ノール港を後にし、イリキア大陸を通り過ぎようやくヒピオニア大陸が見えてきた。
この広いヒピオニア大陸のどこかにフレンが・・・
というのは杞憂だった。
何故なら、上空からでも分かるほど一部分に土気色の靄がもうもうと立ち込めていた。
「あれか!?」
「すごい土煙だよ。あれ全部魔物!?」
「アスタルが死んで統率を失った反動らしいわ。
大陸中の魔物が殺到してるみたい」
バウルからの情報なのか、ジュディスが答える。
「本当にあのどこかにフレンがいるんです?」
「多分な」
エステルにユーリは頷く。
眼下の大群は自分達が加勢したくらいでは到底手に負える規模ではなかった。
「どうすんのよ?まさか全部倒してくつもり?」
「うわー、それとってもナイスな考えね。
どれだけ時間がかかるか楽しみだわ」
レイヴンの言葉に
はげんなりと返す。
逆転できるほどの打開策がないようでは、乗り込んでもこっちが圧倒的に数の利で劣っている為すぐに力尽きるだろう。
すると、土煙を見つめていたユーリがピンと来たようにリタに振り向いた。
「リタ、例のリタ製宙の戒典、使えないか?」
「星喰みぶっ飛ばすみたいに魔物蹴散らすってか?」
「そうね・・・精霊の力に指向性を持たせて結界状のフィールドを展開し、魔物だけを排除、か。
・・・できるはずよ」
リタ製宙の戒典、それはソディアやウィチルが来るまでの間にリタが作ったものだった。
試作品ではあったが、すでに精霊の力を制御する術式も調整し終えている。
「使わせてくれないか、頼む」
「わたしからもお願いします。
宙の戒典は・・・人を救えるものって信じたいから・・・」
リタは考え込んだ。
頭の中ではいくつもの数式が組み上がり、それに可否が下されていく。
そして、決意したようにその顔に挑戦的な笑みが浮かんだ。
「そうね。これぐらいバーンと出来ちゃわないと星喰みになんて通用しないわ」
「そうねぇ。
ユーリのあんちゃんがわがまま言うのも珍しいな」
「たまには聞いてあげないと。
矯正できないくらいひねくれちゃっても困るしね」
レイヴンや
からのからかいに、ユーリは口をへの字に曲げた。
「ったく、茶化すんじゃねえっての」
「使い方は魔物が一番集まってる所で起動、これだけ。
簡単でしょ?」
「簡単だな」
リタの説明にユーリが頷く。
「バウルでも下手に近付くと危険ね。
少し離れた所で降りるわ」
「よし。いっちょいくか」
ーーNo.181 群がる魔物の中心へーー
ヒピオニアの平原にユーリ達は降り立った。
魔物の雄叫び、地を揺らす振動、鼻につく土の臭い、錆びた鉄臭・・・
上から見るのと目の前にするのとでは迫力が雲泥の差だ。
荒れ狂う烏合の衆の魔物にリタとカロルは生唾を飲む。
「凄い状態・・・」
「あの中に突っ込むんだ・・・」
「見て、あそこ!」
エステルが指したそこに、少ない騎士で背後の住民を守るフレンの姿があった。
「フレン!」
「おいおい。相当追い込まれてるぜ」
「崖の壁際に沿っていけば、囲まれずに済むわ」
一行の間に緊張が高まる。
は双剣を抜くと、言葉少なに呟いた。
「先行するわ。みんな、はぐれないでね!」
向かってくる魔物を倒しても、後から後から沸いてくるようだった。
すでにどれだけ倒したか、もう覚えていない。
握り直した剣を振り下ろし、エアルと消えた魔物に一瞥さえやらず、フレンは乱れる呼吸を抑え声を張り上げた。
「騎士団の名にかけて踏みとどまるんだ!!」
しかし、フレンの後ろで陣形を組むシュヴァーン隊のアデコールとボッコスは対照的にへばっていた。
「こ、これはもう駄目なのであーる」
「限界なのだ・・・」
「ばっかも〜ん!弱音を吐くんじゃーーうぐぅっ!」
部下に注意が逸れた瞬間、ルブラン達は魔物に弾き飛ばされ、防御網が崩された。
フレンが気付いた時には、住民と魔物は目と鼻の先の距離にまで迫っていた。
「しまった!」
手遅れか、と思った瞬間だった。
ーードガーーーンッ!ーー
ーーザシュッ!ーー
凶刃が振り下ろされるまさにその時、魔物の横っ面に炎と衝撃波が叩き込まれた。
呆気に取られるフレンに、場違いなほど明るい声が投げかけられる。
「生きてるか?」
「はぁ〜い、フレン。元気そうね」
「ユーリ!
!どうしてここに!?」
フレンの脇を固めるようにユーリと
が横並びになると、ユーリはにやりと笑みを浮かべた。
「上官想いの副官に感謝しろよ」
「ソディアが!?・・・そうか。だが、こんな状況だ。
このままではいつかやられてしまう」
悔し気に呟くフレンに、したり顔のレイヴンが射った後に演技がかった口調で話す。
「切り札は我にあり〜、ってね」
「なんだって?」
「こいつを、敵の真ん中でスイッチポン。
するとボンッ!ってわけだ」
「敵の中心で、か・・・この数だ、簡単じゃないよ」
ユーリの手元の装置を見たフレンは、向かってくる魔物を斬り伏せながら眉根を寄せる。
そんなフレンの心配を、呆れたようにユーリは一蹴した。
「何言ってんだよ。
簡単さ、オレとお前がやるんだぜ?」
「ワォン!」
同意するようにラピードも吠える。
それに目を丸くしたフレンは、ようやく笑みを浮かべた。
「フッ。分かった、やってみよう!」
「ちょっと〜、起動後の防御壁が必要でしょ。
私も行くわ、よっと!」
襲ってきた魔狼を二匹まとめて倒しながら
も声を上げる。
それにユーリは頷く。
「分かった、頼んだぜ。
みんな、こいつの起動はオレ達がやる。ここは頼んだぜ!」
「はぁ!?あんたらだけで行く気?!無茶でしょ!」
魔術で魔物を吹っ飛ばしたリタが、反論するがそれをフレンが制する。
「ここの守りを手薄にするわけにはいかない。
ここを守り抜かなければ僕達が魔物を退ける意味すらなくなるんだ」
「魔物を倒すためじゃなくて、みんなを守るためだもんね」
「そゆこと」
カロルにレイヴンは頷く。
作戦開始だ、と
はエステルに向いた。
「じゃ、みんなよろしくね。
エステルは避難している人達をお願い。
起動したらすぐに防御壁を張ってね」
「分かりました。ここは任せてください!」
「頑張ってね」
仲間に見送られたユーリ、フレン、
、ラピードは目の前に立ちはだかる魔物を見据えた。
「行くぜ!」
「ああ!」
「やりますか!」
「ワン!」
向かってくる魔物は雑魚ばかり。
が、数だけは半端なく多い。
そのためトドメを刺すことなく、手負わせ怯んだ隙にユーリ達は群れの中心に向けて突き進んでいた。
「そろそろ群れの中心だ!」
「まだ戦い足りねえけどな!」
「フッ、こんな時だと言うのに君は楽しそうだな」
「へっ、お前こそ!」
走りながらも剣を振るい、冗談を交わしながら笑うフレンとユーリに、
後ろで援護に回っている
が呆れ返る。
「はいはい、お兄さん方。
盛り上がってるとこ悪いけど、おしゃべりはその辺にね」
「ワンワン!」
そして、囲まれた魔物からある程度距離ができた。
「さぁ!ユーリ!」
「見せつけてやりましょ!」
そのタイミングを見逃さず、フレンと
が声を上げる。
ユーリも力強く応じた。
「おう!くらいな!」
装置を起動し地面に突き刺した瞬間、ヒピオニア大陸は目映い光の海に飲み込まれた。
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2008.9.22