ーーNo.190 決戦前夜ーー





































































時間はあっという間に流れ、辺りは闇の帳に覆われていた。
街の西側、辺りを見下ろせる見張り台に はいた。
縁に両手をついた は、この同じ空の先にいる戦友に思いを馳せる。
ついに明日、デュークがいるタルカロンに乗り込む・・・
彼の実力は人魔戦争時代の噂でしか耳にした事がない。
目の当たりにするのは初めてだ。
10年という年月は、その当時から一体彼にどれほどの力を与えたのだろうか・・・

(「はぁ・・・やめた、考えても仕方ないわ」)

考えを断ち切るように は頭を振った。
そろそろ宿屋に戻ろうか、と思っていた時、梯子を登る音を耳にした は肩越しに振り返った。
現れた人物になぜここに、と は首を傾げた。

「どうしたの、こんな時間に?」
「お前が見えたから来てみたんだよ。
ガラにもなく緊張でもしてんじゃねぇかってな」

辺りと同じ闇色の髪を風になびかせたユーリが、からかう口調で ににやりと笑みを向ける。
そんなユーリに はくるりと体ごと向き直る。
と、

「ご親切どーも。私を誰だと思ってるわけ?
人魔戦争を五体満足で生き延びて、かつ精鋭の騎士団をぶっ飛ばしてた実力を持ってたのよ?」
「ま、だよな」

要らぬ心配だったな、と肩を竦めたユーリに はなおも続ける。

「13で範士の称号を持つかもしれなかった私が、デューク相手に緊張するに決まってるでしょ」
「・・・は?」

間の抜けた声が思わず零れた。
放たれた言葉を理解するのにわずかな時間を要す。
冗談だろ、と を見るが彼女はそんな素振りなど見せなかったため、ユーリも表情を引き締めた。

「・・・マジで言ってんのか?」
「あら?私そんないつも冗談言ってたかしら?
真面目さが私の売りなのに〜」

すごいショックだわぁ、と片頬に手を当て物憂げに溜め息をついた
翻弄するようにコロコロと態度を変える目の前の情報屋にユーリは半眼を向けた。

、おっさんに似てきたぜ」
「む、それはヤダ。ジュディス路線に直すわ」

即答で答えた にユーリは話を戻した。

「さっきの続きだけど・・・」
「もう・・・触れて欲しくないからわざわざはぐらかしたのに〜」
「お前が緊張するほどの相手なのかよ?
さっきも自分の実力を言ってたじゃねえか」

の反論をきっぱりと無視し、ユーリは見張り台の手すりに背を預け腕を組んで問いかける。
ムスッとした だったが、諦めたように肩を落とすと、ユーリと向かい合い座り込んだまま視線を向けた。

「レイヴンの言葉、覚えてないの?
『人魔戦争の英雄』・・・この言葉は単にあの戦争を生き延びたから言われた訳ではないわ。
彼の実力は当時の始祖の隷長エンテレケイアの盟主が認め、パートナーと組んでも遜色がないほどだったらしいし・・・
私は実際にデュークが戦った姿を見た事はないし、私自身、剣を合わせた事もないからどれほどの力を持っているかは判断できないけど・・・」

膝を抱え、歪んだ夜空を見上げながら は一度口を閉ざした。
数呼吸の後、 は視線を戻した。

「でも、デュークを止めるわ。
剣を交じ合わせることになっても、必ず・・・
そして、星喰みを討って、私達はこの先の時代も生きる」

そう言った はよっと声を上げると立ち上がった。
視線は、今の空の色と同色の塔、そこにいるだろう対峙する人物に向けられていた。
その横顔に決意と覚悟を固めた表情を見たユーリはかけるべき言葉が咄嗟に出てこない。
と、遠くを見ていた視線が自分に向き、柔らかい微笑が返される。

「心配してくれるのは嬉しいけど、気遣いは無用よ。
だからユーリもゆっくり休んでね」

それに苦笑したユーリは応じると、梯子を下りようとした とすれ違い様に言葉を交わす。


「ん?」
「勝とうぜ」
「勿論♪」

即答で答えた はコツンとユーリの拳を付け合わせ、そのまま梯子を下りていった。

















































































宿屋が見え、そのままベッドにダイブしようかと考えていた
しかし宿屋の向かい、たくさんの資材が積み上がっているところに見知った背中を見つけた は声をかけた。

「こんな夜更けは黄昏れる時間じゃないわよ?」

の言葉に振り返ったレイヴンは、いつもの軽快な調子で応じた。

「夜更けに星の光で黄昏れるおっさんもなかなか絵になって良いもんでしょ?」

顎に手を当て流し目を に送るレイヴンに、送られた側の は呆れると踵を返した。

「はいはい、そーですねー。
んじゃ、ごゆっくりどーぞ」
「んな! ってばひどぉ〜い。もうちょっとおっさんを構ってよ〜」

後ろ手を振って立ち去ろうとする に縋るように声を上げたレイヴンに仕方ない、と足を戻すと積み上がった資材に腰を落ち着かせた。

「で?決戦前夜に星の光を浴びながら黄昏れてたのは何故かしら?」
「よくぞ聞いてくれました!
実はさぁ、星喰ほしはみ倒した後どういう身の振り方しようと思ってねぇ・・・
慣れないことで頭回んなくてさぁ」
「・・・・・・は?」

たっぷりと時間を置いて は盛大に眉をひそめた。
顎を擦っていたレイヴンは、 の表情にようやく気付くとショックを受けたように大袈裟に肩を落とした。

「なによぉ、おっさんが将来のこと話ちゃおかしいって顔しちゃって〜」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・
レイヴンからそういう話、聞いたの初めてだったからちょっとびっくりしてさ」

誤摩化すように苦笑を浮かべた は、それ以上レイヴンの機嫌を損ねないようすぐに言葉を繋ぐ。

「将来の心配するようになれたら、死んでた時期を卒業して生きようとしてる証拠じゃない。
身の振り方は星喰ほしはみ倒した後、沸いた気持ちを素直に行動に移せば良いんじゃないの?」

片手を挙げてそう言った の言葉を受け、レイヴンはそのまま地面へと胡座をかいた。

「なるほど〜・・・なら、そうしようかしらね」
「・・・随分と軽い返しね。ホントに悩んでたの?」

胡乱気な の返しに、レイヴンはにやりと笑みを浮かべた。

「半分は真剣だったよ。あと半分はやることなかったから時間潰しにね〜」
「はぁ・・・その楽観的な考え方、私も見習った方が良いのかしらね・・・」

両膝に肘をつき顎を手に乗せた に、それまでふざけていたレイヴンは表情を変えた。

「明日の決戦だけども、 の勝算の見積もりは?」
「愚問ね。100%勝つに決まってるわ」

間を置かずに答えた に、レイヴンは更に問うた。

「それはデュークに対しても、って考えてていいのよね?」
「ちょっと・・・それ、どういう意味?」

すっと目を細めた の口調に険が滲む。
その様子にレイヴンは慌てたように口早に言う。

「そ、そんな怖い顔しないでよ。
10年前から顔見知りならそれなりの仲なんだろうし、おっさんは心配してだな・・・」
「お節介痛み入るわ。
レイヴンだって顔見知りなのは同じでしょ?デュークの言いぶりじゃ、私より顔合わせてたようだし。
それで?そっちの勝算はどうなのよ?」

話を切り上げられ、逆に問われたレイヴンはうっと言葉に詰まる。

「・・・勝てるに決まってるわよ」
「その微妙な間は不要ね」

ばっさりとダメ出しされた に、レイヴンは閉口するしかない。
これで話は終わり、とばかりに は立ち上がった。

「さて、私は先に休むわ。
ご老体に夜更かしは厳しいでしょ?そっちも早く休んでよね」
「そうなのよ〜、この歳になるとお肌が・・・って、こら!」

座ったまま腰に両手を当ててレイヴンは反論するような視線を向ける。
それに明るく笑った は、まだ胡座をかいたままの風来坊に向け口を開いた。

「私もレイヴンみたいにこれから先、やらなきゃいけないことがある。
勝ちましょう、絶対」
「そうね。あと、デュークも・・・」
「ええ。必ず・・・止める」

グッと拳を握った の肩にポンと手が乗せられる。

「気張るのは明日に取っときなさいって。
ほれ、休んだ休んだ」

立ち上がったレイヴンに背を押され、気遣いに苦笑した はそのまま宿屋へと足を向けた。
























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2008.10.21