(「違う、彼じゃない・・・分かってる・・・分かってるのに!」)

内心で悪態を吐いた は交差していた腕を視界から外した。
そして先ほどまでクローム起こした衝撃波によって開いた距離を詰めるため走り出す。
いつものことながら始祖の隷長エンテレケイアとの戦いは厳しく、激しいものだった。
しかし、今回に限って の動きは目に見えて悪かった。
皆が避け切れている攻撃を一人だけ防御しているしきれていなかったり、攻撃の急所を外したりと、いつもと様子が違い過ぎた。

ーーギィーーーンッ!ーー
「くっ・・・ !戦えねえなら下がってろ!」

クロームの攻撃が直撃しそうだった の前で、それを防いだユーリが怒号を上げる。
助けられた は、額の汗を拭うと首を横に振った。

「問題、ないわ。私は・・・戦える・・・!

そう答えた は折っていた片膝を立てると、こちらを見下ろしている始祖の隷長エンテレケイアに視線を向けた。

「はいは〜い、おっさんと交代よ。
援護ヨロシクね♪」
「冗談じゃーー」

ない、という低い呟きは遮られた。
走り出そうとした の腕を力強く後ろに退かれ、 はその力に抗えず後衛にいた誰かとぶつかってしまう。
肩越しに振り返ると、それはエステルで目が合うと柔らかな微笑が返る。

「ごめっ!ケガしてない!?」
「大丈夫です。後衛に回すから受け止めるようにと二人から言われてましたから」

その言葉に は僅かに目を見開いた。
そして前線でクロームと戦うその背中に視線を向けた。

「・・・援護に回るわ。
はぁ〜、魔術は得意分野じゃないんだけどね」
「無駄口叩く前に詠唱始めなさいよ!」

ぴしゃりとリタから怒られた はエステルを顔を見合わせると、苦笑を浮かべ魔術の詠唱を開始した。







































































ーーNo.176 風を紡ぐ者ーー































































『・・・見事です・・・あなた達なら・・・救えるかも、しれない・・・
あなた達の・・・・・・望むように・・・』

弱々しい声音で呟いたクロームの体から光が溢れる。
そして現れた聖核に頭を垂らしていたユーリ達はしばらくして視線を上げた。

「エステル・・・やりましょ。 、ジュディス、お願い」
「・・・はい」
「・・・・・・」
?」

返事の無い に、ジュディスから声がかかる。
しかし返答は返らず、宙に浮かぶそれを見つめている表情は深い悲しみが浮かんでいた。

、顔色が良くないです。大丈夫ですか?」
「・・・え?」

覗き込まれたことで、 はようやくエステルを視認したようだった。
そして、慌てたように表情を取り繕う。

「あ・・・ご、ごめんね!
どうってことないの!ただちょーっと疲れただけ、だから・・・」

さて、精霊化を済ませないとね、と明らかな空元気な様子に他の皆が互いに視線を交わす。
だが明らかに詮索されることを避けている に、一行はその言葉通り精霊化を優先することにした。


















































































聖核アパティアへエアルを送り、再び新たな精霊がその姿をユーリ達に見せた。

「眠ってる・・・」
「ノームの時と同じですね」

宙に浮かぶその姿は、物語に登場するような妖精の姿をしていた。
大人の手に収まるほどの体高、背中に見える薄氷のような羽根、頭部から生える触覚。
安らかな眠りの中にある寝顔を見つめていると、ウンディーネとノームが現れた。

『また新たな同志が生まれたのじゃな。
・・・時に凪ぎ、時に荒ぶ風を統べるものか。
ノームの時のようにエアルに侵されている訳ではない。程なく目覚めよう』
「・・・ありがとう、ウンディーネ」

ウンディーネを見上げた は言う。
すると水の精霊は何を思ったのか、 の頭に手を置き微笑を浮かべた後、姿を消した。
そこに手を置いた は苦笑を浮かべると、皆に気付かれぬようにそっと息を吐いた。

















































































行きとは一転、返りは上り坂となった。
休憩を挟みながらも、戦闘を終えたユーリ達の歩みは遅々として進まなかった。

「ふぃ〜。やっと、半分ってとこ・・・か?」
「せめて気流が安定していればバウルに来てもらえるのだけど・・・」

息も絶え絶えの最年長者を気遣い、憂いを浮かべたジュディスが片頬に手を当て呟く。
と、その時、精霊となったクロームが姿を現した。

『・・・知覚が・・・これが精霊になるということ・・・
・・・これは・・・こんなにも多くの事が隠されていたとは・・・』
「目覚めたんだな。えっと・・・」
「あなたは・・・クロームと呼ばれる方がいいかしら?」

ユーリの後を引き継いだジュディスの問いに、しばし考え込んだクロームは首を振った。

『いえ・・・私はもう始祖の隷長エンテレケイアのクロームではありません。
新たな名を受けるべきでしょう』
「なら・・・シルフって名前はどうです?風を紡ぐ者、って意味です」

エステルの提案に、クロームはその名を言葉にした。

『シルフ・・・ではそれを我が名としましょう』
「それじゃ改めてよろしく、風の精霊シルフ」
『ええ』

明るいカロルの声に朗らかに応じたシルフに、再びユーリから声がかかる。

「・・・シルフ、デュークがなぜ人間を嫌うのか教えてくんねえか」

それを聞かれるのを分かっていたのか、シルフはすぐに首肯した。

『・・・分かりました。
・・・人魔戦争は知っていますね。
始祖の隷長エンテレケイアには人間とともに生きる道を選ぶ者と、人間を拒む者がいました。
人魔戦争は古代の禁を破った人間と人間を拒む始祖の隷長エンテレケイアとの戦いでした・・・』

一旦言葉を句切ったシルフ、続きを語り出そうとした時、声を上げたのはレイヴンだった。

「で、戦いはデュークという英雄の活躍により人間は勝利を収め人魔戦争は終結した」
「ええっ!?デュークが英雄!?」
「そうだったんですか・・・」

カロルとエステル、二対の視線を向けられたレイヴンは肩を竦めた。

「帝国が隠してた真相の一つってやつよ」
『ですが、あの戦争は人間の力だけで勝利を掴んだのではないのです。
共存を唱える始祖の隷長エンテレケイアの長、エルシフルが人間とともに戦い人間に勝利をもたらしたのです』

シルフの言葉にレイヴンは瞠目した。

「マジかよ・・・そんな話、俺も知らなかったぜ・・・。
けんども、この話がデュークの人間不信にどう繋がるってのよ?」

顎を擦って風の精霊に訊ねるレイヴン。
その問いにずっと沈黙していた人物が静かに言葉を発した。

「・・・それはデュークの親友であったエルシフルの命を・・・帝国が奪ったからよ」

響いた声に皆の視線が一斉に集まった。
それを受けた は、軽く息を吐くとゆっくりと続けた。

「盟主同士の戦いの前に、デュークは帝国と約束を交わしていた。
始祖の隷長エンテレケイアの戦いに手を出さず静観するように、と。
そしてエルシフルとデュークは敵対していたしその隷長の長を討ち倒した。
・・・けど、エルシフルの力を恐れた帝国は、約束を破り傷付いたエルシフルに刃を向けた。
・・・・・・結果、彼は命を落としたのよ・・・」

そうよね?と、悲しみが浮かんでいる微笑で同意を求めた にシルフの肯定が返る。

「そんな・・・」
「じゃあ、前に が話してくれた帝国が勝った時の友達とその親友って・・・」
「デュークとエルシフル、ってことか」
「なるほどな・・・人間を信じられなくなる訳だ」
「戦争の影でそんなことがあったのね」

皆の表情に影が差す。
と、話を聞いていたユーリは決然とした表情を に向けた。

「・・・あいつがどんなにキツイ裏切りにあったとしても、
すべての人間の命を犠牲にする権利なんてねえよ。
違うか?」
「・・・ええ、分かってる・・・」

ユーリから後半を向けられた は、同意はしたもののその視線から逃れるように顔を背けた。
それに眉根を寄せたユーリがさらに続けようとした時、シルフの言葉が発せられる。

『デュークより先に、星喰みを滅ぼさなければ、結局人間は滅びる事になるでしょう。
急ぎなさい』

そう言い残し、シルフは姿を消した。


















































































シルフが気流を安定させてくれたおかげで、バウルを呼べる事となった。
ジュディスがバウルを呼んでいる間、皆は先ほどの言葉を思い返していた。

「精霊化は順調だけど・・・」
「ああ。デュークもなんかやばそげ」

不安気な面持ちを崩せないカロルに、レイヴンも唸るように同意する。

「・・・そうだな」

同じような返事をユーリも返す。
しかし、その視線はエステルとリタにいつもの表情を装って話をしている に向けられていた。



























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2008.9.15