」
「言ったはずだ。
人間はかつての禁を破った、過ちを繰り返すことしかできぬ存在は星喰ほしはみ以上の破滅をもたらす使徒でしかない」

取りつく島がない、それほどまでにデュークは頑なまでに態度を変えない。

「だから人間を滅ぼすの?そんなの、間違ってるわ」
「ならば10年前の裏切りは間違ってなかったのか」
「!」

切り返された、抉らせれる心の傷。
互いに負った人間を信じられなくなった心の傷。
は弱々しく俯いた。

「・・・間違ってるに決まってる。
裏切りが正しい事なんてないんだから」
「それを行なったのは人間だ。
容易く約定を翻す側にお前は付くのか?」
「・・・全ての人間がそんな人でないのは、あなたも知ってるはずでしょ?
だからユーリにその剣を貸してーー」
「私はこの世界を守る。
友に誓ったこの盟約は決して違えぬ」

まるでこちらの言葉に耳を貸さないように遮ったデュークに、 は反論したい気持ちをぐっと堪え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「そのエルが愛した世界だから、この世界を守りたいのよ。
だってエルの願いはーー」

その先の言葉は、鋭い視線によって呑み込まれた。
全てを拒絶するようなーー敵と判じ憎悪にまで近しいそれ。
思わず は立ち竦んだ。

「・・・それがお前の答えか」
「違う、お願い話をーー」
「愚かな、お前はもはや戦友ではない」
「待ってデューク!」

踵を返し、歩き去るデュークに は制止の声を上げる。
しかし、その姿は二度と立ち止まる事なく、決して振り返りはしなかった。

「デューク・・・」

月明かりの中、 は呆然とその後ろ背を見送るしかできない。
まるで二人の道は決別したかのように、その姿は闇に消えていく。
共に戦場を戦い抜き、友を失い同じ傷を負った。
その友の願いも二人で聞き届け、その願いを胸に同じ道を歩いている、そう思ってた。
すでに闇に消えた姿に、 の瞳から涙があふれた。

「ふっ・・・」

嗚咽を押し殺し、 は泣き崩れた。
どうしてこうなった?
どうして分かってくれない?
どうしてその道を選んだ?
どうして・・・

「・・・どうして・・・デューク、エルは・・・
約束を・・・」

青白い光の中、まるで切り取られた世界の只中で は自身を搔き抱いた。
心が泣き叫んでいた。
どうしようもないほどに、エルを目の前で失ったあの時のように。
いや、あの時以上に悲しくて堪らなかった。
10年前の無力な自分に戻ってしまったようで、 はただ涙を流すしかできなかった。

















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2017.5.21