ーーNo.183 皇帝からの求めーー
バウルに帝都の近くで降ろしてもらった
とフレン。
そして街中に入り整備された通りを、肩で風を切るようにカツカツカツと歩く人物が一人。
通りを歩く人は少なかったが、その人物が醸し出す雰囲気に注意するような挑戦者はいなかった。
「で?いー加減話してくれてもいいんじゃなーいのー?
いくら私がそこまで短気じゃないオトナだったとして、そろそろ限界ってものがあるん
だけどぉ?」
自身の先を歩く
の表情はフレンには見えず、後ろ姿だけが彼の目に映っていた。
だが、声の調子と長年の付き合い(ユーリほどではないが)から、目の前を歩く女性がどんな状態かくらいの察しはついた。
帝都に向かう道中、再三にわたって何の話なんだと問い質された。
こちらとしても答えたいのは山々だが、こっちにも都合と言うものがあり、問われてものらりくらりとはぐらかし続けた。
そんなわけで、
の不機嫌さに拍車をかけているのが今の状態だった。
だが、ザーフィアス城の城門を前にしたことで、相変わらず荒々しく歩く背中に苦笑したフレンが言葉を投げる。
「すまない、話というのは僕があるんじゃないんだ」
投げられた言葉に
は思わず歩みをピタリと止め、眉間に皺を寄せた顔をくるりとフレンに向けた。
「はあ?じゃあ、誰が私に用だってーー」
「僕がフレンにお願いしたんです」
フレンではない声に
は振り返った。
そこには城の正門階段をゆったりとした足取りで下りてくる、次期皇帝候補の一人、ヨーデル殿下の姿があった。
その姿を見た
はしばし無言となり、フレンに再び振り向くと、低い声で唸る。
「フレン、この貸しは高く付くからね・・・」
「すみません、どうしても貴女と話をしたいと思ってたものですから」
「だから私と顔馴染みであるフレンに協力してもらったって訳ですか?
随分とまぁ、セコイやり方しますね」
「
、失礼だよ」
たしなめるフレンだったが、
は弁解するつもりはなかった。
ヨーデルは本心からそう思っているように、眉根を下げた。
「そこは申し訳なく思っています。
でも、僕が会いたいと素直に言っても、貴女は会ってくれなかったでしょう?」
「当然ですよ。私のようなならず者と殿下とでは身分が違う上に、会うのも話す道理もない。
フレンと私が来たのはーー」
「僕の迎え、ですよね。すでに承知してます」
「・・・・・・」
二度も遮られた
は、沈黙した後、フレンに振り返る。
鋭い視線を向けられたフレンはただ苦笑を浮かべるだけだった。
「先に手紙で知らせを受けました。
すでに船の準備も整っています」
次期皇帝の言葉に、
は嫌そうな顔をヨーデルに向けると確認するように訊ねた。
「・・・一応お伺いしますがね、私がフレンと二人だけで向かわされたのは・・・」
「
が途中で逃げないように、だよ。
僕は監視役ということになってる」
背後から聞かされた言葉に
はがっくりとうな垂れた。
(「なーんか変だと思ったのよね・・・次期皇帝を迎えに行くのにフレンと私だけなんて・・・
これは、史上最悪の失態だわ・・・」)
「さあ、時間がありません。
話は船内でお話ししますので、浜辺へ向かいましょう」
の心情を酌んでか、ヨーデルは歩みを進めると
の腕を取ったフレンと共に船が停泊している浜辺へと向かった。
浜辺に寄せられた船はいつでも出航できる状態だった。
一体いつの間にこんな手際よく・・・と逃げる機会を失った
はげんなりとしたまま船に乗り込んだ。
船室に通されると、ご丁寧に扉の外にはフレンが見張りに立ち、中ではヨーデルと
の二人だけとなった。
椅子に座ったままのヨーデルと対峙するように壁に寄り掛かった
は口を開いた。
「逃げ場もないみたいなので、不本意ですがお伺いしますよ。
話と言うのは何ですか?」
「あなたは、10年前に没落した皇帝補佐官一族の生き残りではないのですか?」
「何かと思えば・・・人払いまでしてのお話しとはそれですか?
どうして私なんです?
そもそも、皇帝補佐官なんて存在は巷の噂になっていた根も葉もない噂だったと記憶してますけど?」
飾らないストレートなヨーデルの問いかけに、
は顔色変えず腕を組んだまま呆れ返った。
が、内心ではその手腕に感心していた。
(「いきなり直球か・・・さすが辣腕家」)
「確かにそのように聞いています。
しかし、没落したその貴族は反逆罪という濡れ衣を科せられ、裏から評議会の何者かによる暗殺だという調べがつきました。
そして、その一族の娘であった方は戦死ではなく、戦場で行方不明だったということも」
「だからと言って、確固たる証拠もないのに私がその生き残りだと判断するのはどうかと思いますけど?
何しろ、似たような境遇の人は世界中にたくさんいますからね」
ヨーデルの真っ直ぐな視線を真正面から受けとめた
は淡々と反論する。
少しでも反応があればとヨーデルは食い入るような視線が刺さるが、
の動じない態度にヨーデルは少し考え込み再び口を開いた。
「・・・話を変えます。
私は幼少期の頃、一度だけその方の屋敷に行ったことがあるんです。
その時に写真を撮ったのを覚えてませんか?」
(「げっ、それマジ・・・」)
内心呻き声を上げたが、表情には何の事か分からない、という顔を作る。
元々、屋敷に客人を招くのはそんなに多くなかった。
まして写真を撮るなどとなるとさらに少ない。
昔からの付き合いがあれば別だが、家系が家系だけに付き合う相手は篩にかけられていた。
ヨーデルの家系を見れば、そんな状況になっても不審なことはない。
ただ、
には一緒に撮ったという記憶はなかったが・・・
「ご覧になるならお見せします。
写真は幼いですが、写っている人物は間違いなく貴女です」
きっぱりと断言したヨーデル。
ここでその実物を見せられれば、これまでのようなポーカーフェイスを保つ自信はなかった。
は嘆息すると譲歩する形で話を続ける。
「・・・仮に私がそうだとして、殿下はどうされるつもりなんですか?」
「今後の帝国のため、協力していただきたいのです」
次期皇帝の言葉に
の片眉がピクリと上がった。
「回りくどい言い方は嫌いなんで、はっきり仰ってはいかがです。
推測するに、皇帝補佐官を公にでもしてそこに座れと、そういうことですか?」
「端的に言えばそう言うことになります」
弁解することなくすぐさま肯定したヨーデルに、
はどう説得したものかと額を押さえた。
「殿下、あなたは政治手腕に秀でたものか剣に秀でたものかの違いくらいは分かる方だと思いましたけど・・・」
「それは分かっています。
しかし、僕達には貴女の力が必要なのです」
切実なヨーデルの言葉に
は深々と息を吐いた。
そして、真っ直ぐにヨーデルを見つめると静かに言葉を紡ぎだす。
「殿下、あなたはまだ若い。これはエステルも同じことですけど。
その歳で国を率いるというのは相当な重責だとご推察します。
まして、今は混迷を極めている。
その中での国の舵取りは私の想像など及ばないことでしょう・・・
私達は必ず星喰みを討ちます。
それが終われば、世界は新たな時代を迎えます。
きっと今までの体制では対応しきれない問題が出て来るのは簡単に予想がつきます。
でも、貴方とエステルなら新たな治世を築くことができる。
私はそう信じているんです」
「しかし!」
「ヨーデル・アルギロス・ヒュラッセイン殿下」
語気を強め、ヨーデルの本名を呼んだ
は、そのまま次期皇帝の前へと膝を突いた。
「貴方の前にいるのはギルド『天を射る矢』に席を置く情報屋、自由な風です。
レイスィーク・アルテミシア・ヒュラッセインは10年前の人魔戦争で戦死しました。
これは紛れもない事実。
私の力が必要でしたら、ユニオンを通していただければ喜んでご協力いたします」
「・・・それが貴女の答え、ですか」
降ってきた言葉に返事をすることなく、
は片膝をつき頭を下げたままでいた。
その様子に説得を諦めたヨーデルは、肺に溜っていた息を全て吐き出すように長く重い息を吐いた。
「分かりました。お時間を取らせてしまいすみません」
その声に
は立ち上がると、一礼を返しドアへと歩きだした。
「もう一つだけ、いいでしょうか?」
ドアノブに手をかけた
は、手はそのままに振り返った。
「兄上はどうされたんですか」
「・・・兄は・・・兄もあの大戦の犠牲者です。
貴方が調べた通りですよ」
(「そう・・・もうあの優しかったソール兄は・・・」)
胸を刺す痛みを紛らわすように、
はドアノブをぎゅっと握った。
唯一の肉親の言葉を受けたヨーデルは、その声音に悼みを現す。
「そうですか。辛いことを聞いてしまいましたね」
「いえ・・・失礼します」
今度こそ、扉を開けた
はその部屋を後にした。
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2008.9.25