心臓の音が五月蠅い。
早鐘のように打つ鼓動が耳を覆う。
ついにこの時が来てしまった、と
は汗が滲む双剣の柄を握りしめた。
ーーNo.194 古塔に響く剣戟 前ーー
――コツッ、コツッ、コツッ・・・――
張り詰める空気の中、階段を下りるブーツの音が規則正しく響く。
自分達に歩み寄ってくる人魔戦争の英雄に、ユーリ達は諦めることなく説得を続けていた。
「オレ達が星喰みを倒す、邪魔しないでくれ!」
「これはわたし達だけが選んだ道じゃない」
「始祖の隷長もクリティアも、同じ道を選んだの」
未だに武器を抜くことなく、しかし、いつでも動けるように身構えたままユーリ、エステル、ジュディスが声を上げる。
しかし、
「私がそれに賛同する道理はない」
にべもない返答に苛立ちを滲ませたリタが声を荒げる。
「この石頭!どうして・・・どうして分からないのよ!」
「ボクたちが新しい未来をきりひらこうとしてるのは、悲しい過去をくりかえさないためでもあるのに・・・」
「お願い、デューク分かって・・・これは人と始祖の隷長が新しい道を選ぶための選択なの・・・だから!」
必死に食い下がるカロルと
にも白銀は聞く耳を持たない。
「きっと始祖の隷長はその選択を後悔する。人もまた死んでいた方が良かったと思うだろう」
冷徹に言い放たれた言葉に、レイヴンは矢をつがえたまま軽口を叩く。
「死んだ方が良いなんてことはないんだけどね〜、実際」
「わたしは後悔しない、後悔させない!」
「オレ達の決意はそんな生半可なもんじゃねえよ」
「ボクたちは未来へこの思いを伝えるため、この先も旅も続けるんだ!」
自分達の思いを伝えようと対峙する凜々の明星の声が響く。
――カツンッ――
階段を下りる音が鳴り止む。
デュークとユーリ達は自分達の射程距離に互いを捕らえていた。
そして・・・
「愚者の結論だ。もはや話の余地なし」
「デューク・・・」
悲しげに呟いた
。
そして、先制攻撃の口火を切るようにユーリ達に深紅の龍が襲いかかった。
古の塔の最上階で激しい攻防が続く。
人数の利では圧倒的に勝っているはずのユーリ達だが、現時点では五分五分というところだった。
――ガキーーーンッ――
鍔迫り合いから、ユーリを弾き飛ばしたデュークは彫刻のような無表情を僅かに変えた。
「さすがにフェローが認めた者達ということか・・・」
「あんたこそ大した強さだ」
息を乱すことも、表情を変えることもないデューク。
対するユーリ達は全員肩で息を吐き、無傷な者は誰一人としていなかった。
だが、劣勢の状況でも大口を叩くユーリにデュークは再び感情が見えない表情でユーリ達を見据えた。
「残念だ。お前達ともっと長き時を歩んでいれば、違う形の邂逅があったかもしれぬのにな」
「今からでも遅くないぜ」
「いや、もう遅い。
この空を星喰みが覆ったとき、私の道は決してしまったのだから」
「この分からず屋め!」
声を荒げるユーリに白銀は答えない。
と、デュークは踵を返し、最初に術式が展開されていた地面に宙の戒典を突き刺した。
するとそれに反応して、足下に複雑な魔法陣が浮かび上がる。
それを見た
は、まさか、と色を失う。
「!デューク、駄目!!!」
「世界の永続にとって最善の道、それは世界を自然な形に戻すこと・・・
それが私の選んだ道、私はそれに殉じる。
友よ!・・・力を!!」
「いや、やめてっ!!」
悲鳴に近い制止の声は届かない。
黒くうねる難解な魔法陣を白い光が走る。
そして、辺りは直視できないほどの閃光に満たされた。
視界が戻ってくると、先ほど戦っていた場所とは違っていた。
足下には黒い陣の下に見えるタルカロンの尖塔。
先ほどよりも距離が近くなった頭上の星喰み。
だが、それだけではなかった。
ユーリ達と対峙していたデュークは、先ほどの光を纏ったようにその身体は輝き、宙の戒典を操り空中に浮かんでいた。
対峙しているだけにも関わらず、圧倒的な威圧感にユーリ達は押し潰されそうになる。
「なんなんだ、さっきとは比べものにならねぇぞ」
油断なく武器を構えながら呟くユーリに、
は声を絞り出した。
「・・・あれは人魔戦争の時にも使用した、ゲライオス文明の遺産、古代秘術。
あの符陣によって発動者の能力を極限まで高める術よ」
「だから人魔戦争で英雄と呼ばれてたわけね」
合点がいったレイヴンの声音に
は振り返ることなく頷く。
見たこともない古代秘術に、構成術式を呼び出したリタは目の前に現れた数値に愕然とする。
「なによ、この術式・・・こんなのあり得ない」
「そ、そんな相手をたおさなきゃいけないの!?」
及び腰になるカロルに、剣を槍を構えたエステルとジュディスが毅然と声を上げる。
「大丈夫です!みんなで力を合わせれば勝てます」
「そうね、私達はもう後には引けないのだから。全力でぶつかりましょう」
諦めることなく、新たな力を手にしたデュークを前にしても退かない仲間に、
は懇願した。
「お願い、みんな力を貸して・・・デュークを止めないと」
「おう!」
「はい!」
「ええ!」
「うん!」
「了解よ」
「ほいさ!」
「ワンッ!」
一行の力強い声が響く。
それに勇気づけられた
は双剣を握り直し、走り出した。
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2008.11.9