ーーNo.164 星喰みーー
こうして剣を交え改めて思う。
帝国騎士団長の肩書きは伊達ではない、と。
アレクセイの猛攻は凄まじく、数では勝っているはずのユーリ達は苦戦を強いられていた。
「私に剣で挑むとは愚かな・・・身の程を知れ!時練爆鐘!」
「ぐっ!さすがは帝国随一の実力ね」
「だからといって好きにはさせないわ、月華天翔刃!」
レイヴンやジュディスのカウンターを易々とかわし、アレクセイの攻撃は止まらない。
「無駄だ・・・もはや誰も私に及ばぬ、守護氷槍陣!」
「負けるもんか!ドンの仇を取るんだ!」
「あんたは許さない!蒼き命を讃えし母よ、破断し凄烈なる産声を上げよ、アクアレイザー!」
ユーリ達の反撃に、アレクセイは忌々しそうに呟いた。
「我が覇道の障害は取り除く・・・まとめて黄泉へと送ってやろう!
舞い飛べ聖剣!閃覇嵐星塵!!」
アレクセイを中心に、広範囲に渡ってユーリ達をエアルの刃が襲う。
傷付いた皆にエステルの治癒術が響いた。
「みんな、しっかり!
天の使いの姫君、その壮麗たる抱擁の力を!ナイチンゲール!」
柔らかな光が体を包み込む。
傷が癒えると、
とユーリはアレクセイへと一気に距離を詰めた。
「全てのケリをここでつける!残華風刃!!」
「ぐっ!・・・小癪、な!!」
の攻撃に体勢を崩したアレクセイ。
だが、崩れてもなお
にその剣を振り下ろす。
しかし、
は避けることなく、それを左腕で受け止めた。
「何っ!?」
「っ・・・ユーリ!」
「決める!天狼滅牙!!」
アレクセイの死角、
の背後から飛び出したユーリが懐に一気に連続の技を叩き込んだ。
「ぬ・・・う・・・おの、れ・・・」
「・・・終わりだ、アレクセイ」
片膝を付いたアレクセイの前に立ったユーリは言い放つ。
皆がアレクセイへの警戒を解かぬ中、立っている足場が上昇を止めたことにエステルは気付いた。
「ここは・・・ザウデの頂上?」
「あれは魔核?なんて大きい」
自分達の頭上にある、翠玉の巨大な塊にジュディスは驚く。
その時、アレクセイの目の前に電子音とともに術式が出現した。
「!?く、くくく・・・」
それに気付いたアレクセイは、痛みに歪んだ顔を喜びに染めた。
術式が示す意味を理解したリタは色を失くす。
「!こいつ!まだ解析してたの!?」
「ザウデの威力・・・共に見届けようではないか」
「止めろ!!」
聖核がはめられた剣でザウデの力を発動しようとしたアレクセイに、ユーリは手にした宙の戒典を発動する。
響く剣戟音、そしてぶつかった術式は反発するように二人を吹き飛ばした。
「うおっ!」
「ぐあ!」
「ユーリ!」
倒れたユーリに
は駆け寄る。
大したケガもなくユーリは起き上がると、倒れたままのアレクセイに共に近付いていった。
「く・・・やはり、その剣・・・最後の最後で仇になったか・・・
だが、見るがいい・・・」
倒れたまま空を示すアレクセイに、ユーリ達ははっとしたように空を仰ぐ。
すると、巨大な魔核がザウデ上空に光を放った、かと思えば空全体に網目が走る。
次いで、その網目状の上を這うように蠢く触手のような物体が空一面を埋め尽くした。
ザウデが引き起こした目の前の事態に、ユーリ達だけでなくアレクセイも驚愕した。
「!?」
「な、な、な・・・」
「な、何よ、あれ!?」
「あれは・・・あれは壁画の・・・」
「災厄!?」
「星喰みか!!」
ザウデの力を目の当たりにしたアレクセイは愕然としたまま喉を引き攣らせた。
「あれがザウデの力だと!?・・・そんなはずは・・・
オルクスの話では、あんなものが蘇るなど・・・」
「オルクスの話?一体何を言って・・・」
「・・・まさか・・・これが分かっていながら・・・ならば、目的は・・・」
聞き咎めた
が詰問するが、アレクセイは頭を片手で押さえたまま動かない。
そんなアレクセイに構わず、レイヴンが空を見つめたまま焦燥を募らせる。
「どうなってんだ!?星喰みって、今のでそんなにエアルを使ったのかよ?」
「いいえ・・・違うわ。
災厄はずっといたのよ、すぐそこに。
打ち砕かれてなどいなかった・・・ただ封じられ、遠ざけられていたにすぎなかったんだわ」
ジュディスの言葉に、それまで黙っていたアレクセイが狂ったように嗤い出した。
「・・・くくく、そうだ。それが今、還って来た!
古代にもたらすはずだった破滅をひっさげて!
よりにもよって、この私の手でか!
これは傑作だ、はははははは!」
よろよろと体を揺らしながら哄笑するアレクセイに、リタはザウデの力の本当の意味に気付いた。
「今までザウデが封じてたっていうの!?」
「なら、ザウデは兵器ではなく結界魔導器ってこと!?」
そう言った
はリタと顔を見合わせる。
と、頭上にあった魔核に不穏な音が響いた。
「危ない!!」
エステルの声と同時に、魔核の下にいるユーリ達の周りを小規模な爆発が立て続けに発生する。
「我らは災厄の前で踊る虫けらに過ぎなかった・・・
絶対的な死が来る・・・誰も逃れられん!はーはははははは!!!」
「この・・・仕出かした張本人が、何を・・・」
苛立たし気に睨みつける
に、アレクセイはまるで疑問が解けたかのように目を見開いた。
「・・・そうか!レイスティーク、貴様の存在が引き起こしたのか!」
「はぁ?何を言ってんのよ」
「貴様が生きている、それこそが奴を狂気へ走らせた!
私の覇道までも利用し・・・世界の破滅をもたらしたのは貴様の存在だ!」
「・・・いい加減、黙っときな」
狂乱し、喚き散らすアレクセイにユーリは剣を握りしめると低く呟く。
そしてアレクセイの体に宙の戒典を袈裟懸けに振り下ろした。
「ぐふっ・・・」
ユーリの刃を受けたアレクセイは、口端から流れる血を拭うことなく、蔑んだ表情を浮かべたまま呟く。
「もっとも愚かな、道化・・・それ私とは、な」
落涙するアレクセイの頭上に浮力を失った魔核が迫る。
それに気付いたユーリ達は慌ててその場から走り出す。
も討つべき仇に背を向け走り出し、背後から巨大な魔核がその質量を落下した轟音が鳴り響き、辺りは土煙に包まれた。
落下した魔核によって生じた土煙がもうもうと立ち込める。
一人ユーリ達と分断された
は、空に生じた蠢く物体を見つめた。
「あれが『星喰み』・・・一体、何なの・・・
それにアレクセイが言ってた・・・?ユーリ・・・・!?」
ーードンッーー
背後に近付いた音に仲間と思い振り返ろうとした
。
が、ぶつかった衝撃と同時に仲間とは違う声が響いた。
「え・・・?」
「背後には気をつけなきゃいけないなぁ」
直後、ぬるりとした感触が脇腹を伝い、膝の力が抜けそのまま倒れそうになる。
しかし、背後から腕が伸び
は抱きすくめられる形でそれを免れた。
視線を下げた
の視界に入ってきたのは、自分の脇腹に深々と突き刺さっていた刃、そしてそれを握る見知らぬ手。
「やっと近くで会えたねぇ、
」
「わ、たしの名前を・・・気安く、呼ばないで!」
掠れそうになる声で虚勢を張る
に、オルクスはからかように耳元で呟く。
「つれないねぇ、ずっと俺に会いたかったんだろう?」
「な・・・にを」
「誕生日に作ってあげたこの腕輪型魔導器、まだ着けてたんだねぇ」
「・・・え・・・」
届いた言葉に耳を疑った。
そんなはずない、彼はもういない、と沸き上がった思いを否定する
に、それを砕く決定的な言葉が放たれた。
「10年ぶりだねぇ、レイスティーク」
その言葉に
はゆっくりと首を回す。
そこにはオルクスの声だった顔があった。
以前見た時と違ったのは仮面を外し、フードを脱いでいたということ。
と同じ瞳、同じ毛色、幼少の面影がわずかに残るその顔は見紛うはずがない、兄ソールディンであった。
あまりのことに
は瞠目したまま動けない。
しかしその場の雰囲気に似合わぬほど、無邪気な笑みを自分に向けた兄に
は背筋が凍った。
言いたいこと、聞きたいことは沢山あった。
どうしてアレクセイに協力していたのか、なぜ非道なことに手を貸していたのか。
だが、口を突いたのは・・・
「ソール、兄・・・なの?
なん、で・・・私、あなたを・・・」
「ああ、この体のことかい?
最初のは貧弱過ぎてねぇ、いろいろ魔導器に替えてみたんだ」
「なっ!そんな、こーーっうあぁぁっ!」
言葉を続けようとした
だったが、激痛によって阻まれる。
脇腹の刃を捻ったソールは笑みを変えぬまま
の耳元で呟いた。
「ゆっくりとおしゃべりはまた今度だ。
騎士の女が黒髪のお仲間の所に向かったぞ。
行った方がいいんじゃないかぁ?」
「ユー・・・リ」
「また会おう。
今度会える時はお前も世界も壊してあげるからね・・・」
ソールディンの言葉が風で運び去られ、背後にいたはずの気配が消える。
は自由を奪っていた腕がなくなると、朦朧とした意識の中ユーリを探して歩き出した。
ふらふらと足元がおぼつかなくなるが、倒れたら起き上がれない、と必死に意識をつなぎ止める。
刺された脇腹からは押さえても鮮血が滴り落ちる。
鉛のように重い体を引き摺っていると、行く手を遮っていた土煙の切れ間から、ユーリとソディアの姿を認めた。
足をもつれさせながらも
は必死に二人へ近づいていく。
が、二人の元へ辿り着く前にユーリの体が傾き、宙へと投げ出された。
「っ!ユーリ!」
なけなしの力を振り絞って
は叫んだが、その声に反応したのはユーリではなく怯えきった表情を見せたソディアだった。
彼女の手に握られた小刀の先端に付いた紅を認めた
は、働かない頭ながらも状況を理解した。
ソディアに構わず、
は負った傷の痛みに意識が飛びそうになるのを堪え、海に落ちていくユーリに駆け出すと自身も宙へ身を投じた。
風の唸りが耳を覆う。
は落下しながらどうにかユーリの腕を掴んだが、気を失っているのかその瞳は開かれていない。
ユーリの傷がどれほどのものか、こんな状況では確認できないが、止血もせずに海に落ちればどうなるかなど目に見えていた。
(「・・・どうにか・・・傷口だけでも、塞がないと・・・」)
ユーリを抱き留めると
は必死に集中した。
発動した満月の子の力が二人を包み、徐々に傷口が塞がっていくのを感じる。
しかし、発動直後に来る激しい疲労に襲われ、
の意識は暗闇に呑まれた。
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2008.8.21