これといってやることがない
は、真新しい街中を見て回っていた。
たまに声をかけられる顔見知りのギルド員に挨拶を返してみたり、
大工ギルドのちょっとした手伝いをしてみたり・・・
そして、街の中央にある魔導器を見上げていた
に声がかかった。
「あんたが、凛々の明星と一緒に行動してるっていう
さんかい?」
肩越しに振り返った
は、声の主である人物を見た。
見覚えはなかったが、格好からして行商人らしい男が立っていた。
特に不審な点は見られなかった事から、
は素直に頷く。
「そうだけど、貴方は?」
「あんた宛の手紙を渡せって頼まれてたんだよ」
「私宛?」
首を傾げながらも
はその手紙を受け取った。
表に宛名はなくますます首を捻ったが、手紙を裏返し閉じてある蝋封を見た瞬間、
は瞠目した。
(「!これ!!」)
「じゃ、確かに届けたよ」
「え?・・・あ、ええ。ありがとう・・・」
慌てて返事を返し、周りに人がいない事を確認した
はその手紙を開けた。
中には一枚の紙切れが入っており、そこにただ一文だけが記されていた。
「『岬にて待つ』か・・・」
声に出して呟いた
は空を見上げ、様々な思いを払うかのように息を吐いた。
ーーNo.185 蝋封の手紙ーー
黄昏時、
は一人街の出口へ向かっていた。
辺りには人もまばらで、誰も
に気を払うものはいない。
(「よし、いける・・・」)
そう思った
は、目立たぬように自然に出口の門をくぐろうとした。
が、
「どこに行くつもりだ、
」
ユーリの声にピタリと足を止めた
は、慌てる事なく取り繕った表情で入口の柱に寄り掛かるユーリに返した。
「別に〜、ただの散歩よ、さ・ん・ぽ。
まだ自由行動できるでしょ。満喫させてよね〜」
そう言い残し再び足を進めようとした
だったが、背後からレイヴンの声が響き再び足を止める事となった。
「ウソつくなんていけない子ねぇ。
この手紙の蝋封、これって補佐官一族の紋章でしょうが。
出したヤツに会いに行くんじゃないの?」
その言葉に
は振り返った。
レイヴンの手には確かに受け取ったものと似たような封筒が握られていた。
コートのポケットに入れていたはずのそれを見た
は、収めたはずの場所を探るがそこにあるはずの手紙は確かになかった。
「・・・レイヴン、個人の私物を盗るなんて最低よ、見損なったわ・・・」
「なーに怖い顔しておっさんをみるのよ、俺様が犯人だって言いたい訳?」
「違うって言うなら証人出してくれる?」
鋭い視線をそのままにレイヴンに言い放つと、
の後ろ、街の外から歩いてきた人物が声を上げた。
「あら、それなら犯人は私になるのかしら?
その手紙は落ちていたから、おじさまに渡したのよ」
「ジュディス・・・私のだって分かってたら直接私に手渡して欲しかったわ・・・」
恨みがましい目で
はジュディスを見やる。
するとジュディスに続くように街中から、エステル、カロル、リタ、ラピードもやって来た。
「一人で行くなんてダメです。わたしたちも一緒に行きます!」
「うん。ボクもできることがあるなら力になりたい」
「どっかのバカみたいに一人で突っ走んないでよね。
追いかけるこっちの身にもなりなさいよ」
「ワンッワンッ!」
取り囲まれた
は、幾分焦りを滲ませて反論した。
「ちょ、ちょっと待って。ストップストーップ!
・・・状況分かってるの?
今やってる首脳陣の話が終われば早々にタルカロンに乗り込まなきゃいけないのよ。
それに世界中の魔核を精霊化する具体策も出てないし、そもそもこれは私個人の用事だわ。
時間に限りがある中で、貴重な時間を無駄にする必要ないわ」
きっぱりと言い切った
だったが、カロルが憤然と言い返した。
「無駄じゃないよ!」
いきなり大声で返された事で
は目を丸くした。
そしてカロルは今度は声音を抑えてもう一度口を開く。
「無駄なんかじゃない・・・だって
も凛々の明星の仲間でしょ!」
「ずっと一緒にいた貴女なら、私達がどんな掟にしてるギルドか分かってるはずよね」
「あんたが心配しなくても、足がかりは見つけてあるのよ。
魔核を精霊化するのは専門家に任せておきなさいよ」
反論の余地がないことに、
は言葉が続かない。
さらにユーリとレイヴンが畳み掛ける。
「お前にはいつも助けてもらってんだ。
手が必要な時くらい手伝わせろって」
「周りを気遣うのは良いことだけどね、たまには頼ることもおんなじくらい大切よ。
せっかくこうして生きて、これだけの仲間に支えられてるんだからさ」
皆の視線が自分に集中する中、
は揺れる視界を隠すように片手で覆った。
「は、はは・・・あー、もう・・・
私ってば独りよがりが過ぎるわね・・・」
しばらくして手を外した
は、顔を上げるとユーリ達を見回した。
「ありがと、みんな。
じゃ、お言葉に甘えるわ。手、貸してもらえる?」
「うん!」
「もちろんです」
「で?どこの誰に招待されてんだ?」
ユーリの問いかけに、
は暫く考えてから口を開いた。
「送り主は、ユーリ達も会ったことがある奴よ。名はオルクス」
聞き覚えのある名前にエステルが首を捻る。
「どうしてその人が、補佐官一族の蝋封が使えたんでしょう・・・」
「それは・・・オルクスは私の兄だからよ」
が一気に言い切ると、周りを囲んだ一同に衝撃が走った。
「なっ!?だって、あいつはザウデであんたが斬ったでしょう!」
リタの言葉に
は首を振る。
「確かにザウデであいつを斬った。
けど生きてる。どうやら、ある意味レイヴンと近い体してるみたいなのよ」
「ってことは、心臓魔導器を体に埋め込んでるってことね」
「それだけじゃないわ。心臓以外もって話よ。本人が言うにはね」
それを聞いたジュディスはまさか、と腕を組んだ。
「そんな魔導器が作られていたなんて聞いたことないけど・・・」
「多分だけど・・・
10年前の人魔戦争でアレクセイが持ち帰ったヘルメス式魔導器の理論を応用して自分で作ったんじゃないかしら」
「何よ、それ・・・そんなことできるわけ?」
胡乱気な視線を向けられたリタに
は苦笑を返す。
「兄さんはね、私と違って頭脳派なのよ。
私の武醒魔導器が特殊だってリタ言ってたでしょ?
あれ、兄さんから貰ったものなの。それに確か魔導器に関しての本も何冊か書いてたみたいだし・・・
リタなら著者名で聞いたことあるんじゃない?『ソール・アルテミシア』って言ーー」
「えええええっ!?」
リタの叫声が辺りに響く。
身を引いたまま固まったリタに、カロルがおずおずと訊ねた。
「えっと・・・そんなに有名なの」
「有名も何も、そいつはリゾマータの公式の足がかりになる理論を打ち立てた奴よ!
それ以外にも、魔核を初めて復元した奴がそいつって話だし・・・」
「それにアレクセイが言ってた事がずっと気になってたの。
ザウデを起動させた時、『オルクスの話ではあんなものが蘇るなんて』って言ってたのよ」
意味が分からないユーリは眉根を寄せるとさらに問いかけた。
「どういう事だ?」
「推測だけど・・・アレクセイにザウデのことを教えたのは兄さんだと思う。
魔導器だけじゃなく歴史にも精通してた人だから・・・」
話を戻すわね、と前置きした
は続ける。
「ま、そんなわけでご招待受けてるから、ご同伴いただけるかしら?」
「分かりきったこと聞くんじゃないの。
んで、どこに行けばいいのよ?」
レイヴンの問いに、一つ息を吐いた後に
は静かに答えた。
「ここから北東、帝都南端の岬へ」
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2008.9.28