ユーリ達が次に向かった場所、そこは帝都ザーフィアスがあるイリキア大陸の更に南に位置するウェケア大陸。
『テルカ・リュミレースに残された最後の秘境』
と謳われているそこは、そう言わしめるだけの場所だった。
海上に浮かぶその大陸は長年の潮流によって浸食され、切り立ったように高く細長い大陸が寄り集まったような所だった。
「・・・こんな形で、来る事になるなんてね」
「
?」
「ううん、何でもないわ」
レイヴンからの訝し気な呼びかけに、
は何でもないとばかりに手を振った。
空を翔る手段を持たなければ、訪れる事すらかなわなかったであろうその場所。
それほどまでにその大陸は高かった。
鋭く抉られた渓谷を風が鳴くように吹き荒ぶ。
ユーリ達はバウルに教えられた道を下り始めた。
ーーNo.175 世界の根たるレレウィーゼーー
「ひいこら、こりゃ年寄りには堪えるわ」
両膝に手を突いたレイヴンが疲れを滲ませた表情で息を吐く。
足元が悪くきつい傾斜の下り坂は思いの外、体力を奪うようだ。
最年長者の呟きに若手二人から慰めの言葉がかけられる。
「しっかりしろよ、おっさん」
「そうそう、頑張ってよね〜。
返りはこれを登らなきゃいけないんだから」
前者のユーリは慰めだろう。
後者である
も本人にとっては応援のつもりだ。
が、それを言われた当人に真意は伝わらなかったようだ。
疲労が浮かんでいたレイヴンの表情から感情が抜け落ちると、力尽きたように背中から倒れてしまった。
それを興味無さげに見下ろしていたリタが、的確な言葉を当てはめる。
「あ、死んだ」
「埋める?」
「生きてるから!」
本気で埋めようとする
に反論するようにレイヴンはガバッと起き上がる。
と、先行していたラピードが警戒の唸り声が響いた。
「ウウウウウッ」
「誰か来ます!」
「こんなところに、人・・・?」
皆が身構える中、こちらに近付く足音が大きくなる。
そして坂を上ってきた人物、白銀の髪と赤黒いマントをなびかせたデュークが僅かな驚きをその顔に浮かべた。
「お前達・・・!」
「デューク!あんたか。
相変わらず、神出鬼没だな」
ユーリの言葉にいつもの感情を無くした表情に戻ったデュークは訊ねた。
「・・・ここで何をしている?」
「始祖の隷長に会いにきたのよ。
精霊になってくれるようにお願いするためにね」
ユーリの後ろから歩み寄った
が答えると、聞いたことが無い言葉に問いが重ねられる。
「精霊とは?」
「始祖の隷長を、聖核を経て転成させた存在よ」
「その精霊の力でエアルの問題を根本的に解決できるかもしれないんです」
「エアルをマナに変換してね」
ジュディス、エステル、リタが順番に答えると、デュークはユーリ達に向けていた視線を地に落とした。
「・・・そうか。だから・・・」
「デューク?」
一人合点がいったデュークの様子に
は訝し気にその名を呼ぶ。
落としていた視線を上げたデュークは、静かな声に険を滲ませる。
「・・・転生・・・エアルを変換・・・・・・お前達、世界を作り変えようとでもいうのか。
元はと言えば人間が引き起こした問題のために。
なんという傲慢さだ・・・」
その言葉にユーリとエステルが反論するように口を開いた。
「だが、エアルの問題を解決しなけりゃ星喰みが世界を滅ぼしちまうだろ」
「ベリウスも分かってくれたんです。
ウンディーネとなってわたし達に力を貸してくれています」
「テルカ・リュミレースのあるべき形、それは始祖の隷長を含む全ての生命が自然な形で生命を営めるもの。
それはお前達も分かっていよう」
素早く切り返したデュークに、今度は別の方向から反論が上がる。
「けど、エアルを調整しようと頑張ってくれたグシオスも限界を超えちゃって、危なかったんだよ!」
「ああ。ノームに転生してなかったらどうなってたことか・・・」
カロルとレイヴンの言葉に、しばし言葉を止めたデュークだったが、再びその口からは否定が占める。
「・・・たとえそうであっても私は認める訳にいかぬ。
私はこの世界を守る」
「デューク、一体何をしようとしてるの?
世界を守るって・・・私達と手段が違うなら、どんな方法で・・・」
の詰問を最後まで聞くことなく、デュークは背を向けた。
「・・・お前達の邪魔はすまい。
が、私の邪魔もするな。
この先はこの世界で最も古くから存在する泉のひとつ。
相応の敬意を払うがいい」
「肝心の事には、答えてくれないのね」
ジュディスの言葉に長い沈黙が辺りを包む。
時折、唸る風音だけがそれを破った。
「・・・・・・さらばだ。もう会う事もあるまい」
「デューク!」
引き止める
の声にも、デュークは二度と振り返ることなく歩き去っていった。
「・・・行っちゃった」
「相変わらず、とっつきにくい御仁だわぁ」
「あの人・・・何をしようとしてるんでしょう?」
「分かんねえ、けど、あまりいい感じはしないな」
「リタ、どうかした?」
ジュディスの声に考え込んでいたリタに皆からの視線が向いた。
「え、うん。
あいつの剣、宙の戒典だったら精霊の力を星喰みに向けられそうだなって・・・」
「追いかけて貸してくれるようお願いしてみます?」
「やー、あの様子じゃもう貸してくれそうにないねぇ」
「うん・・・」
「なんにしても、精霊がそろわなきゃ始まらねえんだ。
今はそれに専念しようぜ」
ユーリの言葉に皆が頷くと先へと続く下り坂を歩き始めた。
しかし、しばらくの間
だけは歩き出すことなく複雑な面持ちで立ち去ったデュークの方角を見つめていた。
と、
ーーポンッーー
「!」
「ほーれ、今は目の前のやることに集中よ」
「・・・分かってる」
レイヴンにそう答えた
は、遅れていた歩みを早めた。
「ほわ〜・・・」
「これがもっとも古くから存在する泉・・・」
「とても静か・・・空気も済んでて、なんだか神聖な雰囲気です」
「ええ。いるだけで浄化されそうよね」
「あの岩山の下にこんなところがあるなんてな」
長い長居下り坂が終わった先には洞窟が口を開いていた。
その中へと更に足を進めたユーリ達の前に淡い光が舞い踊る泉が現れた。
蛍火のようなエアルは岸辺に咲いた純白な花を照らし、その光は泉に反射する。
幻想的な泉に皆の視線が集まる中、その背後から声が上がる。
「来ましたね」
かけられた声に振り向くと、そこには以前ザーフィアス城で顔を合わせた一人の女性が立っていた。
思いもよらない人物の登場に、エステルは困惑した。
「え?この人・・・!?」
「あんた、確かクロームだったか。
アレクセイの敵討ち・・・って訳じゃなさそうだな」
目を細めたユーリに答えず、クロームは口を開いた。
「・・・デュークはあなた達の話を受け入れなかったでしょう?
あの人はあの人のやり方で世界を守ろうとしていますから」
「どういうことよ?」
問うたレイヴンにクロームは視線を向けた。
「あの人は世界のために、すべての人間の命を引き換えにしようとしています」
「なっ!?そんな・・・」
「貴女なら分かっているはずです。
あの人は人間を信じていないのですから・・・」
「・・・」
クロームの返答に
は反論できず、押し黙る。
そんな
に気遣うような視線を向けたカロルはクロームに向き直った。
「けど、デュークはボク達を助けてくれたよ!大事な剣だって貸してくれたし・・・」
「多分、あなた達の中に自分と同じものを見たからでしょう。
あるいはあなた達がいれば自分が手を下さずに済むと思ったのか・・・」
「それって一体・・・?」
リタの言葉は遮るようにクロームの前に進み出たユーリによって阻まれた。
「オレ達にデュークのこと話してどうしようってんだ?
いい加減正体を現しな、始祖の隷長さんよ」
放たれた言葉は一同に衝撃を走らせた。
ユーリと視線を交わしていたクロームは両目を伏せると、その体から光が溢れ出す。
それが収まると、クロームの真の姿がユーリ達の前に佇んでいた。
鋭いかぎ爪を持つ羽根で覆われた太い四つ足、背中には対の翼、頭部から伸びる長い触覚。
その始祖の隷長はカドスの喉笛、廃墟となったヨームゲンでユーリ達が見ていた姿だった。
「!!!」
目の前に現れた始祖の隷長クロームの姿に、
はこれまでにないほど動揺していた。
だが、他の仲間の視線は目の前の巨体に注がれていたため、誰も気付く者はいない。
(「そ、んな・・・彼はもう・・・・・・そうよ、でも・・・
・・・似過ぎてる・・・」)
「あんたの目的はなんだ?
遠回しに協力するつもりがねえって言いたいのか?」
視線を厳しくしたユーリに、クロームは首を振った。
『私も人間は信用できません・・・それでもあの人が同族に仇為す姿は見たくない。
世界を救えると言うのなら、協力を拒むつもりはありません。
ですが、あの人と違う方法を選ぶと言うことは対決することになるでしょう』
「そうかも・・・しれないな」
『もしあなた達があの人に力及ばなければあの人を止める者がいなくなる。
あなた達の力、試させてもらいます!』
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2008.9.11