ーーNo.195 古塔に響く剣戟 後ーー
「精霊・・・?愚かな、なぜ始祖の隷長はそんな不確実な話に乗った?」
「不確実なんかじゃない!現に始祖の隷長を精霊化することができた!」
「決して非現実的なんかじゃありません!」
冴え冴えとした言葉にリタとエステルが反論する。
「デューク、世界は在るべき形になろうとしてるの。
その変化を拒まないで・・・」
「あんたは過去の思い出に縋ってるだけだ」
前衛として白銀の前に対峙する
とユーリも続いた。
「私一人が頑迷だというのか・・・」
険を滲ませた声が響く。
が、すぐに全てを拒絶するかのようにデュークは言い放った。
「・・・いや、間違ってなどいない。
私は全力でお前達の思惑、排除する!」
鳴り止まぬことのない爆音、その間を縫って響く剣戟音。
たった一人であるデュークに対峙していたユーリ達は押され始めていた。
剣戟は受け流され、発動された魔術は瞬時に移動し避けられる。
疲労の色を濃くしたユーリ達に、デュークの攻撃の手は緩まない。
「・・・始まりの時を再び刻めーー」
流れるように紡がれた詠唱に攻撃の手を止めた
はすぐに後退した。
(「間に合って!」)
「絢爛たる光よ、干戈を和らぐ壁となれーー」
その行動に気付いたエステルもすぐに詠唱を開始する。
「我を取り巻く六つの星よ、万物を阻む光の盾となれーー」
「フォースフィールド!」
「バリアブルヘキサ!」
「ーー消えよ・・・ビック・バン!」
二人の詠唱が終わった直後、デュークの魔術が襲いかかる。
完全に展開されていない防御壁を破って、凄まじいエアルの奔流がユーリ達を蹂躙した。
「うっ!」
「っ!」
「うわぁ!」
「きゃ!」
「ギャウ!」
「きゃあ!」
「くっ!」
襲い来る激痛に誰もが倒れる。
辺りを静寂が満たした。
だが、
「・・・まだ立ち上がるというのか」
淡々と紡ぐデュークの視線の先、そこに満身創痍になりながらも立ち上がった
の姿があった。
「おあい、にくさま・・・
決めたのよ・・・私は、デューク。
・・・あなたを、絶対止めるって!」
「お前一人が立ち上がったところで、私を阻むことは不可能だ」
デュークの言葉に耳を貸すことなく、
は双剣を構えた。
そして、負った痛みに構わず距離を詰める。
(「この一太刀、全ての想い、願いをこの瞬間に・・・懸ける!」)
「翔破、崩滅閃!!」
ーーガギィィィーーーンッ!ーー
の渾身の攻撃は、宙の戒典によって軽々と受け止められた。
ギリギリと鋼が唸り、火花が散る。
至近距離で対峙した
にデュークは憐れむような声音を向ける。
「愚行な事を・・・今の二振りの剣を持つお前に勝機はないというのに」
「ふっ。そうね、昔の私ならそこそこ貴方と良い勝負になっただろうけど・・・」
否定しない
にデュークは眉をひそめる。
その様子に鍔迫り合いをしているはずの
は微笑んだ。
「変わるのよ。世界も人も、もちろん私も。
昔はなかったものを今の私は持ってる。
だから・・・絶対、貴方には負けない!」
「万物に宿りし生命の息吹を此処に、リザレクション!」
突然、陽光のような柔らかい光が辺りに溢れる。
無表情なデュークの顔に驚きが現れると、傷が癒えた
は白銀を弾き飛ばした。
「言い忘れてたわ、私はまだ一人じゃない!」
「正義の意志、雷撃の剣となり咎ある者に振り落ちる!サンダーブレード!」
笑みを浮かべた
が言い終えた直後、二人の間に雷が突き刺さる。
閃光が辺りを満たし、それを腕をかざして防いでいたデュークが腕を下ろすと、至近距離に迫ったユーリが飛び込んできた。
(「!しまっーー!」)
「決める!漸毅狼影陣!」
「すまぬ・・・エルシフル・・・
約束、守れそうにない・・・」
混沌とした空を見上げながら、息も絶え絶えなデュークは呟く。
そこへ荒く息を吐いたユーリが歩み寄る。
「エルシフルがどんなヤツだったかも知らねぇオレが言っても説得力ねぇけど・・・
人魔戦争で人の為に戦ったエルシフルってヤツは、ダチのあんたに人間を否定して生きる事なんて望んじゃいないと思うぜ」
言葉が真っ直ぐに心に降り積もる。
10年という月日は、自分からいろんなモノを奪っていったのだとデュークは思った。
「エルシフルの、望み・・・」
「・・・少なくとも、同じダチの
にあんな顔をさせるのは間違ってるだろ」
その言葉にデュークが視線を巡らす。
こちらに向かってくる
は、ぼろぼろで今にも泣きそうな顔。
そうしてしまったのは、自分だ。
『レイスティークを、これ以上泣かせるでないぞ・・・』
忘れていた友の願いの一つ、それを今頃思い出すとは。
「・・・世界を守ること・・・生きとし生ける者、心ある者の安寧・・・」
「デューク!しっかりして!
こんな・・・ホントに、無茶が過ぎるわよ」
昔を思い出すように両目を瞑ったデュークの傍に
は駆け寄った。
そして、倒れたまま動かないデュークに蘇生術を唱え始める。
古代秘術が解かれたデュークは最初に対峙した姿に戻っていた。
しかし、土気色の顔に起き上がることもできないその姿に、レイヴンは訳が分からず顎を撫でた。
「どういうことよ?極限に能力を高めるんでなかったの?」
その言葉に、腕を組んで考え込んでいたリタが推測を言葉にする。
「・・・リバウンド」
「ええ、元々人間一人がこんな大掛かりな術を発動できないの。
これは始祖の隷長と共に発動することで完全な術式となるものだから」
リタに応じながら、
が発していた柔らかな光が次第に小さくなっていく。
ようやく呼吸が落ち着いたデュークにほっと息を吐いたが、ぼやぼやと休んでいる猶予は残されていない。
と、
の背を見つめるユーリにカロルが駆け寄った。
「ユーリ!急がないと!」
「ああ、やるぞ。
・・・」
「・・・ええ、分かってる」
ユーリに応じた
は立ち上がった。
そして、背後にしたデュークに語りかける。
「ねぇ、デューク・・・・・・変われるのよ。
人間だって、始祖の隷長だって、精霊だって。
それにーー」
「世界も然り・・・か」
「変われるわ。
だって・・・エルシフルが愛した世界じゃない」
肩越しにその目に涙を溜めたまま、
は笑った。
そして、ユーリ達が待つ元へと力強く歩き出した。
足元に展開された術式の中心で、真上にある星喰みを見上げたユーリ達。
中心点にユーリが、囲むように他の仲間が円を描くように立つ。
皆を見渡せる位置についたリタは、対角にいる満月の子二人に声をかける。
「いくわよ・・・エステル、
、同調して」
「はい!」
「ええ」
応じる声のあと、仲間の足元に精霊の力を収束させるために術式が展開される。
そして、全ての準備が整った。
「ユーリ、いくわよ!」
「ああ!」
力強く応じたユーリは手にした明星壱号を起動させた。
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2008.11.9