イリキア大陸の南端、そこに
の一族の墓標が建っていた。
質素でありながら、近くで見るとそれには細やかな匠の装飾が施されていた。
しかし、過ぎた年数がその精細さを色褪せさせていた。
こんな所に墓標が建てられた理由は二つある。
一つは
の祖父がその岬から見える秘境で命を落としており、それを一族が忘れぬため。
もう一つは濡れ衣だった反逆罪という事件を帝都から遠ざけるためだった。
ーーNo.186 交わる刃、届かぬ願い 前ーー
傾きだした陽光を背に浮け、そこに降り立った
やユーリ達。
墓標の前には
の兄がいた。
柔らかな潮風が吹くと、それにあわせて兄の髪が風に揺れる。
その後ろ姿に昔の懐かしさが一気に込み上げ、
は駆け出しそうになった。
しかし、もうあの頃とは何もかも違う。
戦争後も生きる希望を見いだした
、復讐の狂気に囚われた兄。
アレクセイの陰謀に立ち向かった
、加担しその彼すら謀った兄。
この世界を守りたい
、破壊を望む兄。
相反する思いは否が応でも対決の道へと二人を誘った。
「昔を思い出すだろ?ここがオレの遠出の限界だった。
祖父が目指した秘境にいつか二人で行って、謎は俺が、魔物はお前が倒して秘境を制覇してやろうと話をしたな」
「・・・そんなことも、あったかしらね」
一歩一歩近付く
に振り返ることなく、オルクスは話し続けた。
「結局、約束が果たされる事はなかった。
レイスティーク、お前が10年前戦場で犯した反逆罪で一族全てが殺されたんだからな」
「違います!それはーー」
「エステル」
反論しようとするエステルを
は制する。
弁解するつもりはなかった。
アレクセイに利用されたとはいえ、結果的に一族を破滅に追いやった口実を作ってしまったのは紛れもない事実。
数年経った屋敷の中は、血の跡だけでも凄惨な状態だった。
暗殺を謀反という隠れ蓑に、一族から使用人までが殺された。
その場で唯一の生き残りだった兄の心は、目の前で行われた凄絶な光景に耐えられなかった。
いや、『生き残り』というのは間違いかもしれない。
アレクセイは最初から兄の魔導器に関する知識を狙っていた可能性もある。
だが歪んでしまった兄の思考に気付かず、偽の情報に踊らせれたアレクセイは身を滅ぼした。
首謀者がいない今、どのような意図があってあのようなことが起こったのかは闇の中だ。
自身の射程距離ぎりぎりまで兄に近付いた
は足を止めた。
それを見計らったように振り返ったオルクスは晴れやかな笑顔を
に向けた。
「俺と同じようにお前も壊してあげるよ。
ついでだからこの壊れかけの世界もまとめてな」
「私の非は認めるわ。弁解の余地がないことも分かってる。
・・・けど、だからといって今まで貴方がやってきたことが許されるわけではないわ」
「ずいぶんと他人行儀な喋り方になってしまったなぁ。
昔はもっとかわいげがあったぞ、レイスティーク。
さぁ、お兄ちゃんの所へおいで」
自分に手を差し出した兄に
は首を振った。
「昔の貴方なら・・・絶対そんな顔で笑わなかった。
罪もない多くの人々を虐げて、命すら奪って、世界までも壊そうとしている・・・
償いにはならないのは分かってる。
けど、身内の不始末は身内である私がケリをつける!」
は兄に向かって走り出し、ユーリ達もその後に続く。
しかし、オルクスは未だに墓標の前から動く事はない。
不審に思った
だったが、それよりも早くこの気持ちから逃れたい思いが強く更に地面を蹴る。
そして、双剣を抜き振り下ろそうとしたその時、オルクスの口元がにいいっと不気味なほどの弧を描いた。
「!?」
瞬間、
達の足元に黒い術式が広がり、檻に入れられたように取り囲まれた。
さらに頭上を覆った術式は、圧し潰すかのように
達に迫る。
「な、なんなの!?」
「こんな術式、見たことない!」
「くそっ!」
(「こんな手にかかるなんて!!」)
悔し気にギリッと奥歯を噛み締める
。
防御壁を展開する間もなく、頭上が迫り
は思わず目を閉じた。
だが、どれだけ待っても痛みは襲って来ない。
目を開けた
は、ユーリ達も傷を負っていないことに安堵した。
迫った術式は最初から何もなかったように、足元にも残されてなかった。
「おい、何だったんだ。さっきの術式・・・」
「敵さんは相変わらず余裕のままなのが気になるわね」
眉根を寄せたユーリにレイヴンがオルクスを見据えたまま呟く。
も訳が分からず、兄を問い詰めようとした。
その時、
ーーザワッ!ーー
「っ!」
「うっ!」
突如悪寒がしたかと思うと、あまりの不快感に
とエステルが膝を突いた。
「エステル!
!どうしたの!?」
「そ、そんな・・・二人共どうしちゃったの!?」
「どこか怪我を・・・」
リタやカロル、ジュディスの心配に
は緩慢に首を振った。
「・・・ちが、そんなん・・・くっ!」
その間にも自身の身体を襲う不快感は強まるばかりだ。
ーーザワッザザッーー
「うぅっ!」
エステルは自身の身体を抱いていた。
も足や腕の先から這うような嫌悪感に、アームカバーを下げた。
そこには・・・
「!な・・・これ、は・・・」
の腕には黒い帯状の蔦のようなものが皮膚に埋まっていくところだった。
愕然とする
に、それを見たリタも声を失う。
「な、なんなの!?これも、術式・・・こんなの見たことないわ」
これ以上見ることができず、
はアームカバーを元に戻すと、薄ら笑いを浮かべるオルクスを見た。
「・・・何をしたの?」
「おいおい、俺が親切に教えるとでも思っているのか?
俺の手を取らなかった聞き分けの悪いカワイイ妹に、ちょっとしたお仕置きだよ」
「御託なんざいらねえ!とっとと解きやがれ!」
剣を抜いたユーリが鋭い視線を送るが、オルクスの態度は変わらない。
徐々に気持ち悪さが収まってきた
は、膝に手を突くと立ち上がった。
そして、双剣を抜いたことでぎょっとしたレイヴンが止めにかかる。
「ちょっ!
ってば、そんな状態でーー」
「ハンデはこれくらいで良いかしら?手加減はしないわよ」
レイヴンを遮り、
は強気の態度で双剣を構えた。
妹のその姿にオルクスはそれまで浮かべていた薄ら笑いを収め、不機嫌そうに呟いた。
「気に食わないな、その目・・・
恐怖に呑まれて壊すのが楽しみだったんだが・・・
・・・まぁ、いい。ここからが本番だからな。みんなまとめて相手してやろう」
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2008.10.2