「よっこいせ、と。
ちょい、
ってばそろそろ歩いてよ」
「ゔ〜・・・」
ギルド本部、ユニオン。
薄暗い廊下を二人が歩いている。
いや、『歩いている』というには語弊がある。
支えられるようにしてやっと歩かされている、というのが正しい。
レイヴンに支えられ、半ば引き摺られるように
は歩いていた。
ーーほんの少しの勇気をーー
ーー数時間前。
天を射る矢、酒場。
「レイヴンさん!」
「ちょうど良い所に!」
「およ?どうしーー」
「「「助けて下さいっ!!!」」」
いきなり、男二人に詰め寄られたレイヴンはほろ酔い気分も吹き飛んで目を丸くする。
だがもはや涙目に近い男達の様子を見て、無碍にするのも憚られ話の先を促す。
「・・・どったの?」
「うぅ、俺らじゃもう相手できないっす」
「レイヴンさんだけが頼りなんです!」
「ちょ、ちょい近っ!一体何がーー」
ーードンガラガッシャーーーンッ!ーー
「弱ぁい!そんなんでダングレストを守れんのかコラー!」
いきなり吹っ飛んできたテーブルに誰かが吹っ飛ばされた。
恐る恐るそれが飛んできた方向を見れば、テーブルに乗り上がっている
が、酒瓶を片手にクダを巻いていた。
そしてもう片手には、首をホールドされている男が青白い顔で目を剥いている。
誰もがその騒ぎの元凶を遠巻きに見ているばかりで、仲裁に入ろうとはしていない。
このギルドの街においてはいささか珍しすぎる光景だ。
普段ならやらいでか、ケンカへとどんどん参加していってお祭り騒ぎに・・・
・・・じゃなくて
「え、と・・・アレ何?」
「いや、ユウマンジュの新作の酒が手に入ったんで・・・」
「皆で飲もうって話になったんですが・・・」
「
さんが飲んでいるうちに、その・・・」
「絡み酒ってか」
レイヴンはがっくりとうな垂れた。
普段はきちんとしてるだけにギャップが激しい。
いつもなら諌め役となっているはずの人物がタチの悪い暴れ方をしてるから周りも手を出しづらいと言った所か。
ま、親切心で手を出した奴らは激しく手痛い歓迎で返り討ちにされている訳だが・・・
そうこうしている間に、また体格の良い男が吹っ飛んできた。
「んな貧弱でギルド名乗るたぁ言語道断!鍛え直してやる、かかって来いやぁ!」
普段の戦いと違い、剣を抜いていないから大事には至っていないものの、こうも軽々と男を投げ飛ばしてしまう
を見てしまったレイヴン暫く唸った。
そして、
「やー、めっちゃ帰りたいわー」
「「そんなこと言わずにお願いしますっ!!」」
「んぎゃー、ムサい男に言いよられるのもマジ勘弁・・・」
このまま引っ付かれるのも悪夢だと、腹を括ったレイヴンは目標に向け歩きだす。
その最中でさえ、グラス、酒瓶、椅子、テーブル、果ては人間が吹っ飛んでくるが器用に避けながらようやく辿り着いた。
「
、その辺にしときなさいよ」
「んー?・・・レイヴン?いつ帰ったのよぉ」
「いや、ついさっきだけど。
それよかその腕の、そろそろ離してやらないとシャレにならないから」
「腕ぇ〜?何よこいつ、酒飲んで気絶なんて情けなぁい!」
(「いや、それは
が落としたんよ・・・」)
あれだけ首に入っていれば誰でも落ちるっつーの。
などという正論は酔っ払いには通じないだろうと、レイヴンは心の中だけに留める。
そして酔い覚ましの水を飲ませようとしたが、頑として拒否した
を仕方なく部屋まで送ることとなった。
(「どんだけ暴れてたのかねぇ、この子は・・・」)
盛大なお見送りにレイヴンはひとりごちる。
自分よりも二回り近くも体格が違う男達から頭を下げられ、少々ビビったというのに
の一睨みで脱兎の如く逃げ出した。
傍目に見てて面白さ半分、恐ろしさ半分と男の矜持への同情が少々。
とはいえ、これで寝かしつければ自分の仕事は終了だ。
「ほれ、ベッドにご到着。もう大丈ーー」
思わず、目を瞬いた。
背中にはベッドのスプリングが軋む音、そして、目の前にはいつの間にか天井を見上げている。
「・・・へ?」
「・・・」
そして横にしたはずのその人物は自分に馬乗りになっていた。
乱れた髪のせいで隠れた表情は分からない。
「あのー、
さん?」
「明日からまたヘリオード」
「はい?」
「そして任務の続き」
「???」
酔っているはずなのに、はっきりとした口調が耳に届く。
訳が分からず硬直していれば、僅かに顔が動いた。
窓から差す月光が映した表情は、とても切なげで、僅かに上気した頬。
こちらをひたと見据える潤んだ瞳に鼓動が跳ねた。
「また・・・会えなくなるんでしょ?」
消えるような呟き。
・・・誰だ?
いつもならこんな事、口にするはず無いというのに。
と、そこまで思い至ってレイヴンは合点がいった。
「も、も〜、
ってば酔っ払うのもーー」
その先は普段より熱い唇で塞がれる。
互いに飲んでいるとはいえ、これ以上は不味い。
後ずさろうとするが、ベッドでは逃げ場が限られる上に、すぐに背が壁に当たる。
そして、口付けは深くなるばかりのそれに、理性などあっという間に崩れ落ちた。
「っ!・・・」
「もう、知らないわよ」
再度反転した、細い体をベッドに押し付けたレイヴンはただそれだけ言い、噛み付くようにその唇を奪った。
「・・・」
ぱちっと目を開いた
は、瞬時に今いる場所が自身の部屋である事を理解した。
時刻は夜明け直後。
小さな窓から朝日が差し、藍色の空が徐々に白み始めている。
ゆるゆると自身の腕を上げ、
は顔を両手で覆った。
(「は、恥ずかし死ぬ・・・」)
薄いリンネ越しに回されている腕。
そして、昨夜の事。
全て覚えている。(ユウマンジュの酒はとっても美味しかった)
顔から火が出るほど恥ずかしい。
いや、死ねるレベルだ。
いや、死にたい死にたすぎる!今すぐに!!
(「ダメだ、ちょっとシャワーを・・・」)
少しは頭を冷やそうと、ゆっくりとベッドから移動した。
が、
ーーグンッーー
「わ!」
しかし、再びベッドに引き戻される。
目の前には花緑青色の瞳。
息を飲んだ。
「寒いでしょ、まだ抜け出ないでよ」
「ご、ごめん・・・なさい」
尻すぼみに言えば、
は顔を合わせられず再び顔を手で覆った。
そんな様子にレイヴンは首を傾げた。
「どったの?」
「な、なんでもない。話しかけないで」
「いやいやいや、なかなかに酷いでーーもが!」
「だから喋るな」
こちらの口を塞いでくる
にレイヴンはしげしげと相手を見やる。
普段は絶対にお目にかかれない光景。
真っ赤になった
が必死に顔を背けている姿に目を見開く。
そして、むくむくといたずら心が首をもたげ、塞がれた手を外した。
「酒の勢いは抜けたみたいね」
「う、うるさい」
「あらら、反抗的。昨日は随分と素直だったのに」
「〜〜〜っ!!!」
「寂しかったんでしょ」
「調子にーー」
「俺は寂しかった」
「!」
鋭い掌底を見舞う拳が止まる。
突然の告白に、
は惚けたように顔を上げた。
まだ僅かに赤い顔にレイヴンは困ったように笑う。
「まさか、
が戻ってるとは思ってなかったしね。
知ってたら一人で飲んでなかったわよ」
「・・・私、だって・・・」
再び顔を背けながらも響いた小さな呟き。
互いに意地を張りながらも、同じ気持ちだったことを打ち明け互いに求めていた事実に感じるのは幸福感。
レイヴンはリンネごと
をさらに抱き寄せた。
「ちょ、レイヴン?」
「はぁ〜、行きたくなくなっちゃったわ〜」
「乗り込んでくるわよ、あの副官」
「・・・有り得そう」
同時に吹き出す。
暫くすれば笑いも収まり、聞こえるのは互いの小さな息遣い。
「ま、もう暫くこのままでもバチは当たんないっしょ」
「そうかもね」
街が賑やかになるまで、もう少し。
この時だけはゆっくり流れますように。
たまにはお酒に頼ったって良いじゃないって話
ま、お酒はほどほどに。。。
2017.10.15
Back