ユーリ達は塔の最上部へと辿り着いた。
そこには大量に展開された術式の前に佇む白銀の後ろ姿があった。
星喰みによって陽の光が遮られたそこは薄暗く、術式によってその場所だけが明るく辺りを照らしていた。
ーーNo.193 分かたれた道ーー
近づく足音に気付いた白銀は肩越しに一瞥を送る。
それを受けたユーリ達は数十歩の距離を残して立ち止まった。
「デューク、オレ達は四属性の精霊を得た。精霊の力は星喰みに対抗できる」
「もう人の命を使って星喰みを討つ必要はありません」
ユーリとエステルの言葉にデュークは空を仰いだ。
「あの大きさを見るがいい。たった四体ではどうにもなるまい」
「四体は要よ。足りない分は、魔導器の魔核を精霊にして補うわ」
「世界中の魔核だもん、すごい数になるはずだよ」
「ついでにおたくの嫌いな魔導器文明もついに終わり。
悪い話じゃないでしょ?」
リタ、カロル、レイヴンが続けた言葉に、デュークは視線を合わせることなく言い捨てた。
「・・・人間達がおとなしく魔導器を差し出すとは思えん。
それとも無理矢理行うのか」
「人々が進んで応じるなんて、信じられないのかしら?」
「一度手にしたものを手放せないのが人間だ」
即座にジュディスに切り返したデュークに
は食い下がる。
「そんなことないわ・・・
デューク、私達は私達の選んだ方法で星喰みを討つわ。
だからお願い、少しだけ・・・もう少しだけ待って欲しいの」
の言葉に数瞬沈黙したデュークは再び口を開いた。
「・・・それで世界が元に戻るというのか?」
「え?」
「始祖の隷長によりエアルが調整されあらゆる命がもっとも自然に営まれていた頃に戻るのか、と聞いている」
「それは・・・」
語気を強め、振り返ったデュークの詰問にリタは言葉に詰まる。
その返答を予想していたように、デュークは目を細めた。
「お前達は人間の都合の良いようにこの世界を・・・テルカ・リュミレースを作り替えているにすぎん」
「世界が成長の途中だとは考えられませんか?
始祖の隷長は精霊になることを進化だと考えています。同じようには考えられませんか?」
進み出たエステルの問いにデュークは視線を移すと淡々と呟く。
「・・・彼ら始祖の隷長の選択に口を挟むことはすまい。
だが、私には私の選択がある」
「分かってくれねぇのはそれをやろうとしているオレ達が人間だからか?」
「人間が信用できないからって放っておいて、手遅れになったらいきなり消そうとするってどうなのよ!?」
ユーリとレイヴン批判する声音を受けた白銀は、再び混沌とした空を見上げた。
「・・・お前達はこの塔がどういうものか知っているのか?
もともと都市だったこのタルカロンを古代人は自ら兵器に変えた・・・始祖の隷長を滅ぼすために!」
「ああ、
から聞いた」
「ならば分かるだろう。
人間はどうしようもないところまで世界を蝕み、自分達の存続のためだけに
世界のあり方までを変えようとする。
そんな存在こそ、星喰みをも凌駕する破滅の使徒だ。
今の世界は多くの犠牲の上にある。なのに人間はまた過ちを犯した、必ずまた繰り返すだろう。
・・・私は友に誓ったのだ。この世界を守ると」
回顧するように目を閉じたデュークにジュディスが呟く。
「エルシフルね」
思い浮かべていた名前を言われたことでデュークは振り返った。
「・・・聞いていたか」
「ああ。クロームも、あんたを止めてくれって言ってたぜ」
ユーリに続くようにエステルも頷いた。
「彼女もわたしたちの話を聞いてくれて精霊に転生しました。
だから、どうか一緒に・・・」
「・・・ふざけるな。始祖の隷長がその使命を放棄するというなら、私が引き継ぐ。
お前達の手段を待つまでもなく、私がこの術式を完成すれば世界は救われる」
「デューク・・・やめて!」
大量の術式の前、地面に差された宙の戒典に歩み寄った白銀に
は制止の声を上げる。
その声に振り返ることなく、デュークは突き放すように言った。
「このまま人間が世を治めていけば必ず同じ過ちを繰り返す。
そうなれば人の心は荒み、より辛い未来になるのではないか?」
「例えそうであっても自分達で選んだ道です。
傷ついても、立ち止まっても、諦めなければ、また歩き出せるはずです!」
振り向かない背中に向かってエステルが叫ぶ。
「そうよ。
間違ったり失敗したりするのを怖がってたら、新しいことなんて何もみつからないもんね。
それに、あたしたちはあんたみたいに勝手に決めつけてこの道を選んだんじゃ
ない、みんなで決めたよ」
「うん、一人じゃ難しいのかもしれない。
でもボク達は一人じゃないんだ。一人で出来なかったらみんなでがんばる。
そうやって歩いていけるって事に気付いたんだ」
リタやカロルの言い分にも耳を貸すことなく、容赦のない言葉が返される。
「心が繋がっている者同士はそれでいいのだろう。
だが、必ず辛い未来を受け入れられぬ者がいる。それが分からぬお前達ではないだろう」
「そうね。厳しいけどそれが現実でしょうね。
けど、変わろうとしていくものを受け止め、考え、また変わっていく。人も世界も、ね。
だから何年・・・何十年・・・何百年かかったとしてもいつか受け入れてくれる、今はそう思えるわ。
だって、それが生きるという事なのだから」
「んだな。守らなきゃいけないもんは確かにあるだろうが・・・
おっさん、次の時代に生きる奴らの将来(さき)見てみたいわ。
バカどもが変わっていくのを先に逝っちまった奴らの代わりに、さ」
「遺された想い、託された願い・・・生きているオレ達にはそれを引き継ぐ義務がある。
それを果たすためにこれから先も、この世界で生きることを続けなきゃならねえんだ」
ジュディス、レイヴン、ユーリの迷いのない思いをぶつけられたデュークはようやく視線だけをユーリ達に向けた。
「相容れぬな・・・
・・・お互い、世界を思う気持ちは変わらぬというのに不思議なものだ」
「いいえ、不思議じゃないわ。
貴方と私達は選んだ道の先・・・未来に見ているものが全然違う」
ユーリ達の先頭に歩み出た
が、デュークを真っ直ぐに見据えて言った。
視線が外れないまま、沈黙が続く。
それを先に破ったのはデュークだった。
「未来は守らねばならん。守らねば破滅が待っている」
「未来は創り出すもんだろ。選んだ道を信じて作り出すもんだ」
の隣に立ったユーリが拳を握り、きっぱりと断言した。
交わることのない相反する信念がぶつかりあう。
再び辺りに沈黙が流れ、聞こえるのは術式を構築する電子音だけだった。
と、その時、デュークが宙の戒典を地面から引き抜いたことで術式の構築音が消失していった。
剣を携えたままのデュークに、ユーリ達の間に緊張が走る。
「是非もない・・・来るがいい!」
言葉少なに白銀が言い放つ。
互いの道が別たれた宣告がなされ、ユーリ達の前に10年前の英雄が舞い降りた。
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2008.11.3