美しい庭園に陽光が降り注ぐ。
咲き誇る花々の上でそれを反射するように輝く鱗粉がひらひらと舞う。
「こらこら、そんなに走ると転んでしまうよレイスティーク」
「だいじょーぶよお兄ちゃん!まっててね、このちょうちょとってもキレイなんだから」
後ろからのたしなめる声に、鈴のような声で少女が答える。
懸命に蝶を追い、ようやく紅葉のような小さな手がその姿を捕らえた。
「やった!みてみて、お兄ちゃん!つかまえーーきゃあっ!」
足を取られてしまった少女の手から、蝶が空へと羽ばたいていく。
起き上がった少女は痛みに顔を歪めた。
「ふえぇ、なん・・・・・・!!!」
何に躓いたのか、振り返った少女の目が見開かれた。
そこはもう柔らかな陽光が踊る庭園ではなかった。
辺りに飛び散った鮮紅、折り重なるようにして倒れている父と母、使用人・・・
そして少女が躓いてしまったもの、それはいつも優しい微笑みをくれた兄の変わり果てた姿だった。
震え出した体を止めようと両手を回そうとするが、その両手も鮮やかな紅に染まっていた。
「っ!?」
あまりの恐怖に叫びたくても声が出ない。
逃げ出したい衝動に駆られた少女は、凄惨な場に背を向け走り出そうとする。
が、少女から女性へと成長したその体に背後から腕が回され、耳元に声が響く。
「お前のせいだ・・・目を逸らすな、よーく見てみろ。
すべてお前が原因だ・・・この人殺し・・・」
「わ、私・・・ちが、これはアレクセイが、すべて策略を・・・」
「ならどうしてその仇を討たない?」
「え・・・」
その声に振り返れば、今まさに両親に剣を振り下ろそうとしている仇の姿。
「そぉら、お前が仇を討たなかったから、またお前の大切なものが消える」
「っ!止めなさい!」
は夢中で柄に手を伸ばし、その凶行を止めようとした。
手元に伝わる感触。
ゆっくりと倒れる、アレクセイの姿。
息が上がる。
やっと守れた、そう思って視線を上げれば倒れていたのは共に旅をしてきた仲間達の姿。
ユーリ、エステル、リタ、カロル、ジュディス、レイヴン。
皆が血塗れで倒れ、自身の握る剣はべっとりと血糊で穢れていた。
「!!!」
「あぁ、お前が弱いからどんどん失っていく。
お前の所為で仲間も家族もみんな死んだ。目の前のコレは全部お前が引き起こしたんだ」
「・・・そん、な・・・わ、私は・・・」
掠れる声を絞り出す
。
響く声は体の自由を奪うように絡みついていく。
「たった一人の兄妹である俺でさえお前は簡単に死に追いやった。
・・・償う為なら喜んで死ねるだろぅ?」
毒された言葉に
は息を呑む。
そして、突き刺さるような激痛が脇腹を走った。
ーーNo.165 生還 前ーー
「くっ!・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・ここ、は・・・」
「よっ、気が付いたみたいね」
「!」
近くで聞こえた声に
は肩が跳ねた。
夢が現かがはっきりしない頭が徐々に冴えてくると、自分を覗き込んでいる人物。
突如襲われる、安心感と罪悪感。
込み上げてくる思いに視界が揺れ、その者の名前を呟いた。
「レ・・・レイヴン?」
「く〜、そういう濡れた瞳で無防備な顔されーー」
「んの、変態!!」
レイヴンの言葉に
は反射的に拳を繰り出した。
クリティカルヒットしたそれはゴスッという鈍い音と共にレイヴンを部屋の壁へと叩き付ける。
しかしその反動で
にかけられたリネンがはらりと落ち、殴った衝撃は完治していない
の脇腹に激痛を走らせた。
「〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「アタタタ、ケガ人なのに元気だわね」
あまりの痛さに
はベッドの上で苦悶しながら体を丸めた。
頬を擦りながら近付いていたレイヴンに、
は冷や汗が滲む顔で睨みつける。
「レ、レイヴンの・・・せいでしょ・・・病み上がりに襲うような発言止めてよね」
「随分、うなされてたみたいだけど?」
レイヴンの指摘に
の肩が跳ねる。
「・・・平気、夢見が悪かっただけよ」
レイヴンから顔を背けた
の表情は伺えない。
素っ気なく答えた
に、レイヴンは床に落ちたリネンを
に掛け直し、明るい口調で話し出した。
「じゃぁ元気が出るように、おっさんの熱い抱擁をーー」
「それより、私どうしてここにいるの?ザウデからここまで来た記憶がないんだけど・・・」
レイヴンの言葉を遮った
は表情を改め訊ねる。
出ばなをくじかれたレイヴンは、がっくりと肩を落とすと仕方なく話し出した。
「心配したわよ〜、なにせ魔核落っこちた後どこ探しても姿がなかったんだから」
「!」
(「思い、出した・・・私、海に落ちたんだ・・・」)
黙ったまま聞いている
にレイヴンは続ける。
「海に落ちたかもしんないって、船で海を探したけどそれでも見つかんなくて・・・
そしたらユニオンからすぐに戻らにゃいかんことになって、捜索は騎士団に任せて帰ろうとした時、デュークが現れたのよ。
で、あの御仁から
を受け取ったワケ」
「・・・そっか、デュークが・・・・・・!
そうだ、ユーリは?ユーリは無事なーーっ痛!!」
「これこれ、無理しないの。
嬢ちゃんみたいな治癒術師はダングレストにはいないんだから」
起き上がろうとした
は脇腹の痛みに呻き、レイヴンはその肩を押さえベッドへと戻した。
「青年はね・・・今、捜索中って話よ。
ヨーデル殿下や親友君が頑張ってくれてるわ」
「なら、私もーー」
「ケガが治るまではどこにも連れてかないわよ」
を遮ってレイヴンが答える。
それに反論するように
がレイヴンを見つめる。
しかし腰に両手を当てていたレイヴンは
の眼前に指を突きつけた。
「そんなケガで行っても邪魔になるだけでしょ。
今は傷を治すことだけ考えなさいって」
尤もなレイヴンの言い分に、
は反論できない。
だが、不承不承の呈でやっと嘆息した。
「・・・分かったわよ」
「あら、やけに素直ね。
熱でもあるのかしら・・・どれどれ・・・」
そう言ったレイヴンは、ベッドの端に座ると
と自身の額をコツンと付き合わせた。
いきなりのことに驚いた
の表情はみるみる赤くなる。
「なっ!な、なにしてんのよ!?」
「ん〜?熱計ってるだけよ、ちょっと高いかもね」
そう言って額は離れたが、
の顔の横に付いた手は動かず、互いの至近距離は変わらない。
平常心を保とうとしながら
はどうにか言葉を紡ぐ。
「や、病み上がりになんてことしてるわけ!?」
「俺が青年の立場だったら、
はさっきみたく心配してくれるのかしら?」
の文句に応えずレイヴンが呟く。
「何言って・・・」
「どうなのよ?」
はぐらかすことを許さない雰囲気を纏うレイヴンに、
は呆れたように息を吐いた。
「はぁ、心配するに決まってるわ。当たり前のこと聞かないでよ」
「当たり前、ね。
ま、とりあえず満足しておきますか〜」
一人納得したようなレイヴンはようやく
から離れた。
訳が分からない
は不機嫌さを隠さず、もう構ってられないとばかりにリネンを頭まで引っ張り上げた。
「私、休むから早く出て行ってよ」
「ほいほい。あ、
、もう一つ用事を忘れてたわ」
レイヴンの言葉に
は嫌々ながらリネンから顔を出した。
「何よ・・・・・・!?」
その時、突如視界を埋めた紫、額に受けた柔らかい感触、そしてレイヴンのしてやったりの顔。
そこに手を当てた
は、今しがた、何をされたのか理解すると、再び顔に熱が集まった。
「な、なっ、なぁ・・・!?」
「早く熱が下がるように、おまじなーいv」
瞬間、
の中でプチンッと何かが切れた。
「・・・!出てけ、このケダモノっ!!」
ーードガーーーンッ!!ーー
「どわぁあーーー!!」
突如発動された魔術は、ユニオンの一室と人型の何かを盛大に吹き飛ばした。
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2008.8.28