最奥の部屋に到着する間際、ようやくフレン達が合流するとユーリ達と一緒に最後の扉を押し開いた。
エステルの治癒術で回復した
もしっかりとした足取りで進む。
踏み入ったその部屋は、屋根の代わりに青空が覆い、壁のように取り囲む滝が落水音を響かせていた。
水上に浮かんでいるように伸びる足元の石畳は、部屋の中央、アレクセイが立つ広い菱形に切り取られた場所へと続いていた。
ゆっくりと背後に迫る足音に、アレクセイは展開している数個の術式をそのままに振り返った。
「揃い踏みだな。はるばるこんな海の底へようこそ」
その言葉に、先頭のユーリに並ぶように前に出たエステルがアレクセイを指した。
「そこまでです、アレクセイ。
これ以上、罪を重ねないで」
「これはエステリーゼ姫、ご機嫌麗しゅう」
公式な場に乗っ取った形式で腰を軽く折ったアレクセイは、上体を戻すと予想していたように言葉を発した。
「その分ではイエガーは役に立たなかったようだな」
「ええ、あなたに運命を弄ばれたイエガーは死んだわ」
が淡々と返すと、ふむ、と考え込むようにアレクセイは顎に手を当てた。
「最後くらいはとは思ったが、とんだ見込み違いだったか」
「そうやって他人の運命を弄んで楽しいかしら?」
ジュディスの言葉に口端を上げたアレクセイ。
と、フレンが詰問するように皆の先頭へと進み出た。
「アレクセイ!かつてのあなたの理想は・・・何があなたを変えたんです!」
「お前、まだそんなこと!」
ユーリの咎めるような声が上がる中、アレクセイは動じる事無く答えた。
「何も変わってなどいない。やり方を変えただけだ。
腐敗し閉塞しきった帝国を・・・いや世界を再生させるには、絶対的な力が必要なのだ」
「そのためにどれだけ犠牲を出すつもりです!」
「今の帝国では手段を選んでいる限り、決して真の改革がその実現を見ることはない。
お前なら分かる筈だ」
「っ・・・」
切り返された言葉に反論できないフレンはそのまま俯いてしまう。
そんなフレンに、背後からレイヴンの声が投げられる。
「ちょっとちょっと、ヤツの言葉に呑まれてどうすんのよ」
「・・・どうしてこんな笑顔を奪うようなやり方しかできなかったんです?
あなたほどの人ならもっと他に方法が・・・」
悲し気に表情を曇らせたエステルにアレクセイは空を振り仰いだ。
「理想の為には敢えて罪人の烙印を背負わねばならぬ時もある。
ならば私は喜んでそれを受け入れよう」
思いを噛み締めるように視線をユーリ達に戻したアレクセイは声高に宣言した。
「私は世界の解放を約束する。
始祖の隷長から、エアルから、ちっぽけ箱庭の帝国から!
世界は生まれ変わるのだ!!」
「世の為だろうがなんだろうが、それで誰かを泣かせてりゃ世話ねえぜ。
てめえを倒す理由はそれで十分だ!」
アレクセイの答えを切り捨てたユーリは、剣を鞘から抜きアレクセイとの距離を一気に詰めた。
そんなユーリを冷めた目で見下したアレクセイは手にした聖核をかざした。
「学習せんな、君も」
「危ない、ユーリ!」
アレクセイの行動にいち早く気付いたフレンが、追うように走り出す。
同時に聖核から高濃度のエアルのレーザーが発射され、追いついたフレンはユーリを突き飛ばした。
「うがあっ!!」
「フレン!」
「隊長!!」
ユーリを狙った攻撃はフレンの肩を貫き、激痛に襲われたフレンはその場に崩れ落ちた。
呆然としたユーリに、フレンに駆け寄ったソディアから射殺すほどの視線が刺さる。
しかし、フレンに駆け寄ろうとした足がカロルの声で制された。
「ユーリ!アレクセイが逃げる!!」
「・・・ちぃっ!!」
ユーリはフレンをそのままにアレクセイを乗せたまま浮上を開始した足場に向けて他の仲間と共に駆け出した。
そんな中、先頭を切って真っ先に飛び乗ろうとした
だったが、突如現れた影が立ちはだかる。
「この先には行かせないよ」
「いい加減に、して!!」
現れたオルクスの懐に一気に詰め寄った
は、双剣を薙ぐ。
それを避ける事も出来なかったオルクスは刃に沈み、
はユーリ達と共に上昇していく足場へと飛び移った。
ーーNo.163 絶海での戦いーー
どんどん上昇する足場にユーリ達と背を向けたままアレクセイが対峙していた。
展開された術式を前にしているアレクセイの背中に、レイヴンは矢をつがえたまま問いかけた。
「なぁ大将、どうあっても止める気はねぇの?」
「お前までがそんなことを言うのか。
何故だ?お前達誰一人として今の帝国を良いとは思っていないだろうに」
振り返らないアレクセイに
は抜き身の双剣を構えたまま言葉を返した。
「目的は手段を正当化しないわ。
それが分からないほど無能でもないでしょ」
「・・・痛みに満ちたあなたのやり方は正しいとは思えません。
やり方を変えられないというのなら・・・」
「ギルドも帝国もいいとこだって在る。
それを全部壊してからやり直すなんて、ひどすぎるよ」
「強硬な手段は必ずそれを許さないものを生む、分かるわよね?」
「あんたの作る世界が、今よりマシだって保証なんてどこにもないわ!」
「てめえの言い分を認めるヤツはどこにもいねえよ」
、エステル、カロル、ジュディス、リタ、ユーリの言葉を聞いても振り返ることなく聞いていたアレクセイは、呆れたように頭を振った。
「どうあっても理解しないのか。
変革を恐れる小人共。だがすでに全世界のエアルは我が掌中にある。
勝ち目はないぞ」
「よく言うわ。あんたそれ、まだ術式の解析中でしょ」
「え?どういうことです?」
リタの言葉に困惑したエステルに、引き継ぐように
が続けた。
「要するにまだザウデの制御を完全に手に入れてないってことよ。
つまり・・・」
「時間稼ぎ!?」
正解、とカロルに応じる
。
リタの指摘に片目を眇めたアレクセイは、ようやくユーリ達に振り返った。
「・・・リタ・モルディオか。
なるほど、これは迂闊だったな。そして・・・」
術式を閉じたアレクセイは、リタから
へと視線を移す。
「レイスティーク・アルテミシア・・・優秀な兄の影響か。
剣技だけが冴えているわけではなかったな・・・」
「小細工が過ぎるぜ。
そんなんで世界を変えるなんざお笑い種だ!」
ユーリの嘲笑が含んだ言葉を叩き付けられたアレクセイは、不機嫌そうに眉根を寄せると自身の剣、聖核がはめ込まれた剣を引き抜いた。
「いちいちごもっともだ。
よかろう、ならばこれもまた我が覇道の試練!・・・ぬうん!!」
「うおっ!」
「きゃっ!」
「うわっ!」
「なっ!」
「くっ!」
「ひええ」
「っ!」
アレクセイから放たれた衝撃波は、ザウデのシステムで増強されユーリ達を襲う。
協力なその一発だけで、全員がその場へ倒れ込んだ。
「新世界の生け贄にしてくれる・・・来い!!」
複数の人数を前にたった一人で対峙しているにも関わらず、アレクセイは余裕の表情を浮かべ、剣を掲げた。
目の当たりにしたその力に、起き上がったレイヴンが乾いた笑みを浮かべた。
「・・・おいおい、完全じゃなかったんじゃないの?」
「そうよ、あれでも・・・ね」
厳しい表情のままリタが答える。
「へっ、世界を賭けてんだろ。それぐらいの歯ごたえはないとな。
行くぞ!」
軽口を叩いたユーリの言葉で、世界の命運を賭けた戦いが始まった。
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2008.8.21