ザーフィアスから飛び立ったユーリ達は、大海の中央に出現した遺跡に向かっていた。
まだ相当の距離が離れているというのに、空からその姿を認めることができた。
「見えた。あれがザウデ不落宮・・・かなりの大きさね」
「なんか指輪みたいな形だね」
の言うように、上空からでもユーリ達の目の前にある魔導器は巨大だった。海面に出ている部分だけでも、帝都の結界魔導器と良い勝負かも
しれない。
ザウデの形を称したカロルに、レイヴンは無精髭を撫でて軽口で応じた。
「あれ指にはめられる奴なら確かに世界を支配できるかもねぇ」
「見つからずに済むでしょうか・・・」
不安気なエステルだったが、ユーリからは肩を竦めただけの返答が返る。
と、フィエルティア号からザウデの周りを飛び回っている紅の影を認めたリタがそこを指した。
「ちょっと、あれ!あそこ!」
「フェロ―・・・」
憂いを滲ませたジュディスの視線の先、フェローがザウデから放たれている光線の雨をかいくぐっていた。
そして指輪の宝石に当たる部分、宙に浮かんだ翠玉の下へと攻撃を避けたフェロ―が舞い降りる。
すると、フェロ―の体が淡い光を発し始め、呼応するように翠玉からも光が溢れる。
エアルを吸収しているように見えたが、次の瞬間辺りに閃光が走った。
視界を塞いだ腕を外したユーリ達が次に見たものは、遠目からでも分かるほど全身に傷を負ったフェロ―がザウデを背後に飛び去っていく姿だった。
あまりにも痛々しい姿に自身の事のようにジュディスは顔を歪めた。
「・・・フェローほどの力を持った始祖の隷長はほんどいないのに」
「それが手も足も出ないたぁ、どんだけヤバイのよ、あれ」
「エアルレベルで干渉して、再構成したのよ・・・なんて処理能力」
瞠目するレイヴンにリタは厳しい表情のままザウデを見据える。
「低空で侵入しよう。
フェローにゃ悪いが、今ならアレクセイの目は上を向いてる」
「フェロ―・・・ありがとう」
ユーリの言葉に頷いたジュディスは、小さな感謝を呟くとバウルの高度を下げ始めた。
ーーNo.162 ザウデ不落宮ーー
親衛隊に固められた入口を避け、通風口からザウデに潜入したユーリ達。
襲いかかってくる敵を退けながら到着した部屋は一面ガラス張りとなった一室だった。
カーテンのようにはためく陽光が幻想的な海底を映し、その光景にエステルは思わず感嘆が零れる。
「きれい・・・」
「ほんと、武器の中とは思えないよね」
脇を見ながら先へと進もうとしたカロルだったが、背後からジュディスの声がかかる。
「カロル、待って」
「え?」
「グルルルル」
カロルの前に飛び出したラピードが警戒の唸り声を上げる。
「出て来いよ。かくれんぼって歳でもねえだろ」
ユーリの声に辺りに拍手が鳴り響いた。
「ブラーボ、ブラーボ」
そこに登場したのは、いつもの燕尾服に身を包んだイエガー。
腰に片手を当て、片目を閉じて立ち塞がったその男は相変わらず考えの読めない不敵な笑みを浮かべていた。
「エクセレント!研ぎ澄まされた勘と野生の嗅覚、実にエクセレント」
「イエガー!」
「今度はなに?アレクセイの居場所でも教えてくれるの?」
怒りを見せるカロル、身構えたままのリタにイエガーは自身の前髪を払った。
「イエース、教えて差し上げます。
地獄への行き方をね!」
そう言って銃型から鎌型に変形させたイエガーに、辺りの空気は一気に緊迫した。
表情を変えないイエガーに、厳しい視線のままレイヴンが問う。
「・・・ここに来てどういう風の吹き回しよ?」
「フォーゴットン?もとよりミーとユー達は敵同士。
いつかはこうなるデスティニー」
残念そうに頭を振るイエガーに、不審な様子を拭えない
は更に続ける。
「なら、今までの事はどう説明するつもり?
ビジネスだとか言ってたけど、あれは気まぐれって言うよりアレクセイの企みを挫くようだったわ。
それに・・・あなたを心底慕ってる部下二人はどこに行ったの?」
「ユーはお喋りが多くなったデスねー、自由な風。
それでは育て親と同じフューチャーが待ってますよ」
イエガーの言葉に
の眉根がぴくりと動く。
誰のことを指していたのか分かったユーリは目を細めると鞘から剣を引き抜いた。
「てめえの言う通りだ。オレ達は敵同士。
いいぜ、決着つけてやる」
「グドアンサー!カモン!」
「上等!!」
ははぐらかされた言葉に納得できなかったが、目の前に襲いかかる障害に双剣を抜いた。
「ナ、ナイスファイト・・・」
ユーリ達の前に倒れたイエガーは息も切れ切れで呟く。
戦いで裂けた服からのぞくのは、レイヴンと同じ胸に埋め込まれた心臓魔導器。
レイヴンはイエガーの脇に立つと、可変式のナイフをその喉元へと突きつけた。
「柄じゃねぇんだけど、ドンの仇取らせてもらうわ」
「油断しちゃダメ。
まだなんか隠してるかもしれないわ」
未だに警戒を解かないリタに、イエガーはさもおかしそうに笑う。
「ノンノン。もうなにもありません。
最後・・・そう、最後です」
「その胸・・・あなたもアレクセイに?」
「さあ・・・どうでしょう、ネヴァマインド・・・」
ジュディスの問いかけにさえ真面目に答えようとしないイエガーに、エステルはそばへ駆け寄ると膝を折った。
「どうして?なぜひとりで戦ったんです?
仲間も、何の用意もなしに・・・」
「ふ・・・・・・。
・・・グッバイ・・・」
問いに答えは返らず、目を伏せた男の心臓魔導器の光が徐々に弱まる。
しかし、エステルと向き合うようにイエガーのそばへ近づいた
は怒りを露にした。
「悪いけど、まだこっちの落とし前がついてないのよ。
死んで勝ち逃げなんて許さないわ!」
そう言った
は、バクティオン神殿でレイヴンにしたように、魔導器に手をかざすと柔らかな光がイエガーを取り巻く。
すると、それは再び力強い鼓動を取り戻し、脈打ち始めた。
それと対照的に
の顔色は悪くなり、さきほどの戦闘で消耗した体に更に負担がかかる。
しかし、
はフラ付く体を気力で奮い立たせ、倒れたままのイエガーを苛立たしげに見下ろした。
「何の・・・つもり、デス・・・」
「言った、はずよ・・・・・・落とし前がまだだって」
困惑を滲ませるイエガーだったが、それは他の面々も同じだった。
ユーリやカロル、レイヴンからは困惑を通り越して、非難する視線が向けられているのに気付いていたが、
は構う事なく続ける。
「勘違い、しないでよね。
助けたつもりもないし、ドンの仇は取らせてもらう。
ただし、こんなアレクセイに利用される形でなんてまっぴらだわ。
全てが片付いたらケジメは必ずつける、それまで貴方には何が何でも生きてもらうわ」
一気に言い切った
は、疲れを拭うように息を吐くとエステルに視線を移した。
の意図に気付いたエステルは、イエガーが負った傷に治癒術を詠唱始める。
危なげに立っている
を見ていられず、レイヴンが支えるようにその腕を取ると咎めるような声を上げた。
「ちょっと・・・
ってば少しは考えなさいって」
「考えてるわよ。
レイヴンには悪いけど、ここは私の思い通りにさせて・・・」
レイヴンに負けじと反論する
。
いつもであれば掴まれた腕を振りほどくはずだが、それもできないほど彼女は消耗していた。
「いや、そういうことじゃなくてお前のかーー」
「エステル、どんな感じ?」
レイヴンの言葉を遮り、
はエステルに声をかける。
中断させられた方のレイヴンは、更に声を上げようとしたがぐっと言葉を呑み込んだ。
「はい、大きな傷は塞ぎましたから、あとは安静にしていれば大丈夫だと思います」
「分かったわ、ありがとう」
「ねえ、一体どうするつもりなの・・・?」
未だに眉根を寄せたままのカロルに答えず、
は自分達が入ってきた部屋の入口へ振り返った。
皆がそれに倣うと、そこには二人の少女、ゴーシュとドロワットが立っていた。
戦いを静観するよう命令されていたのか、二人は悔し気な表情のままこちらを見つめているだけだった。
「・・・後はあなた達で何とかできるでしょ。
首領を連れて早くここから去りなさい」
「敵の情けは・・・受けない!」
なけなしの意地を見せたゴーシュだったが、その隣のドロワットはどうすればいいのか判断に迷っているようだった。
しかし、疲れきっていた
は面倒そうに言い捨てた。
「なら、あなた達が手を下しなさい。
尤も、それが出来ればの話だけどね」
「くっ!」
怒りを見せたゴーシュだったが、ドロワットがどうにか宥めその場で剣が交わる事はなくなった。
これ以上口を開くのも億劫だとばかりに、
は深々と溜め息をつく。
そんな
に、ユーリからも声がかかる。
「いいのかよ?こいつはお前にとっても仇に違いないんだろ?
それを・・・」
「青年、ここは退いてやりましょうよ」
レイヴンがユーリの肩に手を置くと本当に良いのか、という視線が返される。
それに諦めたように頭を振ったレイヴンに、不承不承ユーリも従った。
「話がまとまったなら先に進みましょ」
「ええ。この奥に居るヤツをぶっ飛ばさないと世界が滅茶苦茶にされるのは目に見えてるわ」
ジュディスとリタの言葉に皆が頷くと、ユーリ達は更に奥へ続く扉へと進み出した。
Back
2008.8.19