ーーNo.171 水を統べる者ーー
閃光によって白んだ視界に徐々に景色が戻ってくる。
視覚が正常になると、ユーリ達は宙に漂う全身に蒼を纏った一人の女性を目にしていた。
虚脱感が抜けない
はエステルと共に座り込んだまま、その女性を呆然と見上げる。
と、閉じていた女性の口から言葉が紡がれた。
『・・・わらわは・・・』
「!この、声・・・」
「まさか・・・ベリウス!?」
両目を伏せている妙齢の女性から発せられた声。
それに心当たりのある二人は驚きの表情を浮かべる。
『
、それにジュディスか。
ベリウス、そうわらわは・・・いや違う。
かつてベリウスであった。しかしもはや違う』
「リタ・・・これってどういうことなの?」
困惑を隠せない
は、立ち上がると妙齢の女性を見上げたままのリタに訊ねる。
術式を閉じたリタは、考え込むように腕を組んだ。
「まさか、聖核に宿っていたベリウスの意思が・・・?
すごい・・・」
一人納得したようなリタは再びその女性を見上げる。
漂う女性は、体の感覚を確かめるように両の腕を広げた。
『全ての水がわらわに従うのが分かる。
わらわは水を統べる者』
「なんか分からんけど・・・これって成功、なの?」
「せ、成功っていうかそれ以上の結果・・・まさか意思を宿すなんて」
レイヴンからの問いに、リタは驚きから言葉を詰まらせながらも返事を返す。
優雅にユーリ達を見下ろしてい妙齢の女性は、小首を傾げて訊ねた。
『人間よ、わらわは何であろう?
もはや始祖の隷長でもなければベリウスでもないわらわは。
そなたらがわらわを生み出した。どうか名を与えて欲しい』
その求めにユーリ達は腕を組むと、
「物質の精髄を司る存在・・・精霊なんてどうだ?」
「名前は・・・古代の言葉で水を統べる者・・・ウンディーネ、なんてどうです?」
ユーリとエステルの提案に妙齢の女性はその言霊を口に乗せた。
『ウンディーネ・・・ではわらわは今より精霊ウンディーネ。
おお・・・力がみなぎる・・・そなたらがわらわの為に多くのエアルを集めてくれたからじゃ・・・礼を申すぞ』
聖母のような微笑みを向けられたユーリ達は、互いに笑みを交わす。
そして、ユーリはウンディーネに向き直った。
「ウンディーネ!オレ達は世界のエアルを抑えたい。
力を貸して欲しい」
『承知しよう、だがわらわだけでは足りぬ』
「え?」
『わらわが司るのは水のみじゃ。
他の属性を統べる者も揃わねば充分とはいえぬ』
他の属性?と疑問符を浮かべるカロルに
はウンディーネの言葉を補足するように説明する。
「物質には基本元素があるのよ。地水火風・・・
だから最低でもあと三体はそろえないといけないってこと」
「それってやっぱり始祖の隷長をなんとかするしかないってこと?」
そういうことになるでしょうね、と
はレイヴンに答える。
「素直に精霊になってくれるといいけど・・・」
「もう存在している始祖の隷長も数少ないわ。
フェロー、グシオス・・・」
「あと、バウルだね」
「バウルはだめ。
まだ聖核を生成するほどのエアルを処理してないわ。
それに、私が認められそうにない」
カロルとジュディスの会話に、ユーリは再びウンディーネに視線を戻した。
「ウンディーネ、心当たりはないのか?」
『輝ける森エレアルーミン、世界の根たるレレウィーゼ。
場所はそなたらの友、バウルが知っておろう』
そう言ったウンディーネの姿が希薄になると景色に溶けるようにその姿をなくした。
「消えちゃった!」
「いえ・・・います。感じます」
驚いたカロルに隣にいたエステルが否定を返す。
「でも・・・姿が見えないよ?」
「う〜ん、何て言うんだろ・・・気配を感じるって言えば良いのかな?
そんな感じだわ」
の説明にもまだ納得でていない表情を見せたカロルだったが、ジュディスの声で皆の注意はそちらに向いた。
「エアルクレーネも落ち着いたよう・・・エステルの力を抑制してないのに」
「え!」
その指摘に驚いたリタが、エステルに掛けている抑制術式を呼び出した。
エステルの抑制術式はまだ解除したままのはず。
だが、目の前に展開された術式が示す値にリタは目を見開いた。
「これって・・・ウンディーネがエステルの力を制御してくれてる・・・?」
「じゃあ、エステルは本当に自由になったの?」
カロルの言葉に術式を閉じ終えたリタが、声を震わせた。
「ええ・・・ええ!」
「やったわねエステル!」
「エステル、よかったな」
とユーリの祝福の声にエステルも嬉しそうに笑みを浮かべる。
一行が喜びに満たされる中、レイヴンも微笑を浮かべたまま顎をさすった。
「なんだか不思議な成り行きになってきたねぇ」
「確かに想像もしてなかった事ばかりだ。
けど光が見えてきたじゃねえか」
ユーリがそう応じた直後だった。
瞬きほどの閃光が辺りに走ると、腹の底に響くほどの轟音が鳴り響いた。
突然の事に慌てたカロルが辺りを見回す。
「な、なに、今の!?」
「あの方角は確か・・・」
「ザウデの方角ね」
音の発生源の方角を見たレイヴンとジュディス。
すると、以前見たように空に網目模様が走った。
さらにザウデがある辺りの上空から、穴が空いたように黒が浸食していった。
みるみる空の色が一部分だけ失せていくと、そこから星喰みの体のどす黒いものが露になった。
それだけでは終わらず、その体の一部からマンタのような飛行する何かがぞろぞろと這い出てきた。
「星喰みが・・・まさかザウデが停止した・・・?」
「あちゃー、どっか下手なとこいじりでもしたのかね」
愕然としたリタとレイヴンに、それを見ていた
が厳しい表情を浮かべる。
「あれが・・・古代の文明をも滅ぼした本当の災厄・・・」
「なるほど世界を喰いかねねえな」
「あんなの、どうしたらいいんだろう」
怖々とそう言ったカロルに、ユーリはふと考え込むとリタに振り向いた。
「なあリタ、あの星喰みってのはエアルから生まれたってデュークが言ってたんだが」
「え?」
「精霊はエアルを物質に変えるってんなら、もし充分な精霊がいたら、星喰みもどうにかできないか?」
突然の提案に思案顔となったリタだったが、検証も実験もしてないこの状況ですぐに出せる答えではなかった。
「・・・分からない。
そんなの分からない。でも・・・やってみる価値はあると思う」
「やりましょう、ユーリ!」
「決まりだな」
パチンと指を鳴らしたユーリに、驚いたジュディスの声が上がった。
「バウル!?・・・そう、分かったわ。ありがとう。
星喰みの眷属が街を襲っているらしいわ、場所はノードポリカ」
「!」
「やれやれ聞いちまったら、放っとく訳にいかねえな。急ぐぞ!」
ユーリの声に全員が頷くと、バウルが待つフィエルティア号へと走り出した。
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2008.9.7