足を奥へと進めるに従って、結晶体は巨大で太い大樹へと変わっていった。
と、辺りを揺るがす咆哮が響いた事でユーリ達はその方向へと駆け出した。
そこで目にしたのは赤く染まったエアルの海、そのただ中にいる亀のような巨大な魔物。
そして、それと対峙している魔狩りの剣の首領クリントとティソンの満身創痍の姿だった。
ーーNo.174 根を張る者ーー
カルボクラムでも見たその巨大な魔物がグシオスという名の始祖の隷長だった。
話をするため近付こうとしたユーリ達だったが、グシオスの鞭のようにしなった尻尾がユーリ達を襲う。
高濃度のエアルの中、ユーリ達は思うように動けず無抵抗のまま払い飛ばされる。
言葉を理解できるはずのグシオスの異常な行動に、ユーリ達が困惑していた時、涼やかな流水の音が響いた。
「ウンディーネ!」
宙に漂うウンディーネの登場に、エステルはその名を呼ぶ。
ウンディーネの力によって辺りのエアルが鎮まり、同時にグシオスも動きを止めた。
『・・・グシオス、そなた・・・』
ウンディーネの驚きから悲しみに変わった声にユーリとレイヴンから声がかかる。
「ウンディーネ、あいつ、一体どうしちまったんだ?」
「なんか話ができる状態じゃないみたいよ!?」
二人の問いに暫くグシオスを見つめていたウンディーネは、ゆっくりと話し出した。
『始祖の隷長といえども、無制限にエアルを取り込める訳ではない。
その能力を超えたエアルを体内に取り込んだものは、耐え切れず変異を起こす。
そして・・・』
「まさか!」
『・・・星喰みとなる』
驚きを見せるリタの言葉を肯定するウンディーネの重い言葉に、
はやるせない気持ちから顔を歪めた。
「そんな・・・じゃ、世界を守ろうとして、こんな風になってしまったの・・・」
「グシオス・・・」
ジュディスの呟きが痛々しい。
他に手はないのか、と
はウンディーネを見上げるが、水の精霊はただ首を横に振る。
『・・・こやつを救ってやってくれ。
まだ、グシオスという存在であるうちに・・・』
ウンディーネの言葉に皆が静かに頷いた。
そして、グシオスを救うため各々の武器を構えるのだった。
「グシオス・・・ごめんなさい・・・」
聖核の前にジュディスは力なく両膝を折り、頭を垂れる。
失意の背中に
はかける言葉を見つけられないでいた。
ウンディーネの力も借り、ユーリ達は星喰みに変異しかけていたグシオスを倒すことができた。
一様に沈んだ表情を浮かべるユーリ達。
と、クリントが大剣を手に立ち上がったのを見て、ユーリは阻むようにその前に立った。
「ったく、まだこいつに恨みがあんのか?」
「・・・そいつはあの化け物の魂だ。砕かずには済まさん」
「化け物じゃないです!彼らは世界を守ってくれてたんですよ!?」
「始祖の隷長の役目なぞ知った事ではない!!」
エステルに放たれたクリントの言葉に、それまで黙っていた
の目がすっと細められた。
「あなた・・・知ってたのね。
始祖の隷長がどんな存在か、どんな役目を担っていたかを」
「知っててまだ狙ってたの?世界がこんなになってるのに!」
カロルの非難する声に、クリントの怒りがこもった低い声が響く。
「俺の家族は十年前に始祖の隷長共に殺された。
俺だけではない。
魔狩りの剣のメンバーの大半が魔物に大事なものを奪われた者達・・・
・・・この、奴らを憎む気持ちは世界がどうなろうと変わるものではない!」
「・・・それでも、間違ってるよ」
再び言い返された小さな首領の言葉に、クリントの眉根がピクリと動く。
「何?」
「そんなこと続けたって、なにも帰ってこないのに・・・」
カロルの言葉に
は両目を伏せた。
自身もその行為に身を落とした、だから余計に分かる。
復讐では何も変わらない。
帰ってくる訳でもない。
自分の気持ちが満たされただろうと問われても、答えは否だ。
なぜなら、心の虚しさが面積を広げただけなのだから。
は伏せていた目を開けると、魔狩りの剣の首領と対峙する小さな背中を見つめた。
間違いを認めることができる。
それは強さだ。
カロルはそれができる。
はドンに言われた昔の言葉を思い出した。
『おめぇは自分が間違ってたと分かったんだろ?
なら後はやり直しゃぁ良いってだけよ。それができる奴はそういるもんじゃねぇ・・・
忘れるなよ、
』
懐かしい声が消える。
僅かな寂しさを覚えた
は自身に苦笑した。
そしてカロルに向けた視線をついと、対峙している男へと移した。
「あの戦争で身内を失ったのは、あんたらだけじゃないでしょ」
「そうね。それでも前向きに生きようとする人もいる」
「街を守って魔物と戦う、立派な事だと思います。けど・・・」
「世界がどうにかなりそうってな時だ。
意地になってんじゃねえよ」
レイヴン、ジュディス、エステル、ユーリからの言葉にもクリントの態度は変わらない。
「今更・・・生き方を変えられん」
「なら、考え方を変えれば良いわ」
仲間の間を縫い、カロルと並ぶように歩み出した
の落ち着いた声が響く。
クリントは訳が分からず盛大に眉をひそめた。
「なんだと?」
「闇雲に魔物を狩るのではなくて、街に、人に害成す魔物を狩ればいいって言ってるのよ。
ここで白黒はっきりさせたいおにーさんがこっちにもいるけどね、
これからのことを考えると、近いうちに貴方達の力が必ず必要になる。
だからここで互いの力を削いだ所で何の得にもならない。
この場は退いてくれない?
見返りは・・・そうね、ユニオン幹部のポストがちょうど一つ空いてる、その席を確約するわ」
どうかしら?と、片目を瞑って微笑をクリントに向ける
。
傍目には交渉を楽しんでいるようだが、とんでもない内容にぎょっとしたレイヴンの咎める声が上がる。
「ちょ!
ってば、そんな勝手にーー」
「レイヴン?」
振り向いた
の黒い笑顔にレイヴンはビキッと固まってしまった。
名前を呼ばれただのはずが、その笑顔に続きが書かれていた。
『黙ってろ』と。
クリントは
を疑わしそうに見つめた後、カロルに視線を移した。
「首領・・・」
躊躇いがちなナンの声にクリントは肩越しに振り返る。
視線を向けられた少女は何かを言おうとするが、口が開閉するだけで言葉は紡がれない。
「・・・」
「・・・・・・」
ついに俯いてしまったナンを無言のまま見つめていたクリントは再びカロルへと振り向く。
少年は先ほどと変わらない真っ直ぐな視線を注いでいた。
暫くしてクリントは答えも言わず、踵を返して歩き出した。
その背中にエステルは困惑しながらも呼び止める。
「あ、待って下さい。傷の治療だけでもーー」
「起きろ貴様ら!撤収するぞ!!」
エステルの言葉を遮り、クリントの大声が響く。
魔狩りの剣のメンバーが傷付いた仲間を互いに支え合って出口へと向かう中、ナンがカロルの前に走り寄った。
「・・・ありがとう」
小声を残した少女を見送ったカロルは、ユーリを見上げる。
「わかって、くれたのかな・・・」
「・・・さあな」
「ともかく、退いてくれたんだし、良しとしましょ」
「・・・うぅ、頭痛の種が・・・」
晴れやかな笑顔を見せる
の横で、頭を抱えたレイヴンがただ唸っていた。
魔狩りの剣が去った後、ユーリ達は精霊化を始めた。
ゾフェルの時と同じように、聖核にエアルが渦巻くと白光の後にその姿が露になった。
宙に漂うそれは四つ足の長い尾を持った小動物のような形、大地から掘り起こしたような土色をその身に纏っていた。
「成功・・・?」
「でも、眠ったままだけど・・・」
首を傾げるリタと
に水の精霊は首を振った。
『意識すら呑まれかけておったのじゃ。しばらくは目覚めはすまい。
さぁ、名付けてやるが良い』
「属性は・・・なんです?」
『大地深く根ざした力・・・すなわち地』
「・・・大地・・・なら・・・根を張る者、ノーム」
エステルの言葉を反芻するようにカロルは呟いた。
「地の精霊ノーム・・・」
『目覚めたら、伝えておこう』
精霊達が姿を消すと、リタはウンディーネから聞かされた話を呟いた。
「・・・星喰みがエアルを調整してくれようとした始祖の隷長の成れの果てなんて」
「まったく人間ってやつは本当に自分の目で見えることしか分からないもんだな」
「んで、巡り巡って結局一番悪いのは人間ってか・・・笑えないねぇ」
「じゃあ、なおのこと頑張らないといけませんね」
ユーリとレイヴンへにっこり、と笑みを向けたエステルに皆が目を瞬かせた。
「・・・そう、ね。
ええ、その通りだわ」
自身に言い聞かせるように
も苦笑しながら頷く。
精霊化を終えたユーリ達はもう一つの場所に向けて出口へと歩き出した。
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2008.9.9