夜も更けた。
日課の終わりである双剣の鍛錬と手入れを、珍しく誰にも邪魔されずに終えた一日。
身体を満たす程良い疲労感と充足感。
毎日がこんなだったら、という淡い願いとそれは期待し過ぎかと自嘲しながら気持ち良い微睡みに落ちかけていた。
その時、
ーードゴーーーンッ!ガラガラガラッ!!ーー
その身体に突き刺さった騒音。
いや、騒音と呼ぶには足りない轟音が容赦なくの鼓膜に突き刺さり数秒前の眠気は遠い彼方に吹き飛んだ。
「・・・・・・はぁ」
このダングレストでこのような騒ぎが別段、珍しいことでは無いのは承知済みだ。
問題なのは、今、微睡みに落ち掛けていた小さな幸福をぶち壊した原因が、目と鼻の先で起こっていて、未だに続いている、という事だ。
このままではおちおち寝る事もできないし、気にしてしまった以上、確かめずにいれない自分の性分も分かっている。
は手入れを終えた双剣を携え、上着を引っ掛けると安眠妨害の元へと、扉を押し開いた。
ーー続くはずのない出会いーー
「なんの騒ぎですか?」
数分とかからず、原因の元へと辿り着いた。
道すがら大体の騒ぎの検討は付けていた。
時間も時間だ、どこぞの呑んだくれが加減を誤って暴れ回ってる。
はたまた、無駄な体面を競って場所を弁えないバカ同士の喧嘩。
結果、どちらもハズレた。
不機嫌さを隠そうとしてないこちらの声に、老獪だが今は獰猛さを増した瞳をこちらに向けたドンはにやりと笑い返した。
「おぅ、起きてたのか」
「・・・起こされたんです。で、なんですかソレ」
言いぶりにはさらに不機嫌さに拍車をかけたが、とりあえずそれは脇に置いた。
さっさと本題に移ったは、ドンの足元に転がっている満身創痍だろう男を顎で指せば、老いた顔はさらに皺を深めて笑った。
「何、威勢の良い新入りだ。ついでだ、おめぇ手当てしといてやれや」
その言葉にの顔は露骨に嫌悪感を見せた。
雑に巻かれた男の胸部の包帯。
そして目の前の倉庫だったはずの部屋の荒れ様に、どうしてこうなったかが容易に想像できた。
何しろ、数日前に自分も同じ様な事をしでかしたばかり。
まぁ、痛めつけたのは後から来た輩で、自分はその正体を暴いただけだが血の気の多いこの街では、余所者、特に帝都からの間者には手荒い歓迎が常だった。
この男も例に漏れず、という事らしい。
だが、今回は相手が自分ではなくドンだったという不運。
老体のくせに好戦的で、体格を生かした肉弾戦、その存在感の巨大さに徹底的な力の差で相手を捩じ伏せる。
その洗礼を受けたというのに、未だにその胸が上下している事に、はぞんざいに言い返した。
「もうしてあるじゃないですか」
「粗方だけな」
「・・・はぁ、分かりましたよ」
言外な命令に近いそれに、は面倒事を引き込む自分の性分をこの時ばかりは呪った。
男は部屋に移され、付き合わされたも仕方なしにそれに続いた。
ざっと見た創傷の手当の道具を手にしたは、小さく息を吐くとベッドに横たわる男を見下ろした。
身なりからして、ギルドの人間では無いことは一目で分かった。
装いはどうにでも繕えるが、纏う空気はそうはいかない。
嫌という程、憶えている。
いや、忘れたい、封じたはずだった。
既に過去に捨て去ったはずの、懐かしい匂いには顔をしかめた。
(「ったく、叩き起こされた挙句にとんだ貧乏クジ」)
纏わりつく記憶から逃れる様に、は手当の道具を脇に置き、荒っぽく巻かれた包帯の上に手をかざす。
別れ際のドンの言葉から、折れてる肋くらいは何とかしろとは言われている。
見た目が酷いだろうそこに治癒術を施す。
(「ドンの首を獲ろうなんて、命知らずな奴・・・」)
そしてとんだ疫病神だ。
本当なら今頃は、夢うつつを彷徨っているはずだったのに。
ちょっとした好奇心から、こんな事になろうとは。
しかし、男の身体はこれまで見てきた誰よりも鍛えられているのが分かった。
ドンに先ほどまでやられた傷とは別の、多くの傷跡。
それは多くの戦いをかいくぐって来た者だけが持てるそれ。
只者ではないのだろう。
もし騎士団関係者だとしたら、末端の兵ではないし、それに・・・
(「・・・ま、関係者ないか」)
蘇りそうな情景を押さえ込み、すぐに闇の彼方へと追いやった。
そうだ、私にはもう関係ない。
新入りというのもどうせ体のいい方便だろう。
本当に帝国の関係者なら、ドンが頃合いを見て追い出す。
それで終わりだ。
この出会いが、後々まで続くはずがないのだから。
<後日談>
「おぅ、こいつは新入りのレイヴンだ。適当に世話してやれ」
「どもー」
「・・・」(「本気だった訳・・・」)
侵入者27歳、ヒロイン16歳くらいのお話し。
ギルドに身を寄せ、過去と決別したと少女のある一夜の出会い編。
断罪者の系譜に触発されたぜ。。。
Back
2017.10.7