順調に精霊化を進めているユーリ達は、フェロ―がいるだろうコゴール砂漠を目指していた。
上空から黄砂が視界一杯に広がった時、そこに動く紅の影を認めた。
ようやく見つけたその姿に、話をしようとフィエルティア号を近づけた。
しかし・・・

「フェロー!」

船の縁に駆け寄ったジュディスの悲痛な声が響く。
何度もユーリ達の前に現れたその始祖の隷長エンテレケイアは、ボロボロだった。
以前目にしていた美しい体躯は所々羽根が抜け落ち、変色した血液がまだら模様を作っていた。
それにあれほど力強い羽ばたきだった音も今では頼りなくいきなり高度が落ちたりと不安定この上ない。

「傷付いているのに何で飛び回ってるの?」
「あんな状態でバカなヤツに襲われたらひとたまりもねえだろうからな」
「人間に聖核アパティアを渡さないためか」

リタの疑問にユーリとレイヴンが厳しい表情のまま答える。

「フェロー・・・」

縁を握るジュディスの手に力が籠る。
と、フェロ―は誘うかのようにユーリ達の前に出ると、徐々に高度を下げ始めた。

「なんだか・・・呼んでいるようです」

エステルの言葉を聞いた は、ジュディスの肩にそっと手を置いた。

「・・・行きましょう」

振り返った夕焼け色の瞳に一言言うと、ジュディスから頷きが返された。








































































ーーNo.177 灼熱の炎を纏いし者ーー































































コゴール砂漠の中央部、岩が乱立するそこにフェローは力なくその巨体を投げ出していた。
そこはエステルが旅のケジメをつけた場所、満月の子が毒だという事実を突きつけられた場所だった。
深紅の始祖の隷長エンテレケイアの頭近くに膝を突いたジュディスはしきりにその名を呼んでいた。

「フェロー、フェロー。
しっかりして。ごめんなさい、私達のために・・・」
「どういうこと?」

意味が分からず、首を傾げるカロルに は厳しい表情を変えぬまま、事実となった推測に息を吐いた。

「やっぱりね・・・
ザウデに乗り込むタイミングが良すぎると思ったけど・・・
フェロ―が囮役になってくれたのね」

の指摘を背で受けたジュディスは頷いた。
と、浅い息づかいとなったフェローの沈んだ声が響く。

『世界の命運は決し、我らはその務めを果たせずに終わる。
無念だ・・・』
「長年、頑張ってきた割に諦めが早いんだな。
悪いけど、まだ終わっちゃいないぜ」
『ザウデは失われ、星喰ほしはみは帰還した。
人間も我らも昔日の力は無い。これ以上、何ができよう・・・』

ユーリの言葉に失意を隠さないフェロ―にエステルが言い募る。

「まだ望みはあります!
まだ新しい力があるんです!」
「あんたに精霊に・・・エアルをもっと制御できる存在に転生して欲しいの」
「そのためには・・・あんたの聖核アパティアが必要なんだ」

向けられた言葉に、フェロ―の声に嘲笑が滲む。

『・・・我が命を寄越せというか』

しかし、その後ふつりと言葉が切られた。
そしてジュディスに向けられていた視線が、周りを囲むエステルや に移る。

『・・・心で世界を救えぬが、世界を救いたいという心を持たねば、
また救う事は敵わぬ、か・・・
どのみち遠からず果てる身・・・そなたらの心のままにするが良い・・・』

そう言い残すと、フェロ―は光に包まれ聖核アパティアへとその姿を変えた。
頭を垂れた 、祈るように両手を組むエステル、ジュディスは俯いたまま動かない。
それを見兼ねたレイヴンは聖核アパティアの前に進み出ると、ボサボサの頭に両手を回した。

「・・・精霊になっても協力してくれなかたりしてね・・・」
「フェロ―は世界を愛しているもの。きっと大丈夫よ」

すくっと立ち上がったジュディスが反論するようにレイヴンに言い返す。
気遣っているのは分かっていたが、もうちょっと言い様があるだろうに、と呆れた は嘆息するとジュディスに同意した。

「ええ、そうじゃなきゃ私達に協力してくれなかったはずだもの」
「やりましょう」

エステルも力強く両拳を作るが、カロルが困ったように首を曲げた。

「でもここエアルクレーネは涸れてるんでしょ?」
「エアルの流れの跡を辿れば、深みから引き寄せることができると思います」
「できるのか、そんなことが」

ユーリの問いにエステルは頷くと、腰に片手を付いた も同意する。

「ウンディーネがそう言うの。
エステルならできるわ」
「分かった、頼んだぜ」


















































































聖核アパティアに十分なエアルが送られると、突如地面から火柱が吹き上がった。

「やった!」
「うわうあ、火だ、火が!!!」
「・・・口は災いの元ね」

裾についた火を消そうと躍起になっているレイヴンに、半眼を向けた は魔術で発動した水玉をレイヴンに放つ。
・・・が、向けられた水の勢いにレイヴンは耐えられなかったようで、バランスを崩すと顔から地面へと倒れた。

「ぶへっ!・・・ 、もうちょっと勢いってのをだな・・・」
「あら、ごめんなさ〜い。ついねv」
「つい、なんだ・・・」

顔を引き攣らせたカロルに、 はにやりと笑みを向ける。
徐々に収まる炎の中から現れた精霊を見上げたエステルの口から言葉が零れる。

「火の・・・精霊・・・」
『おお・・・無尽蔵の活力を感じる』

トカゲのような外見とは裏腹に、相手を竦み上がらせるほどの重厚な声。
がっしりとした太い両腕は、どんな岩をも砕くことができたそうだ。

『お久しゅう、盟主殿。
転生、お祝い申し上げます』
『その気配は・・・ベリウスか?
そうか、そなたも・・・』

フェロ―の言葉に現れた水の精霊は、両目を伏せたまま微笑を向ける。

『水を統べるようになった今はウンディーネと呼ばれております』
『在りようを変えし今、我もまた新たな名を求めねばな。
我を転生せしめたそなた、我を名付けよ』

宙に浮いたまま鋭い視線がエステルに向けられる。
しばし考え込んだ皇女は、尊厳を込めた視線を向けこう言った。

「力強く猛々しい炎・・・灼熱の君イフリート」
『世界と深く結びついた今、すべてが新しく視える。
この死に絶えた荒野でさえ力に満ち溢れている。
ふははははは、愉快だ!

その名に満足したのか、頷いたイフリートは声高に笑声を上げると、空へと飛び上がりその姿はあっという間に見えなくなった。

「ちょっ!?飛んでっちゃった!」
『案ずるな。我らはそなたと結びついておる。どこであろうと共に在るのじゃ。
始祖の隷長エンテレケイアと満月の子とが精霊を生み出す。
・・・まこと自然の摂理は深遠なものじゃな』

カロルにそう笑んだウンディーネの姿が消えると、空を見上げていたレイヴンが胡乱気に呟いた。

「なんつーか・・・精霊になる前と後で随分とノリ違うもんねぇ」
「きっと価値観がまるっきり変わるのよ。魚が鳥に変わるどころじゃなくね」
「あの方が健全で良いじゃねえか。世を憂う賢人然としてるより、さ」

リタやユーリの言葉に皆が頷き交わすと、フィエルティア号に足を向け歩き出した。


























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2008.9.15